ゆいこのトライアングルレッスンD 〜ひろしの決意〜
「デートしようぜ!」
バイトが終わり店を出ると、その前で待ち構えていたらしいたくみが満面の笑みを浮かべて、俺を見るなり、第一声にそう言った。
「は?」
思わず顔をしかめた。
「お前何言ってんだよ」
「デートしようぜ!ずっと待ってたんだから、付き合えよな!」
たくみがそう言い放ち、強引に俺を引っ張って歩き出す。
「わかった、わかったから、引っ張んな!」
「よしっ、じゃぁ、とりあえず、ゲーセンでも行くか!」
たくみが嬉しそうに俺を振り返った。
「ほら、何してんだよ、早く来いって!」
走り出しそうな勢いで言うたくみに苦笑いしつつ、おれも後に続いて歩き出す。
まるで高校時代に戻ったかのように、対戦ゲームで盛り上がり、お互い罵り合いながら笑い合う。
カラオケで昔から変わらない十八番を声が枯れるまで歌い、昔と変わらぬ関係を散々堪能し、俺らは居酒屋でビールジョッキを掲げる。
「かんぱーい」
ごくごくとうまそうに喉を鳴らしてジョッキの液体を半分ほど一気に喉に流し込むたくみを見ながら、おれもジョッキを傾ける。
「かーっ、うまいねー!」
どんっとジョッキをテーブルに置いて唸るたくみに、やはり彼も自分も大人になったのだと時の流れを感じた。
「....で?お前、なんなんだよ、わざわざバイト先まで来て俺を待ってたりして....ゆいことなんかあったのか?」
「え、いや....まだ...なにもない...けど....」
ゆいこの名前に、たくみが突然しどろもどろになって目を泳がせる。
「....ひろしとデートしたくなっただけだって!」
「そーゆーのいいから。話あるなら話せよ。ちゃんと聞くから」
おちゃらけるたくみを遮って、話を促すと、たくみはジョッキに残ったビールを飲み干し、
「すいません!おかわりお願いします!」
振り返りざま、おかわりを注文する。
俺に向き直ると、テーブルの上に置いた拳を握りしめた。
「おれっ!ゆいこに告白するっ!」
「.....は?」
思い詰めた顔をして何を言い出すかと構えていたおれをよそに、たくみの口から告げられたその言葉に、思わず目が点になる。
「今さら!?」
「な、なんだよ、いーだろ、何事も始めが肝心なんだからっ!」
「始め....ってお前、ゆいこと何年一緒にると思ってんだよ?今さら告白?ってか、告白するのはいいとして、なんで俺にわざわざそんなこと言いにくるんだよ?勝手にやってればいいのに」
「え、いや、だって...」
「だってじゃねーよ、勘弁してくれよ...」
「ちゃんと聞くって言ったじゃん!聞いてくれよ〜」
「お前さ、デートするなら、ゆいこ誘えよ!で、その流れで告白でもなんでもすればいいじゃん。なんで俺とデートしようって発想になるんだよ、そこで!」
情けない声を出すたくみのおでこを小突くと、ますます情けない顔になったたくみが泣き声を上げる。
「だって...不安じゃん...振られて今までの関係すら失ったらどうすんだよ?」
「....振られるわけねぇだろ、お前だってゆいこの気持ち、知ってるくせに」
おれは呆れて物も言えないと天井を仰ぐ。
「そうだけど....いざ告白するってなるとさ、怖いんだよ〜」
「情けないやつだな、今までずっと待たされ続けてるゆいこの気持ちにもなれよ、お前は...」
「う゛〜〜〜...」
「たくみ・・・いい加減、幸せになってくれよ。じゃないと、俺もいつまでも踏ん切りがつかないんだよ・・・」
唸り声を上げてテーブルに突っ伏したたくみの頭部を見つめて、言うつもりじゃなかった言葉が口からこぼれ落ちた。
「ひろし?」
俺の言葉に、たくみがびっくりしたように顔を上げた。
「・・・何今の・・・。ひろし、お前もしかしてまだ・・・」
たくみがそこまで言って気まずそうに口をつぐんだ。
今まで和んでいた二人の間に、気まずい空気が流れる。
俺を見つめるたくみの瞳が申し訳なさに曇り出す。
「・・・ごめん、ひろし、俺、お前の気持ち考えてなかった・・・。そーだよな、昔付き合ってた相手の恋バナなんて聞きたくないよな。しかもお前がまだ昔と同じ気持ちなら・・・なおさらか。ごめん。」
心底申し訳なさそうに、しょんぼりとした子犬のように上目遣いで俺の顔色を伺うたくみに、思わず微笑んだ。
「今更だろ、何言ってんだよ。いいんだよ、俺のことは。前にも言ったけど、俺は、お前もゆいこも大事なんだよ。二人が笑顔で幸せでいてくれれば、それでいいいんだ。・・・・告白、しろよな。ゆいこと二人で幸せになれよ。」
俺は手を伸ばすと、うっすらと涙の溜まった目で俺を見るたくみの頭を応援の気持ちを込めてポンポンっと叩いた。