第1話 アリーナ、前世の記憶を思い出す
「ミザリーを第二夫人として迎えたいんだ。もちろんいいよね? 君とは政略結婚なんだし」
……嘘でしょう?
夫婦の寝室で、夫であるエイトからの信じられない言葉を聞いた瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けて、前世の記憶が甦ってきた。
前世での私の名前は黒澤望美。今世は辺境伯家夫人・アリーナだ。
私は昨年、このエイトと結婚していた。
政略結婚とはいえ、たったの一年で、第二夫人という名の不倫相手を迎えるというおかしな提案を恥ずかしげもなく堂々と語る夫の姿に、頭の痛みと共に徐々に思い出しつつある前世の人物が重なる。
エイトって、前世の夫の栄斗じゃないの……え、私、またエイトと結婚したの……?
栄斗は本当に、どうしようもないやつだった。
一代で会社を興した栄斗は、家柄という社会的地位欲しさから望美と政略結婚した。
家柄は立派だけれども、両親を事故で亡くし、代々続いた家業が傾いて借金を抱えた望美は、栄斗にとって本当に丁度いい相手だったのだろう。
借金を肩代わりしてくれた栄斗への返済のために昼夜を問わず働きつつ、立場の弱さからすべてを押し付けられた家事と育児をこなす日々。
休む間もなく身を粉にして働く望美の一方で、全てを手に入れた栄斗は毎夜飲み歩き、様々な浮気相手との逢瀬に明け暮れていた。
そして最終的に、身も心もすり減ってしまった望美は過労で命を落としたのだが、望美が死んだとき、栄斗は自分の秘書との不倫旅行を楽しんでいた。
前世での栄斗への恨みと、またも繰り返される今世でのエイトの所業への憤りで、細かいことは抜きにして、とりあえずアリーナの中で急激に怒りが膨らんでいく。
一方、エイトの方はというと、突然黙り込んだアリーナを不審に思いつつも、これまで自分に逆らったことのないアリーナが拒否できるわけもないとタカをくくっていた。
「じゃ、そういうことだから。おやすみ」
と、黙り込む妻の様子を意にも介さず、エイトはそそくさと寝室から去っていった。
少し前から別々の部屋で寝るようになった夫は、そのミザリーとかいう不倫相手が待つ部屋に向かっているのだろう。軽やかなエイトの足音が徐々に遠くなっていく。
「あの人……今世はさらに調子に乗っているわね……」
自分以外誰もおらず、シーンと静まり返った部屋に、全てを思い出したアリーナのつぶやきが低く響いた。
なんか、テンプレの波に乗ってみたいと思いまして、異世界恋愛はじめてみました。
20話程度で完結予定の短編です。
反応次第では、完結後に甘々な番外編やるかも…?
(2024年1月10日追記)
悪役令嬢物?の連載を始めました。
もしよければ、こちらもご覧ください。
『氷の令嬢と呼ばれた侯爵令嬢は、追放された公爵令嬢を拾う』
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