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次期国王だけど実家を追い出されました。〜第一王子なのに魔法が使えなくて王家を追放された件〜

作者: 紗希















「即刻この城から出よ!そして何処ぞで野垂れ死ぬがよい!」


15歳。この国では成人にあたるその年に、俺は実父である国王から追放を言い渡された。

クロノヴァイス・シュバリエ。それが俺の実名。魔法帝国シュバリエの正統後継者であり、第一王位継承者。……今、この瞬間までだったが。


「…ッ待ってください、父上!私はっ、…俺は!この日の為に勉学に励み、政治も学び、剣の修行も怠った日はありません!それなのに、なぜ…!」

「政治を学んだのなら、王族に必要不可欠な素質が何かも学んだであろう!」

「……っ、魔法…」

「そうだ、我がシュバリエは、先祖代々強力な魔力を保持して産まれ、その血を絶やす事なく我が代まで繋いできた。それが、貴様が存在した事で我が王家の存続の危機に瀕しておる」

「…そんな…っ」

「貴様の代わりに、第二王子を第一王位継承者にする。貴様を我が息子とは認めず、城に足を踏み入れる事二度と叶わぬと心得よ!」


玉座の間で項垂れる俺は、両脇を衛兵に抱えられ、血を分けた実の弟にすら見下す様な視線を送られながら…


城門の外に、放り出された。


「仕方ないよなぁ。王族なのに魔法が使えないんじゃ」

「…ま、運が良けりゃあ、どこぞの村人にでも拾われる事を祈ってますよ。元・殿下」


背後で衛兵の笑い声がする。ものの数秒で、城門が閉められた。

––––15歳で、俺はたった独りになった。










「…………くそ、」


ジャリ、と砂粒が鳴り、放り出された衝撃で汚れた手が視界に入る。

王族の装飾が入った衣類は剥ぎ取られ、質素な肌着のみ残された。せめてもの温情だと言っていた。


「……何が、魔法だよ」


幼い頃から魔法は使えなかった。王家に仕える魔術師にも魔法の才能が無いと宣告され、それでも次期国王として恥じぬ様にと努力した。…してきたつもりだった。


「………………………くそ」


何もかも、無駄だった。

悔しさで視界が歪む。

…俺を見限った実父。

…俺を見下した実弟。

…俺を見放した侍従。


思えば、あの城には元々俺の味方など居なかった。下働きの者ですら、国王の圧力で俺に関わろうともしなかったのだから。


「…いや、」


居たな。味方とは言えないが、敵でもない者が。

数日前、奴隷商から国王が買ったと侍女が話しているのを聞いた。

その姿を一度だけ見た事がある。引渡しの為に奴隷商が城に来て、商品である奴隷の子を連れてきていた。


細長い耳の、青みがかった銀髪の、エルフ。

明らか幼女だろうその子を、国王は自身の玩具(ペット)として買ったのだ。

奴隷を一旦地下牢へ幽閉し、機を見て“可愛がる”つもりなのだろう。


……時期的に、まだ彼女は地下牢に居るはずだ。


口角が上がる。

あの国王に、あの父親に。

やり返せる事がある。














城の隠し通路は全て頭の中にある。

城主として、国王として、それは義務教育の一環でもあった。

加えて衛兵の見回りの時間帯、経路も覚えている。


“城に足を踏み入れる事二度と叶わぬと心得よ”


外に出られなかった俺にとって、この城は俺の家であり庭だった。俺に、侵入出来ない場所は、ない。


薄暗いタイル張りの通路を抜け、監視の目を掻い潜り、更に奥地。地下牢のエリアへ。


その一角に、彼女は居た。


「………………だれ」


衛兵や監視とは違った足音に、彼女はその弱々しい声で訊ねる。


「………侵入者、かな」

「……しんにゅうしゃ」


灯というにはいささか心許ない蝋燭に照らされて、彼女の銀の髪がキラリと輝く。やはり、こんな所に置いておくには勿体ない。


「ねえ。俺と一緒に、ここを出ない?」

「…でる、……出れる、の?」


蒼…いや、紅、いや、みど…。

次々に変わる彼女の瞳の色。座学で教わった事がある、エルフ特有の虹色(ミスティック)()(クォーツ)。東国の島で発見された虹色の宝石にちなんでその呼び名がついた。


「出れるよ。…俺が、君をここから出してあげる」

「………でたい」


素直だ。奴隷は、その境遇から全てに畏怖の念を抱き、己に近づく者全てを拒絶し殻に閉じこもる性質がある。

恐らく、彼女は囚われて間もない。だから、警戒心もさほど強くない。それが助かった。


「…でも、ここ、かぎ…」

「…大丈夫」


俺は魔法が使えない。代わりに、手先は器用だ。

器用すぎる、とも言う。


カチャン。


「……え」

「君、名前は?」


一瞬で解錠し、鉄製の格子戸を開ける。

ポカンとしている彼女に近付いてそう問うた。


「…わからない、おぼえて、ない…」


奴隷契約の、弊害。

魔法が存在するこの世界では、形がどうであれ奴隷商に囚われた時点で奴隷は元の名を奪われる。逃走手段を完全に断つ為だと、言われている。

奴隷商は商品を番号で呼び、客に引き渡すと主従契約が客に移行される。移行されれば、客が新たな名前を奴隷に与えてそこで奴隷契約は完全に更新され、奴隷は主人の持ち物となる。


連れ去りや誘拐、いかなる手段で貴族や王族がその被害に遭わないとも限らない。よって、その対策として決して表では本名を明かすなと教わった。


彼女は、奴隷商に本名を奪われた。そしてまだ、新しい主人から名を付けられていない。ある意味、好機だ。


「……じゃあ、名前を付けてあげるよ」

「…くれるの?」

「うん。その代わり、俺にも名前を付けて」

「…あなたも、名前がないの?」

「……うん。だから、新しい名前を君が付けてよ」


正しくは、棄てたのだけれど。

どの道、本名はもう使えない。


静かに黙ったのち、彼女はパッと思い付いたようだった。


「……クロ」

「クロ?」

「時の神、『クロノス』。…何かで読んだ、あなたと同じ黒い髪の神様だって…。だから、クロ」


奇跡か偶然か。

棄てた名なのに同じものを貰うとは思わなかった。


「…だめ?」

「……ううん。『クロノス』のクロ。素敵だ。君がくれたものだから、ありがたく貰うよ」

「……よかった」


ホッとしたように微笑む彼女に、今度は俺の番だとその容姿を観察する。

彼女はエルフだ。それも特徴的な“虹色(ミスティック)()(クォーツ)”の持ち主。その容姿に恥じぬ、かつ彼女に似合う名前。

…………。


「……セラス」

「…セラス?」

「セラス。君の、新しい名前」


こくりと、彼女はその名を受け入れた。同時にとある言葉を彼女へ伝える。


「セラス。『君を解放する』」

「…え?」


瞬間、俺と彼女との間に契約紋が浮かび上がり、ビシリとヒビが入ったと思うと––––

パキン…と割れて消えた。


「…本当の意味での、自由だ」

「……自由」


奴隷契約には一定のルールがある。

名を、奴隷が受け入れる事。

解除には、主人側から特定のキーワードを発言する事。

契約は未完成だった。国王が、楽しみに取っておいたのだろう。なので、その主従契約を横取りしたのだ。…少し荒っぽいやり方ではあるけども。


「…クロと、一緒に行く。連れて行って」

「…うん。一緒に行こう」


自分より小さな手。優しく、しっかり握りながら、セラスを立ち上がらせる。


来た時と同じように、監視の隙をついて地下牢、隠し通路を順に抜けていく。

セラスが俺の指示に的確に従ってくれたので、スムーズに脱出する事が出来た。


体力が落ちていたらしいセラスは、外に辿り着くと少し息切れしていて、一旦落ち着くと憑き物が落ちたような晴々とした表情をしていた。


「……自由」

「……うん、そうだよ」


決して楽な暮らしではないけれど、奴隷でいるよりは幸せなはず。

…そう、思いたい。










「クロ。これからどうするの?」

「…まずは、服を買うか」


お互いの服を見比べてみる。

俺の方はまだマシだが、セラスは目立ってしまう。布切れで包まれ手足には拘束具の名残もあるので、奴隷であったのは一目瞭然。


「金に変えられそうなもの…」


あいにくと金品の類は剥ぎ取られたあとだ。…ここからどうやって先へ進むか。


「私を売ったら、お金になる?」

「何言ってるの???」


あれか。俺が「金目のもの」と口にしたから自分を売ってくださいって事になったのか。絶対しないからな。


「これでも、剣術は習っていたんだ。モンスター…は、無理でも、狩りで凌ぐ事は出来るはずだよ」

「…狩り。討伐?」

「ん〜…」


セラスにもモンスター討伐がどういうものかは分かっているらしい。俺が「狩り」と言っているのに「討伐」と言い換えてるのは、恐らく…


「セラス。ごめん、俺魔法が使えないんだ。モンスターだと例えスライムでも俺には倒せない。物理が効かないからさ」

「クロ、魔法使えないの?」

「…うん。情けない話、俺の武器は、ただの剣だ」


その剣すらも今は持ってないんだけどね!(ヤケクソ)


「…大丈夫。私、魔法使えるよ」

「…それは、エルフだから?」

「うん。森の精霊にお願いすれば、広範囲の魔法も使える。……クロが、私を助けてくれたから」


そういえば、奴隷状態だとその能力の大半を奪われるんだっけ。逃走手段を奪う為に。


「…じゃあ、モンスターの方は頼んだよ…あ、武器」

「大丈夫」


結局は武器を何一つ持ってない事を改めて思い出してガックリした所、セラスのハキハキとした声。


「…エルフは、自分自身が武器だから」














手始めに落ちていた木の棒を手に取る。本当なら削って、木製の剣くらいにはしたいんだけどその削る為のナイフもない。しょうがないから殴るしかない。


セラスには付近の捜索と、いたら討伐をお願いして。…多分、今の俺よりは強いから。


出来るだけモンスターには出会わない様に細心の注意を払い、食糧調達に専念する。

––––ゴゴ…ゴロゴロ…ガシャーン…!!

…遠くで落雷のような音がしたが、セラスだろうか。

重々しい轟音が鳴り響き、鳥がバタバタ羽ばたいて……シーンと静まり返ったあと、音の聴こえた方角からセラスが戻ってきた。


「…もしかして……さっきの音、セラス?」

「うん。これ、討伐したら手に入れた」

「……ああ、素材だね」

「売ったら、お金になる?」

「なると思うよ。これでセラスの服も買える」


セラスが手に入れたのは、いわゆるドロップアイテムと呼ばれる素材である。

レア度などは分からないが、売れば多少の金にはなるだろう。


「…ところでさ」

「?」

「雷っぽい音がしたんだけど、何をしたの?」

「…えっと、雷を落としたの」

「雷を落とした…」

「うん」


………。

とりあえず、換金してセラスの服を買おう。









賑やかな街。

アイテム買取店でさくっとお金に換え、セラスを連れて服屋を探す。奴隷服の少女を連れている事で途中視線が少し痛かったが、堂々としていればそのうち気にならなくなった。


「いらっしゃいませ!あら、おつかいかしら?」

「まあ…。その、彼女に似合う服はありますか?」


話題をぼかしてセラスの服選び。


「エルフの女の子なのね。魔法付与された服もあるけど、どう?」

「すみません、予算がこの位なんですが…」


セラスの容姿から装備服をチョイスしてくれた店員に、正直に所持金を見せる。

最初から、セラスの服だけを買いにきたのだが、ここでまさかの本人が…


「私の服は最低限で良いです。魔法で強化も出来るので。私よりクロ…彼の服を」

「セラス???」

「あらまあ」


ドドンと、己より俺の服を見立てて欲しいと進言した。これには店員もびっくり。


「ふふ。じゃあ、どれが彼に似合うか、見てみる?」

「はい」

「セラス????」


あれ。いつの間にか主導権が彼女に。

そしてあれよあれよと俺だけじゃなくセラス自身の服も決まる。

俺の服も一変し、駆け出しの冒険者といった格好だ。効果の程は分からないが、基礎体力の向上が見られると言っていた。


セラスの方は、魔法付与が無い分見た目重視になったらしい。エルフ特有の美しさと年相応の可愛いらしさを最大限に引き出す、妖精のような格好。


…控えめに言っても似合っていた。


「ありがとうございます、これ、お金…」


ギリギリ足りるだろう有り金を全て渡そうとして、店員に止められる。


「二人のご飯代位は残しておきなさい」

「え?でも…」


聞けばセラスの服装は店員の好みも入っていた。完璧に着こなしてくれているので、それだけで満足だと。あとはこれからもご贔屓にしてくれれば十分だと、言ってくれた。


「…必ず、また来ます」


温情により手元に残った金は、二人分の食事代にしては少し多めだったと思う。それをぎゅ、と握りしめ、セラスの手を引いて店を出た。


「……優しい人だったね」

「………ああ。まだ、捨てたものじゃない」


考えてみれば、俺のいた城には俺の敵しか居なかった。当たり前だ、全員国王の息がかかった者達なのだから。


「昼ご飯にしようか」


こんな晴れやかな気分はいつ以来だろう。











街の食事処はその大半が酒場だった。当たり前か、冒険者が集いやすいのが食事処で、かつ冒険者というのは成人した大人が多い。


「人がいっぱい」

「…セラスは人混み苦手?」

「そういうわけじゃないけど…」


容姿も相まって冒険者の一人がセラスを見ると、その周りも気付き始めた。

視線に敏感らしく、俺の腕にぎゅ、としがみつく。頼られているみたいでなんだか嬉しい。


二人で座れるテーブルを見つけて腰掛ける。すぐさま店員がメニューを持って声をかけてきた。


「いらっしゃい。…見かけない顔だけど、冒険者かい?」


…値踏みをされている?

セラスもいるので差し障りのない受け答えをするよう努めてみる。


「始めたばかりの初心者です。あの、手頃なメニューがあると助かるんですけど…」


遠回しに所持金の限界を伝えると、意外にも親切に一番安いものを提案された。


「この辺りなんかはよく初心者が頼むものだよ。セットもあるから見てみるといい」

「ありがとうございます!」


いかにも駆け出しの冒険者という雰囲気。そんな男が、可愛らしいエルフを引き連れているのだから絡まれるのは当然で。


「セラス。これなんかどう?」

「美味しそう…」

「おう嬢ちゃん。なんだ金に困ってんのか?」


二人で仲良くメニュー表を眺めていると案の定他の冒険者が言い寄ってくる。恐らく仲間だろうテーブルの方には酒やつまみも沢山あり、一見金回りは良さそうだが…


「そんなガキほっといて俺らのとこに来い。良いもん沢山食わせてやるよ」


“そんなガキ”とは俺の事だ。下卑た笑みと見下す視線。城の奴らと同じ目。

強引に連れて行こうとして男の手がセラスの肩に触れ––––バチッ!!と火花が散る。


「ッてぇ!!?」

「…触らないで」


静電気なのか、それともさっきの余韻なのか。

セラスの髪が、動物が毛を逆立てるようにふわりと揺らいでいた。そして気のせいでなければ彼女の髪はストレートだったはずだ。それが、魔力を帯びると髪が波打っているようにも見える。…これも、エルフ特有なのだろうか。


「汚い、酒臭い…。クロを侮辱するなら、容赦しない」

「ッ、コイツ…!?」


彼女の目を真正面から見つめて男が怯んだ。

その“虹色(ミスティック)()(クォーツ)”には宝石に喩えられる程の神秘的な輝き以外に、“魅了の魔眼”という異名がある。

それは純粋な者が見れば「美しい」と感じる神々しさだが、邪悪な者…具体的に言えば敵意ある者には「恐怖」に感じるものだ。


今、この冒険者はセラスの機嫌を損ねた。なので圧倒的な威圧感をもって威嚇している事になる。


…俺の仲間がこんなにも怖い。


「クロ。この人どうする?」

「どうするも何も、ここは公共の場で食事処だよ。争いは駄目だ」

「でも、クロを侮辱した」

「あんなの、」


城に居た頃に比べれば。

そう言おうとして口を閉じる。

王族の俺は死んだじゃないか。城を追い出されたあの瞬間。––––否、国王から王位継承権を剥奪されたあの瞬間に。


「…あんなの、侮辱にもならない。お金が無いのは事実だし、俺の事はセラスが分かってくれているからそれで十分」

「クロ…」


どこからか口笛を吹く音。次いで、男に対し野次を飛ばす外野。

男は周りに己の味方が居ない事に羞恥を感じたのか、そそくさと仲間のテーブルへと戻っていった。

そして。


「…新人冒険者の割には肝が据わっているね。どうかな、私のギルドに入ってみないかい?」

「……貴女は?」


赤い髪が特徴の、炎を思わせる色合いの甲胄。

詳しく無い俺でも分かる。相当な手練であると。


「ギルド“(ほむら)”のリーダー、アカツキ。私は君達を歓迎するよ」







テーブルに着いたアカツキという名の女性。彼女は、慣れた様子で店員を呼びメニューを受け取った。常連なのだろう。


「ここは私が奢ろう。先ほどの会話が気に入った。楽しませて貰った礼だよ」

「え、でも」

「…これでも数十人を束ねるギルドの長なんだ。私の顔を立ててくれ」

「………」


どうやらさっきの男とは違い、この女性は良い人、らしい。


「…じゃあ、これと…これ」

「うん。君は?」

「あ、…これを」

「ようし。食事をしながら少し話をしようか」


そう言いながらまた店員を呼ぶ。緊張した空気を良い意味で壊したアカツキは、二人に向き合ってニコッと微笑んだ。


「改めて、アカツキという。君達の名を教えて欲しい」

「…クロ」

「セラスです」

「クロ、セラス。失礼ながら、二人はまだギルドには属していないね?」

「はい」

「そして、軍資金もほとんどない」

「……はい」


まあその辺りは会話を聞いていれば自ずと分かる事ではある。


「こう言ってはなんだが、稼ぐにはダンジョン探索とモンスター討伐が最も効率が良い。しかしその為には防具や武器を揃える必要がある。つまりは冒険するにも金が要るという事。そこで提案だ。私のギルドで戦闘力を磨き、一線で活躍してみないか?勿論給金は出るし、ある程度戦力になれば自身で依頼を受け持っても良い。最初のうちはギルドの熟練が一緒だから危険な事もない」


とても魅力的なお誘いだ。…逆を言えば、都合が良すぎて怪しいとも言える。


「…代わりに何を?」


微笑んでいたアカツキの口元がニイ、と変形した。


「うちは新人が入るごとにギルドの広告塔として活動してもらっている。その収入の一部をギルドに還元し、活動費用に充てているんだ。まあ、任意ではあるし人には得手不得手もある。その辺は君達に任せるよ」


広告塔というのは、ギルドの顔となって“焔”の口コミを広げて欲しい、というものだった。活動内容は何でも良いらしい。“焔”のイメージアップに繋がるものであれば。


「…余り、表舞台に立ちたくはないんだけど」


脳裏に浮かぶのは現国王の姿。

城では俺は死んだ事になっているはず。万が一生きていると知られればお尋ね者になってセラスも危険にさらされるだろう。それだけは、避けなければ。


「表舞台だけが活動の場所じゃ無いさ。副職を持つ冒険者もいる。言ったろう、得手不得手だと」


セラスを気遣って返答に迷う俺の手に、柔らかい手が重ねられる。…セラスだ。


「クロ。私、この人は悪い人じゃ無いと思う」

「セラス…」

「……それに」


ピリ、とセラスから殺気が発せられた。アカツキは変わらずニコニコとしている。


「………クロに何かあったら、私が容赦しない」


………俺の仲間がこんなにも怖い。


「うん、それで良いよ。決して悪い様にはしない。約束しよう」

「…じゃあ、お世話になります」


とりあえず、活動拠点は決まった。

その後は食事をしつつこれからの動きを教わり、新しい住居になる“焔”へと向かった。






「みんな、紹介しよう。クロとセラスだ。二人とも駆け出しの冒険者ではあるが、肝が据わっている。仲良くしてやってくれ」


立派な建物。数十人が在籍していると言っていただけあり、凄い大きい。そして大所帯である。


「部屋は一緒がいいか?それとも別々?」

「あ、別々…」

「一緒がいいです」

「分かった」


男女が同じ部屋、それは世間体的には絶対に良くない。だから別々の方が良いと思ったのだが、セラスがはっきりと答えてしまい、アカツキも笑って了承してしまった。

待って、ほんとに一緒の部屋?


「セラス、男と一緒の部屋なんて意味分かってる?」

「分かってる」

「間違いが起こったら…」

「クロが間違う事は無いと信じてる。仮に起こったとしても、私は構わない。…クロ、だから」


これにはアカツキが口笛を吹いた。


「中々に想われてるじゃないか、この色男」

「〜〜〜〜っ」

「…それに、侵入者が居た時、クロを護れない」


きっと、俺が魔法を使えないという事を心配しているのだろうけど。


「冒険者だらけのギルドのど真ん中で侵入を易々許すつもりはないがな」

「そうだよ。俺だって自分の身位自分で護れる」

「相手が魔法を使ってきたら?魔法を甘く見ちゃ駄目」


えっと、奴隷契約の魔法を懸念してるのかな???


「……すみません、一緒の部屋でいいです」

「ふふ。将来は尻に敷かれそうだな」


アカツキは始終笑っているが、俺はそれどころじゃなかった。

主従契約も結んでいないのに、セラスは事あるごとに俺を護ろうと躍起になる。そりゃ魔法が使えないって最初に言ってはあるけどさ、男としては女の子に護られるのはプライドが許さないんだよ。


「ひと休みしたら早速ダンジョンに行ってみるか?」

「そうですね…あ、でも武器が…」

「武器位いくらでもあるから心配しなくていいよ」


ケラケラ笑って鍛治師だろうメンバーを呼び、探索チームを紹介される。

前衛中衛後衛とバランス良く組み合わされた人選。なるほど、これが冒険者パーティーというやつか。


鍛治師からは魔法が付与された剣を渡された。魔法に不慣れなメンバーもいるらしく、そういった冒険者用に魔法道具のストックも完備されている。これで、スライムにも立ち向かえる。使いこなせるかは別として、魔法が使えない俺にとっては非常に有難い。


セラスには魔力を増大させるアイテム。必要かはさておき、魔法行使における人体への負荷の軽減と、魔法発動の効率化が期待出来るらしい。


「私は別件で出なければならないから同行は出来ないが、ベテラン揃いだから安心して良い。立ち回り方もみんなが教えてくれる。頑張れ」

「はい、ありがとうございます」


アカツキはそのまま出かけてしまった。何でも国からの召集がかかったそうだ。……国という事は、召集したのは国王で召集の目的は大型モンスターの討伐依頼だろう。


…もはや俺には関係の無い話だ。


その後武器と防具も受け取り、部屋でひと休みしたあと冒険者として初のダンジョンへと向かった。







「比較的初心者向けなダンジョンだよ。倒せなくても良い、一度攻撃を当てればそれで経験値にはなるから」

「はい」

「セラスは、倒せると思ったらどんどん前衛に出て攻撃して。経験値は低くてもたまにレアアイテムとかスキル手に入れたりする」

「はい」


冒険者パーティーのリーダーはシルバーといってアカツキの右腕兼ギルドのNo.2。事実上の副リーダーの男だ。実力も折り紙付きなのでアカツキ不在の間の“焔”を任されている。

その彼の指示の元、俺達は誰一人怪我を負う事なくダンジョンを進んでいた。


「話には聞いていたけど、クロは本当に魔法が使えないんだね…。ああいや、責めているわけじゃないよ。冒険者は、みんな多少なりとも魔法が使えるから…」

「大丈夫です、気にしてません」


初級モンスターはある程度剣で倒せるようにはなった。これも魔剣の効果だ。


「…それはそうと、セラスは凄いね」

「はい。自慢の相棒です」


俺が雑魚を頑張って片付けている間に、セラスはエリアボスを一人で倒せてしまえる位には、戦力になっていた。

モンスターの属性関係なく、否、セラス自身の属性が全てに対応しているのか、それとも不利をもろともしないほどに彼女の魔力が圧倒的なのか。


森で聴いた落雷らしき音を目の前で体験して、嗚呼あれはこういう事だったのかと納得した。


しかも周りが詠唱している間に彼女は魔法を発動させている。タイムラグなしで。それはつまり、無詠唱での魔法という事で、修練を積んだ熟練の冒険者か一部の種族だけが使える能力で。


「…まさか、“無詠唱魔法”の使い手とはねえ」


メンバーの一人がそう呟いた。

確かに彼女はエルフで、「自分自身が武器」だと言っていた。

けれどもさすがにここまで力の差があるとは。つくづく己の無力さを恨んでしまう。


「あっという間に倒しちゃったね」

「強いな、セラスちゃん」


頭を撫でられたり、褒められたり。セラスは無表情だがほんのり嬉しそうではあった。

パタパタと俺のところへ来て、キラキラした眼差しを向けてきたので素直に褒めてあげる。


「セラス、凄いぞ」

「…えへ」


打って変わって綻んだ笑顔に周りもつられて微笑ましい視線を送ってくる。そうしている間に扉が現れ開いた。次の部屋に続いているらしい。


「じゃあ、ここからは少し敵も強くなる。クロ、気を引き締めてけよ」

「了解」


ぞろぞろと扉に向かって足を進めようとして、ふと足元の印に気付いた。

その印は王国の紋章にも似ていて、何だろうと思いそこでしゃがみ込んだ。

––––それに触れた瞬間、印が強い光を放つ。

眩しい中、そばを歩いていたセラスが即座に気付いて俺に手を伸ばすが…


………目を開いた時、ただ一人真っ白な空間に転移していた。










まずい、やらかした。

最初に思ったのはまずそれだ。魔法が使えない俺にとって、ダンジョン内でたった一人というのは非常にマズい。

何故かってそれは、単純に今の俺では(魔剣があるとはいえ)雑魚しか倒せないからだ。状況から見てこれは隠しダンジョン。絶対に強い敵が現れるという流れ。ギルドで教わった。


初心者ダンジョンではまずあり得ないが、レベルが上がるにつれ通常ダンジョンとは別に隠しダンジョンが少なからず存在する。

実力があればレアアイテムが貰えるラッキーなものだが新人にはいささかキツい。


…どうしよう。


今のところは敵の気配もないし、それどころか物理的に何もない。文字通り真っ白な空間。


慣れている冒険者ならこのまま探索といきたいところ。しかし、駆け出しでかつ魔法が使えない。………詰んだ?


助けが来るのを待つか、出口を探して歩くか。

考えた末、呑気に待っているだけは男じゃないなと思う事にした。これでも冒険者だ。冒険してなんぼだろう。


覚悟してカツンと一歩、それが現れた。


真っ白な空間に、灰色がかった男のシルエット。

俺よりも少し背の高い、スラリとした体格。

彼は、この空間の主なのか。


「…人間か?」


意を決して尋ねてみる。返事はないが、敵意も感じない。ただの思念体か、かつての冒険者の残像なのか…。


男は何を言うでもなくただ何もない空間を指差す。俺と男の間、そこには何も無かった。

––––はずだった。


指差した直後、地に刺さった状態の剣が出現する。これは、この部屋のレアアイテムなのか。


「これを、抜けと?」


俺の質問が理解出来るのか男はこくりと頷く。

城でもお目にかかった事のないほどの装飾。大量生産型の武器とは明らかに違う。きっとありとあらゆる魔法が付与されているはずで。

そしてこれを扱うのは、セラスの様な実力のある冒険者だったはずで。


「……俺が持っていても、宝の持ち腐れなんだろうなあ…」


いつかは。こんな武器を持ってセラスと共に。


そんな夢の様な未来を想い描きつつ、まあ催促されたなら仕方ないと剣に触れた。

しっかりと刺さっているそれは、意外にもあっさりと抜けて、俺の手に良く馴染んだ。良い武器は心地が良いと聞いた事があるが、こういう意味なのかと妙に納得する。


…ごめんな、最初の持ち主がこんな俺で。

ちゃんと、然るべき者の手に渡る様にしてやるから、今は俺で許してくれ。


返事なんてくるわけがないのに、この剣と、製作者に詫びる。腰に差していた剣の隣に同様にしまって、少しばかり一人前になった気分を味わってみた。


顔を上げると男のシルエットが何故か安心した様な雰囲気を感じる。そして、柔らかく微笑み…

俺の意識はそこで静かに途絶えた。














滞在時間はほんの少し。

にも関わらず、目覚めた時俺はその場に倒れ込んでいて、周りを仲間が取り囲んでいた。

真っ先に聴こえたのはセラスの声だ。


「クロ!!!クロ!!!!」

「セラス、落ち着け。…怪我はないようだ」


ボロボロに涙を流し、俺の名を呼ぶ。


「…っ、」

「驚いたぞ。いきなり光ったと思ったらお前が消えて…」

「……何が…あったんですか」


周りに支えられながら起き上がり、セラスが泣きついてくる。宥めつつシルバーの説明を聞いた。


「恐らく隠しダンジョンだ。モンスターの居ない部屋もたまにあるが…。悪い、こちらの不手際だ」

「いえ、俺の不注意です…」


ぐずぐずになったセラスが睨みつけてくる。


「クロのバカ!!!勝手にいなくならないで!!…私をひとりにしないで!!!」

「………」

「消えてから、セラスがこの部屋一帯を魔法で吹き飛ばそうとして……抑え込むのが大変だったよ」


ここでようやく状況を理解する。どれだけセラスを不安にさせたか。


「…ごめん、もう、離れないよ」


ただただ、謝る事しか出来なかった。







帰り道、セラスは一瞬たりともそばを離れなかった。それどころか道中手を繋いでいてと嘆願され、ぴったりとくっついたままギルドへと戻った。

周りからは生暖かい視線。仕方ないのだけど。


「それにしても、隠しダンジョンで武器を手に入れるなんてラッキーだったな」

「…そうなんですか?」

「たいていの武器は討伐アイテムか特注だよ。…まあ、特注はお金がかかるからアイテムなんだけどね」


ギルドの仲間が腰に差した剣を見てそう言った。


「…にしても、見覚えがないな」

「名前も分からない」

「名前?」


冒険者の中には副職として鑑定士をしているメンバーもいる。その女性が剣を鑑定しようとしたら、名前が不明と出たらしい。…そんな事あるのか。


「…不思議な剣ね。名称が分からないのに、とても精巧に作られてる」

「おい、クロ。ちょっと振ってみろよ」

「ええ?」

「そりゃいい。使えば効果も分かるってもんだ」

「ちょ…」


メンバーが面白半分に野次を飛ばし、鑑定士がそれに苦言を示す。…まあ、何かあればここならヒーラーもいるし、何かしらの魔法が発動してしまったらセラスの出番だろう。

ほんの少し、振るだけ。


「…軽くですよ」

「おう。まあどうせ何も起きないだろうがな」

「いや、ちょっと避難しとくか?吹き飛ばされねえようによ」


悪ノリの笑い声。ちょっとだけムッとしながら、そばにセラスが居るのも確認する。

昔剣術を習っていた時を思い出す。

あの時は新人用の剣だったが……


「…フッ」














ドンッ!!

軽く振ったつもりだったのに。

剣から放たれた斬撃が渦を巻いて大きな風となりギルドの建物を吹き飛ばした。

半壊…いや、ほぼ全壊。

ギルドにいたメンバーは8割が重軽傷。更に言えばそのほとんどが崩壊した瓦礫の二次被害という形。


…反省も含めて、俺はギルドの復興に駆り出された。

セラスは連帯責任という名目で負傷者の治療へ。

………ほんと申し訳ない。










つづく…?




とりあえず書きたいところだけ書き起こしました。

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― 新着の感想 ―
出だしは良いのですが、これだと俗に言う短編詐欺に近い気が。
魔法の才がないと王位を継げないとわかってたなら、才のない主人公は次期国王でも何でもないただの第一王子では。 国にとって必要な為政者としての知識を持つ主人公を追放する意味も分からない。普通に王族の一人と…
面白かったです♪ 続き読みたいです(。-人-。)
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