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ヤンキー、悪役令嬢になる  作者: 山口三


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32/42

awkward time


 体が重い。まるで鉛の様に重くてこのままベッドに沈んでしまいそうだ。時々、節々が弾かれたように鋭い痛みを発する。吐息は熱いのに背筋は凍るように寒い。


 ああ、わたくしは熱があるんだわ。今日はアカデミーはお休みね。またライオネル様と馬に乗りたかったけれど熱が下がるまではお預けだわ・・。


 朦朧とする意識下でそんな事を考えていると、わたくしの名を呼ぶ声がした。


『ジュリエットなの‥またこっちに‥帰って来たの‥』


 あっ! そうだわ、わたくしは今自分の体の中に戻って来たのだわ。和華にミナの事を話さなくはいけないのに頭が上手く働かない。一体どうしたというの?!


『和華‥どうしてこんなに体の調子が‥』


 和華する返事の前に、額にひんやりとしたタオルの感触がしてマリアンの声が聞こえて来た。


「ジュリエット様、先ほどよりお熱が上がっていますわ。一体どちらでこんなひどい風邪を貰っていらしたのですか」


 マリアンの声に反応してジュリエットがうわ言の様に途切れ途切れに呟いた。


「ボートに、何時間も‥ずっとボートの上、で・・」


 冷たいタオルが額に心地よく、和華の声が遠ざかって行く・・。




 どれくらい眠ったのだろうか。気づくとわたくしが表に出ていた。部屋の奥からマリアンと知らない男性の声がわずかに聞こえてくる。寝返りをうって誰か確かめようと思ったが、体が言う事を聞いてくれない。先ほどと変わらず鉛の様に重い体を動かす事が出来ずに、首だけ傾けて部屋の様子をうかがった。


 目を覚ましたわたくしに気付いたマリアンが近付いてきて、額のタオルを取り換えてくれた。


「お医者様が今お注射をして下さいました。熱を下げるお薬と、すぐ眠れる成分が入っているそうです。目覚めたらきっと楽になってますわ」


 えっ、眠れる成分ですって?! だめよ、眠りたくないわ。和華に伝えなければいけないことがあるのに!


『和華、どうか起きて下さい。和華・・』


 いけない、わたくしの意識も薄れて来たわ。『和華・・ミ、ナに・・』


 わたくしの呼びかけにジュリエットも返事をくれたが、今にも眠りに落ちてしまいそうだ。


『ジュリエット・・お茶、会が・・』


 そうです、和華。お茶会でミナに気をつ・・け・・・・・・。





 ジリリリリリリ~


 枕もとのすぐ近くにある目覚ましを、わたくしが止めるのとほぼ同時に康兄さまが部屋に入って来た。


「起きたな! どうだった? 向こうには行けたか? 和華にメッセージを伝えられたか?」


 入って来るなり、康兄さまは矢継ぎ早に質問を投げかけて来た。服装が昨夜のままだ。一睡もしていないのかもしれない。それなのに・・ああ、なんと言ったらいいのだろう。


「それが・・」

「向こうの世界に行けなかったのか?!」


「行けました、ですが和華が高熱を出していてほとんど寝ている状態だったのです。意識が戻った瞬間もありましたが、熱のせいで朦朧としていて・・話が出来ませんでした」


「何かメモを残すとか‥誰かに伝えて貰うとかは出来なかったのかよ!」

「申し訳ありません。意識が入っている体の調子に引きずられるのです。上半身を起こすことも出来ませんでした・・」


 声を荒げた康兄さまもすぐ我に返り謝ってくれた。


「すまない、それもそうだよな」


「本当に申し訳ありません。たった1度のチャンスなのに、ダメになってしまいましたわ・・」

「・・あんたが謝ることは無いさ。こっちで新月になると憑依が重なる事を和華は知らねえんだから。それにしてもついてないな、このタイミングで熱を出すなんて」


 わたくしは起き上がり和華の小説を開いてみたが進展はなかった。


「まだお話は昨日のままです。なんとか向こうの和華にミナの事を知らせる手立てがないか、考えなくてはいけませんわ」


 

 大学へ行くと、連絡しておいた藤本先輩と落ち合い昨夜の報告をした。康兄さまほど取り乱しはしなかったが、藤本先輩もかなり落胆している。


「それは・・予想外だったね。まさかそんな事態になってるなんて考えてもみなかったな。この先どうしたら・・」


 そこで藤本先輩はぐっと言葉を飲み込んだ。いつも穏やかな笑みを湛えている先輩の顔が苦悶の表情に歪む。


「どうして俺はこんなに無力なんだろうな。和華ちゃんが危険な状況なのに何も出来ない。何をしたらいいかすら思いつかない!」

「藤本先輩・・」


「あ、ごめん。つい大きな声を出して。和華ちゃんが心配なのは俺だけじゃないのにね。岸田君も気が気じゃないだろうな‥そうだ! 本は? 小説に変化はないかい?」


「今朝確認したところでは変化はありませんでしたわ。ですから本を持ってきました。新しいお話が書き込まれたらすぐ連絡いたしますね」


「岸田君はどうしてる?」

「康兄さまは大学へ行かれました。昨夜は一睡もされていないようでしたけれど‥家でじっとしてても仕方ないからと」


「彼はすごく頭が切れるから何か思いついてくれるかもしれないな。俺も考えてみるよ」

「ではお昼にまた」


 昼頃には本に変化が訪れているだろうか? 


 1限目に講義がないわたくしは、校内のカフェテリアに行き時間をつぶした。かばんの中から小説を取り出しもう一度最後に文字が書かれたページを見てみるが、やはりその先は白紙のままだった。


 考えなければいけないのは和華に連絡する方法。どうにかして和華にミナの事を知らせなくては。現状、わたくしの世界と和華の世界を繋ぐのはこの小説だけ。


 そうだわ! これならもしかしたら・・でも確実とは言えない。それでもわたくしに今思いつくのはこれだけ。何もしないよりはましですわ・・。



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