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ヤンキー、悪役令嬢になる  作者: 山口三


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例のお茶会


 困った事になった。


 リンとドクターブロナーと3人で薬草園の話をしてから数日後、ミナがあたしをお茶会に招待した。まだ先の話だったが、これは例のお茶会なのだ。


 そう、小説の中でジュリエットがリンに毒を盛るお茶会。本来ならジュリエットが開催するはずだが、あたしが小説のストーリー通りに動かないから、内容に変化が起きたのかもしれない。


 まずい、絶対にまずい。これは参加しちゃだめよ。断らなくちゃ。


「申し訳ないけれどわたくしは参加できないわ、その日は外せない用事があるの」

「では日時を変更いたしましょう」


「いえ、当分は忙しくて・・」

「ジュリエット様、実はお茶会はジュリエット様が主催することになっておりますの」


「えっ、それはどういう事?」

「私にはリン様とジュリエット様の間に、まだわだかまりが残っているように見えましたの。ですから差し出がましいとは思いましたけど、ジュリエット様のお名前で王宮の一角をお借りしてしまいました」


 えええっ、こんな強制的にお茶会に参加されられるの?! 


「主催者のわたくしが居ないと格好がつかないという事かしら?」


「それもありますが、もうリン様とゴードン様にお茶会の話をしてしまったのです。ジュリエット様が婚約を祝ってお茶会を開いて下さると。それを聞いたリン様はとてもお喜びでしたわ。なのでジュリエット様が欠席されると聞いたら、とてもがっかりされますわ・・」


 婚約をお祝いしてあげると言いつつ当日はドタキャン。そんな事をしたら嫌がらせの前科があるジュリエットがまたリンに意地悪したと思われるわね。でも投獄されて命を危険に晒すリスクを考えたら、周囲にどう見られようと構わないと思う。


 ただ今回のお茶会をなんとかしのいだとしても、その先にまた同じようなイベントが待ち構えていないとは断言できない。だから意を決してお茶会に参加するしかない。対策をしっかり立てておけばなんとかなるかも。


「分かったわ。色々お膳立てしてくれてありがとう。リンさんをがっかりさせない為にも、スケジュールを調整してみるわ」


「では私はお茶やお菓子の手配を始めますね」

「ではお菓子をお願いするわ。わたくしはお茶を手配します」


 毒物はお茶に入っていた。人に任せるよりは自分で調達したほうがまだ安心よ・・。




 さあ、どうする? この世界であたしの正体を知っているのはライオネルだけ。相談するにしても、この世界が小説の中だと告白しなければいけない。ライオネルはもう一度、あたしを信じてくれるだろうか。


 だが生憎、ライオネルは国家の行事でアカデミーを欠席していた。やっと4日ぶりにアカデミーに出てきたライオネルを捕まえて、二人きりで話がしたいと伝えた。


「何かあったのか?」

「大有りよ、大問題発生よ。でも誰にも話を聞かれたくないのよ、王子様には常に隠密の護衛が付いてるんでしょ?」


「そうだな・・この間みたいに川べりなら護衛も距離を取らざるを得ないから、聞こえないとは思うが」

「もっと徹底してるほうがいいんだけど」




 この要望に対してライオネルは郊外にある湖にあたしを連れて来た。そして大きめのボートに二人で乗り込み、岸辺には声が届かない中央付近までボートを漕いで出た。傍から見ればただデートをしてるだけにしか見えないだろうな。


「誰にも聞かれたくない話とは何だ?」


 ボートを止めたライオネルがすぐ質問してきた。


「実はこの間した話にはまだ補足があって‥ちょっと信じがたい話だろうとは思うんだけど」

「あれよりももっと信じがたい話があるとは思えないが」


 あたしはとうとうライオネルにここが小説の中の世界だと話してしまった。お話の主人公はリンでジュリエットは悪役令嬢で‥お茶会で何が起こるかを全て。


「今度はまたとんでもないことを言い出したな」

「絶対信じないと思ってたわ。だから本の内容を必死に思い出して来たんだから。あなた方兄弟二人がまだ子供の頃のエピソードがひとつだけ書かれていたのよ、これ覚えてない?」


 それはまだジュリエットと王子二人が出会う前のエピソードだった。


 ある日、王妃殿下に――2人にとってはお母様ね――どんな女の子が好きか聞かれた幼いゴードンが、花瓶に生けられたひまわりを見て「ひまわりの様に笑う子が好きです」と答えた。これは後にジュリエットが獄中でリンの笑顔がひまわりのようだ、と表現するところに掛かってくるのだ。

 

「それは覚えている。ひまわりの様に笑うって意味が分からないと、母上に問い詰めた記憶があるな」


 ライオネルはそう言った後しばらく黙り込んだ。あたしの爆弾発言を頭の中で整理してるのかしら。誰だって自分は小説の中の登場人物に過ぎないんだ、なんて言われたら戸惑って当然よね。


「もう1回事件の流れを詳しく説明してくれ。毒物はジュリエットが用意したものだったんだな?」

「そう、獄中のジュリエットが、自分で服用自殺するつもりで毒を用意したって独白してたの」


「それはジュリエットが傷心のあまりにという事か‥」


 ライオネルが苦しそうな表情をしてる。失恋したジュリエットが死を選ぶほどゴードンを愛していたと思い知るのは、ジュリエットを愛してるライオネルには相当きついよね。


「そんなに落ち込まないで‥ジュリエットはライオネルの気持ちを知らないんだよ。あんたがこんなにジュリエットの事を想ってるって知ったら彼女だって‥」


「ちょっと待て、なんで俺がジュリエットを好きだと知ってるんだ!?」

「何言ってるのよ、一目瞭然じゃない! あたしは色恋沙汰には疎い方だけど、それでもはっきり分かるほどダダ洩れよ!」


 さっきまでの暗い表情はどこへやら、ライオネルは恥ずかしそうにして横を向いた。心なしか顔と‥耳まで赤い。


「ま、まあいい。で、ミナがジュリエットに頼まれて、お茶に毒を入れたと白状したんだったな」


「その辺りがよく分からないのよね。ジュリエットは自分のカップに毒を入れたのよ。リンのカップに毒混入を指示したとも書かれてないの。あたしは尋問されて怖くなったミナが、思わずジュリエットの名前を出したのかなって思ってたんだけど・・」


「毒物はジュリエットのパースから発見されたのか。ミナがリンを毒殺する理由は見当たらないしなぁ。アカデミーでミナ達がリンに嫌がらせをしていたのはジュリエットの取り巻きだったからだろう? リンがゴードンの婚約者になってからは手のひらを返してたよな」


「あっ、でもミナだけはジュリエットの傍にいてくれてたわ。ジュリエットの悪口を言ったりしなかったし。ミナはジュリエットが可愛そうで、そのあまりに、ちょっとだけリンに意地悪してやろうと思ってやっちゃったとか?!」


「ミナがジュリエットの為にやったって? もしくはミナ自身が本当にリンを嫌っていたとかか? どちらにしても動機が弱い気がするが」


 ボートの上で延々とあたし達は討論し続けた。そのうち風が強くなってきてあたしはぶるっと身震いして、くしゃみをひとつした。


「冷えて来たわね」

「風が出て来たな。今日はもう戻った方がいい。ジュリエットの体で風邪をひかれては困るからな」


 そう言ったライオネルは、とりあえず自分が独自に調査してみると約束してくれた。


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