第9話 アリーナ、覚悟を決める
「……確定だな」
千里眼を使って魔の森で見たことを、アリーナはルークに包み隠さず話した。その中には、魔の森から溢れかえった魔物達が、ディーリンガムの街を襲撃する様子も含まれていた。
確定してしまった未来に、二人の表情が暗くなる。
「……このスタンピードをあいつらへの復讐に利用させてもらうわけだが、ここで先程言った懸念点が二つ出てくる」
沈む雰囲気の中、ルークはさらに重たい空気を纏わせながら言葉を発する。
「まず、分かっているとは思うが……スタンピードが起こるのを待つということは、この街の住人たちを危険に晒すということだ。復讐は俺達の都合だ。できるだけ住人達を巻き込むべきじゃない」
「うん……だけど、もうこれ以上に二人に復讐できる機会があると私は思えない。私はあの二人を、これ以上許しておくことはできないの……」
ルークの懸念は至極当然のことだ。
だが、住人達に申し訳ない気持ちはもちろんあるものの、未来を予知できた以上、この機会を逃す気はアリーナにはなかった。
「幸い、千里眼で見えた映像からスタンピードが発生する時期に、ある程度想定ができたから……住民達に被害が及ばないように、できるだけ手筈を整えるよ」
「……分かった」
ルークはアリーナの言葉に色々思うところはあるようだが、なるべくアリーナの考えを尊重し、受け入れてくれようとしている。
それが、アリーナには嬉しかった。
「では、懸念点の三つ目になるが……復讐には相応の理由と覚悟が必要だ」
もたらされた最後の懸念点に、アリーナは、一瞬固まった。そして、さすが痛いところを突いてきたなと小さく笑いを漏らす。
「……前世の恨みは、本来、前世で晴らすべきだった。今世で復讐するなら、今世で受けた恨みをもって果たすべきだ。その理由と、覚悟が、今のアリーナ様に本当にあるのか?」
「……」
「前世の記憶を思い出してから、あいつらと関わるのを避けているだろ?」
ルークはアリーナの心の中を見透かすように静かに、諭すようにアリーナに言葉を放つ。
確かに、エイトには領主の仕事を押し付けられ、第二夫人を迎えるなど蔑ろにはされてはいるものの、それら以外の実害は今の所なかった。
ミザリーに関しては今世で関わりがなく、今の時点での二人への復讐の理由は、ほぼ、前世での仕打ちに対してだと言える。
聞こえてくる二人の噂や態度などからは、前世よりも増長しているような気はするが……それでも、今世で復讐することの意義を見出すためには、今一度、きちんと二人に向き合う必要があるとアリーナは感じた。
ただ……二人と直接対峙するだなんて、考えただけで嫌になってくる……必要なのは分かるんだけど……この、沈んでいく気持ちを少しでも立て直したい……
そう思ったアリーナは、唐突ではあるがルークに一つ質問をしてみた。
「……ところで、ルークのギフトは何だったの?」
自身のギフトを明かした時から気になっていたのだ。
だいたいの返事は想像つくけれども、今のアリーナには癒しが必要だった。
「え!? いや、俺のギフトは地味というか……まあ、大したことないから……」
ルークはそう言って、突然振られた話題にごにょごにょ言いながらアリーナから視線を逸らす。
やっぱりね。と思いつつ、想定通りの反応にアリーナは思わず少し笑ってしまった。
そう……こうなったら、絶対に衛は教えてくれないことを望美はよく知っていた。
先ほどまでの重い雰囲気が切り替わり、幼馴染同士のホッとするような空気が流れる。
仕方ない。屋敷に戻ったらあの二人と対峙してみますか……! と、なおも視線を逸らすルークの姿に、アリーナはくすくす笑いながらそう覚悟を決めた。