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恋愛物?

『婚約破棄』されたい公爵令嬢はほくそ笑む~私の想いは届くのでしょうか、この狂おしい想いをあなたに~

作者: いな@

「傷を隠せと何度言ったら分かるのか! それでは第一王子との婚約が破棄されてしまうではないか!」


「こんな傷がある方が姉だなんて、もう耐えられませんわ!」


「レアー! いい加減になさい! 改めないと言うのならば即刻部屋に戻りなさい!」


 (わたくし)はその場で立ち止まり、静かに小さくカーテシー。


 朝食の部屋を出ましょう。


 先日折れた足はまだ治っておらず、ズリズリと引きずり、部屋を出て自分の部屋に戻ります。


 傷? 好きで付けている訳ではございません。


 そもそも片眼が無く、見えないのは父が幼少の時に殴ったため。


 おでこの生え際の傷は、母が癇癪(かんしゃく)をおこし、花瓶で私を殴り付いた物。


 首筋にある火傷は妹が、『髪の毛が気に入らない』、と火属性魔法を私に放ち付いた物。


 この足は、婚約者の王子に学院の階段から突き落とされ折れた物です。


 この家は狂っているのだと思います。使用人は一月(ひとつき)足らずで消えていき、唯一残っている人物は祖父の代からいらっしゃる執事がただ一人です。


 私は階段下の物置······私の部屋に入ります。


 ここは、ここだけは誰にも邪魔されず、平和に過ごせる場所、それも終りを告げる計画を立てています。


婚約破棄(王子の廃嫡幽閉)』『廃嫡(公爵家の没落)』『追放(慰謝料を頂きます)』を成し遂げるために。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 もう十年前、私が四歳の夏前、丁度今と同じ頃でした。


 王家に連なる家系。バルニヤ公爵家の長女として生を受けて、幼い事もあり職業が発現していなくてもまだ普通の幸せを享受(きょうじゅ)しておりました。


 そんな時であります。


 妹が(たぐい)(まれ)なる魔力を(ゆう)し、聖女の称号を持ち産まれ()でた時より私の生活の環境が、今までが夢の出来事の様に色褪(いろあ)せ、色の無い世界へと様変(さまがわ)りを遂げたのです。


 魔力しかない私、職がない王族は不要だと、家族達は今まで我慢してきた鬱憤(うっぷん)を、吹き出し始めたのでした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 妹のペルセフォネが、産まれ五年が経ち、その頃には私の居場所はほとんど無くなっていました。


 私はテラスに来ていた可愛いリスさんに、朝ごはんの残りのパンくずをあげ、その様子を見ております。


 私の事を嫌わないで寄ってきてくれるこのリスさんや、たまにしか来てくれませんがフクロウさん、いつでもあげられる様にハンカチでパンをいつも忍ばせております。


 おなかも満足したのかリスさんは、パンの欠片を一つ抱え、木の上に戻って行きました。私も見付かって叱られない様に部屋に戻りましょう。


 でもテラスから中に入るとそこにはお母様が、妹のペルセフォネの手を引き居間(モーニングルーム)に入ってきました。


「何故ここに居るのですか! レアー! 何をぐずぐずしていますの! ここはペルセフォネの場所です! 早く立ち去りなさい! 汚らわしい!」


「ご、ごめんなさいお母様、お許し下さい」


 ()(さま)その場で膝をつき、床に額を押し付ける様に、私は罰を受けたくないため謝ることしか出来ませんでした。


「早く立ち去れと言っているのが分からないのですか!」


 私はこのままでは駄目だと思い、立ち去ろうと顔を上げた目の前には迫り来る何かを見ました。


 ガシャン


 頭に強い衝撃を受け、顔に生温いお湯を掛けられた様ですが、そのまま私は気を失いました。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 気が付くと、執事のクロノさんが私の寝る寝台の横に椅子を置き、座っておりました。


「まあ。クロノさん、如何(いかが)なさいました」


「お気付きになられましたね。レアーお嬢様、どこか痛い所や、気分が悪い所などはありませんか?」


「ん。少し頭が痛いです」


 そうして頭を触ると何か巻き付けられている様です。


「レアーお嬢様。傷がありますのであまり触りませんよう」


「何故傷が? もしや床に頭を押し付けた時かしら、ああ、どうしましょう。床を汚してしまったのでしょうか、お母様にまた叱られてしまいますわ」


 以前、ペルセフォネに突き飛ばされ、膝を擦りむき、廊下の敷物に血を付けて酷く叱られた記憶が頭に浮かんできます。


 馬具の鞭で叩かれた事を思い出し体がふるえてきます。


「大丈夫です。このクロノが綺麗に何もなかったかの様にしておきました」


「ああ。クロノさんありがとうございます。本当にありがとうございます」


 私はクロノさんに寝台の上で深く頭を下げ感謝の意を伝えます。


「そろそろ部屋に戻りませんとまた叱られてしまいますわ、よいしょ、きゃ」


 私は寝台から降りようとしましたのにクロノさんに止められてしまいました。


「今日はこのままこちらでお休み下さい。まだ熱がありますので、熱が下がるまで私がタオルを交換いたしますからご安心下さい」


「クロノさんは寝なくて大丈夫ですの? ずっと起きていてもらうのは申し訳ありませんわ」


「大丈夫ですよ。一晩寝ないなどよくあることです」


「うふふ。頑張り屋さんですわね、ありがとうございます」


 そして私は、数年ぶりに柔らかな寝台で寝たのです。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 今日はお父様がお城の公務からお帰りになる日です。


 私はお客様がお見えになると聞いておりましたので、私が呼ばれる様な事が絶対に無いとは言い切れません。


 少し小さくなりましたが一番綺麗な服を着ることにしましたが、袖から手首が見えてしまっています。でも後は学院の服しか破れていない服はありませんから学院の服に着替え直したところ、用を足したくなってきました。


 今日一日は部屋から出るなと厳命されておりましたが用を足すため仕方無く部屋を出る事にました。戸を開け一歩踏み出し、戸を閉めていると、そこにはお父様がおられ、私を睨み付け歩み寄ってきます。


 ああ。叱られてしまいます。でも、用を足さないと、――私は勇気を振り絞りお父様にお声を掛けました。


「あ、あの、お父様」


「貴様は! 部屋から出るなとあれほど命じておったであろう! そんな事も出来んのか!」


「も、申し訳ありません。用を足したくなり」


「言い訳など聞きとうない! 公爵家の恥さらしが! ペルセフォネは産まれた時より聖女の職持ちだ! 貴様は何を持っておる!」


「ま、魔力はあります」


「あるだけ無駄な魔力だけだ! 無職なぞ生きておる価値もない、ペルセフォネが無事生まれるまでは本当に仕方無く、職が目覚める事を待ちもした! それがなんだ! その年になっても目覚めんとは! 学院で王子殿下がお前を(虐遇(ぎゃくぐう)する事)気に入っていなければ()うの昔に廃嫡し打ち捨てているところだ!」


 そう言い、お父様は私の顔を殴られたのです、私は吹き飛ばされ、そこで意識を失いました。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ヒリヒリと痛む首で目が覚めたのだと思います。それと何故か目の片側が見えなくなっておりました。


「レアーお嬢様。目が覚めましたね」


「クロノさん。また寝台をお借りしてしまいましたわね、ごめんなさい、すぐに退きますわね」


 あっ、私、用を足したくて部屋を出たのでした。それが今は用を足したいと思いません、そして今寝てしまっていたなんて! あやまらなければなりません!


「ごめんなさい、クロノさんの寝台を汚してしまいました! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 クロノさんは私の肩に優しく手を添え、頭を下げていた私を起こしてくれました。


「レアーお嬢様。何も汚れてはおりませんよ、ほら服も綺麗でしょう」


 物凄く近くに、とても美しいクロノさんのお顔があります、本当にお美しい。


 服ですか? 服は学院の制服を来ていますよ、片側しか見えない視線をクロノさんから下ろしました。


「が? 学院の制服ではありませんわ。それにクロノさんが着せて下さいましたの? ありがとうございます」


 見たことの無い綺麗な服を来ておりました。


「はぁぁ、良い肌触りです」


 それにほんのりお花の香りがします。お花の香料ですね、うふふ。良い香りです。


「レアーお嬢様。後七日で新しい学院です。旦那様よりお嬢様のお世話を仰せつかっております」


「え? それでは長く私は寝てしまっていましたのですね」


「はい、その間私が全てを任されており、執事の任も外され、他の者が担っております」


「そうなのですね。よろしくお願いいたします。それに新しい学院ですか? 前の学院では無いのですね、動物達がよく来てましたので寂しいです」


「いつもポケットにパンを忍ばせて降りましたからね」


「はい、新しい学院にも森はあるのでしょうか?」


 あれば嬉しいのですが王都の学院は二つ、お屋敷からは近いのですが森はありませんよね。


「残念ながら」


「そうですよね。王都ですと、ああ、先程から聞きたかったのですが、クロノさん、私片目が見えないのです。後、首がヒリヒリと痛むのですが触ってはいけませんか?」


 クロノさんは悲痛なお顔をして、私の状態の事を話してくれました。


 目は、お父様が殴られた時に見開いた目に、大きな宝石の付いた指輪が当たり、潰れたそうです。


 私はそこであまりの事に気を失ったようです。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 目が覚め聞いたところ学院は、王子様が、『森ばかりで気に入らない』だから違う学院へ行くので私も婚約者として移動になるそうです。


 首は、三日前にクロノさんが寝続ける私を湯浴みさせてくれていた時に、私の黒髪が気に入らないと、ペルセフォネが火属性魔法を撃ったそうです。咄嗟にクロノさんが水属性魔法を使ってくれなければ、全身が焼けたであろう強い魔法だったそうです。


「あはは。私の居場所は本当に無くなってしまったのですね」


「このクロノがレアーお嬢様の居場所を作りますのでご安心下さい。今はお辛いでしょうが私を信じて下さいますか?」


「はい。クロノさんだけは一度も私を叱りませんでしたから、もちろん信じます」


「では、少し体がお辛いかと思いますが、これから七日間は場所を変えますので抱えさせてもらいますね」


 そう言うと、クロノは私を軽く持ち上げてしまいました。


 どこに連れていってくれるのでしょうか。


 クロノさんに、馬車に乗せて貰い、お屋敷を出ました。


 王都から出て、街道を進んでおります。馬車の手綱を巧みに操作し、(わだち)や、石を避けるクロノさんの背中、うなじ、一つに束ねられたキラキラと輝くお(ぐし)、美しいプラチナブロンドに黒曜石の髪留め。


 見ているだけでも満足なのですがお声も聴きたくて、思いきって声をかけます。


「クロノさんは魔法がお得意ですの?」


「私はまだまだでございます。レアーお嬢様のお怪我を治すことも出来ません」


「うふふ。構いませんわ。今はとても気分が良いのですよ、学院の授業中より楽しいです」


「レアーお嬢様はお勉強がお好きなのですね」


「いいえ。どちらかと言えば大嫌いですのよ」


「ではなぜ楽しいのでしょうか?」


「うふふ。だって授業中は王子様も私を虐めませんもの」


 そう、王子様が私を虐めます。


 お父様が私の婚約者といつも言う王子様の殴り蹴り、声を殺し痛そうにする私、そんなところが気に入っていらっしゃるのか、凄く激しく暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くします。それでいて怪我が見えるところには何もしません。


 学院の先生方が注意や、王への報告があったそうですが少しの間だけ少なくはなるのですが、すぐに元に戻り、戻った時は今まで以上の激しさになります。


「レアーお嬢様。仕返しは考えないのでしょうか」


「そうですわね。考えなくはありません、授業中はその事を考える事もあります」


「そうなのですね・・・・・(そのお考え)・・・・・・(叶えましょう)、そろそろ魔の森に入ります。レアーお嬢様のお好きな動物が現れるかも知れませんね」


「まあ。現れてくれるかしら、うふふ」


 ああ。この様な穏やかな時が長く続いてくれますと嬉しいのですが、どうして私は無職なのでしょうか、“職業” それがあれば私は······。


 いえ。今はこの美しいクロノさんの後ろ姿を見て、幸せな気持ちを沢山にしておきましょう。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 到着した所は森がひらけ、その真ん中に小さな木のお家が建っていてるだけの自然豊かな場所でした。


 半日の短い時間でしたが馬車の旅も良いものですね。クロノさんがお暇な時にお誘いして頂けないでしょうか。いえ、我が儘はいけませんわね。クロノさんにまで(うと)ましく思われたなら生きて行ける気がしませんもの。


「レアーお嬢様。こちらへ」


 クロノさんは私の背と膝の裏に手を添え、抱っこしてくれました。


 どうしましょう。顔は赤くなっていませんか? こんなに近くにお顔があります。


 うふふ。これで学院が始まっても私は頑張れそうです。


 抱っこのまま木のお家に向かいます。


 コンコンコン


 うふふ。クロノさんたら足でノックはお行儀が悪いですわよ。


『誰だい? こんな森の奥に』


「私です。クロノです、プシュケ師匠」


 カチャ


「なんだいクロノかい。可愛い娘なんか連れて、ついに結婚でもするのかい?」


 まあまあ! そうなれば私は······無理ですわ、この様な醜い私ではクロノさんに釣り合いませんわ、近くで見つめる事をお許し下されば幸せです。


「ふふっ。私など、この美しいレアーお嬢様には釣り合いません」


「そうかい? お似合いに見えるが、まあ良い。で、なんの用だい? その娘の傷を治したいのならしばらくは無理だよ、モリーナはフラっと先日出ていったから数年は戻らないだろうね」


 傷が治るのですか? その様な魔法は教国の聖女様でも無理と思いますが。


「はぁぁ。あの、放浪大聖女は······」


 大聖女様ですか、そんなお人の事は聞いた事もありませんわ。もしいらっしゃるならお願いしてみたいものです。傷が治りもう少し大きくなったらクロノさんにお願いしてみましょう。



   “どうかお側に置いて下さい”




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 抱っこが終わり、地面に下ろされ中に通されました。


「初めましてレアーと申します。突然の来訪にご迷惑をお掛けします、どうかよろしくお願いします」


「プシュケだよ。そこのクロノの師匠もしてる」


「まあまあ。クロノさんのお師匠様ですか、それはそれはご立派なお方なのですね」


「そうなのですよ。魔法はプシュケ師匠の右に出るものはおりません。ハイエルフの私でも足元にも及ばないお方です」


「何を言ってるんだい、魔力はレアー嬢ちゃんよりも少ないんだよ」


「でも私は無職ですので魔法は使えません」


「なんだい? クロノ、あんた教えていないのかい?」


 何をでしょうか? クロノさんは色々教えてくれますよ。


「その事についても師匠に相談がありまして」


 そしてクロノさんは私を見てくるのでとても幸せな気持ちになります。


「そう言うことかい。レアー、井戸の使い方は分かるかい?」


「はい。以前にクロノさんが教えてくれました」


「そっちの部屋から外に出れば井戸があるから。そうだね樽にいっぱいの水を入れておいてくれないかい」


「はい。樽にいっぱいですね、任せて下さいませ、家でもいつもやっておりましたから」


 さあ、頑張りましょう。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「で、レアー嬢ちゃんについて何を企んでるんだい?」


「レアーお嬢様の仕返しをしてあげたいと思っています。バルニヤ公爵家の没落と、ケルド王子、ケルド・コション・ピンイン王子の廃嫡、幽閉が最優先です」


「大きく出たね、そんな見込みはあるのかい?」


「バルニヤ公爵家に関しては、先月までの不正の証拠はありますが、まだ少しばかり弱い所がなんとも。伯爵程度なら即刻一族連座での処刑にはなりますが公爵家、それも現王の兄という立場が強固ですが怪しげな動きがあります」


「新興の公爵だとしてもやはり王族って事かい。それに怪しげかい? 国家反逆でも企んでいてくれれば簡単に首を飛ばせるんだがねぇ」


「王都内に複数の屋敷を構え、人を集めている形跡があり、公務と言いつつ当主は公務を担っておらず、その屋敷に通っております」


「ふんっ。怪しいもんだねぇ、で、あのレアー嬢ちゃんの怪我はなんだい? あの動きは見えないところも怪我してるだろ?」


「はい。目は当主に、額は奥様に、首の火傷は妹のペルセフォネ様に、そして見えないところは第一王子様からの物です」


「分かった。クロノ、あたしゃこの国を潰せば良いのかい?」


「いえ······」


「······はっ! 生ぬるいがそうかい、何でも言いな、クロノはさっき言ったことを進めておくんだよ」


「はい、夕食後にレアーお嬢様を交えて計画を詰めましょう」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 この六日間は本当に楽しい時間でした。


 そしてプシュケ師匠、まだ弟子入りはお許し頂けないままですがプシュケ師匠とクロノさん、そして私の三人で計画を立てました。


婚約破棄(王子の廃嫡幽閉)

廃嫡(公爵家の没落)

追放(慰謝料を頂きます)


 数年はかかる計画ですが確実に追い落とすためには必要な時間だそうです。


 家に着き、部屋に戻ります。


 部屋も前には服が散乱していました。よく見てみると新しい学院の制服の様です。


 踏まれた跡があり、水を掛けられたのかぐっしょり濡れておりましたので、洗い場に持って行き洗おうと持ち上げると何かが落ちました。


 コトン


 拾い上げるとそれはガラス玉の様な目の玉です。後ろで辛そうな顔で見ていたクロノさんがガラス玉を私の手から取りあげ、綺麗な真っ白のハンカチで磨いております。


 光沢が増し綺麗なガラス玉になりました。


「凄く綺麗な玉ですわね」


「はい、綺麗になりましたね」


 クロノさんは私の前でそのガラス玉を自身の口に入れてしまうではありませんか!


「クロノさん、食べ物ではありませんよ!」


 そう言い見開いた眼孔に、口の中で湿らせたガラス玉を私の中に、にゅるんと入れてしまいました。


「きゃ」


 思わず目を閉じてしまいましたが、そ~っと開けてみます。


 クロノさんは小さな手鏡を私の前に差し出してくれました、それを覗くと私の目がありました。


「クロノさん両目がありますよ! 見えませんが見た目は私の目になっていますよ!」


「はい。ただのガラス玉に擬装の魔法を付与しました。首は髪の毛が無事でしたので隠せますが、目は先ほどまでのガラス玉では一目見ただけで偽物とバレてしまいますからね」


 クロノさんはその様な凄い魔法もお使いになられるのですね。素晴らしいですわ。


「そちらの服を洗っておきます。レアーお嬢様は旅の疲れもありますからお休み下さい」


「まあ。よろしくお願いいたします」


 濡れた服をクロノさんは私から受け取り洗い場の方へ歩き去ってしまいました。


 そうですわね。少し疲れているようです、少し休ませて頂きましょう。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 新しい学院に行く朝になりました。


 カリカリとパンを口に入れてお水で柔らかくして飲み込みます。


「今日は酸っぱくはありませんね。いつもよりも柔らかいですし、学院に行く前にテラスへは行けるでしょうか? 七日ほどリスさんにお会い出来ていませんから心配ですわ」


 私はいつもよりも大きめに残したパンをハンカチに包み、制服のスカートのポケットに忍ばせます。


 今日は、居間(モーニングルーム)から行かずに外を回ってテラスに向かいます。


 裏の使用人用のドアから外に出ようと少し開けたところ、外には父が使用人に穴を掘らせていました。


「よし。その紙の束をそこに埋めておけ。······この事は他言無用だ。さっさとしないか!」


「ひ、ひぃ、わ、分かりました」


 使用人は足元にあった沢山の紙の束を穴に入れ、土を被せています。


「よし、付いてこい!」


「は、はい」


 父と使用人は、離れの建物に入って行きました。


「これは、もしかして悪い事をやった証拠を······この好機(チャンス)、掘り返さないといけませんわ。掘る道具もそのまま置いてありますから行きますわよ私!」


 テラスに行くつもりだった事はすっかり忘れてしまいましたが、埋めてすぐでしたので土は柔らかくすぐに掘り返せました。紙束を出し土を戻して、階段下の部屋に紙束を抱えて戻り、ベッドの木箱に入れて隠しておきます。


 木箱を元に戻しシーツを掛けて気が付きました、制服が泥だらけに······でも大丈夫です、予備がもう一枚ありますので急いで着替えましょう。馬車で待つクロノさんの所に足取りも軽く向かいました。


「クロノさん。おはようございます。学院にお願いいたします」


「かしこまりました。レアーお嬢様、少し失礼しますね」


「きゃ」


「お顔に土が付いていましたが、何か為さっていたのですか?」


 真っ白なハンカチで、お顔に土が付いていたそうですが、拭いて頂きました。


「うふふ。もしかしたらでございますが悪い事の証拠を見つけたかも知れません。私のベッドの木箱に隠して来ました」


「本当でございますか! では昼間に私が精査しておきましょう」


 うふふ。クロノさんたら驚いたお顔も素敵です。


 今日一日を過ごす活力が漲ってきますわ。


「よろしくお願いいたしますね。では参りましょうか」


「はい」


 馬車に揺られ、やはり王都内のもう一つの学院の様です。


 小窓から見た学院は、パラパラとですが大きな木があり、その高い場所に鳥の巣があります。


「うふふ。どんな鳥さんが居るのかしら? とても大きな巣ですこと、私なら簡単に入れますわね、さぞ大きな鳥さんでしょう、背中に乗せて飛んで頂きたいですわ。うふふ」


「あの巣にはエンペラーイーグルが居るそうですが、居ませんね」


「まあまあ。あのドラゴンより飛ぶのが速いといわれるエンペラーイーグルさんですのね。お会いしてみたかったです」


「あははは。レアーお嬢様。パクリと(かじ)られてしまいますよ。おっと、お話はまた帰り道にでも、到着しました」


「ありがとうございます。行って参ります」


「お気を付けて。お昼前にまたここにおいで下さいませ」


「はい」


 まずは職員棟で先生様のところでしたわね。


 良かったですわ。クロノさんに取り寄せて貰った学院内の地図のお蔭で迷わず来ることが出来ました。


「失礼します。レアーと申します。本日よりお世話になりますのでどうか、よろしくお願いいたします」


 ここで軽く会釈を、練習通り上手く挨拶は出来ました。


 先生方が、小さな声で私を見ながら何かを言っておりますが、駄目だったのでしょうか?


・・(おい)・・・・(あの娘が)・・・・(王子様の)


・・・・・(お可哀想に)


「私が担任のローグガオナーだ」


 た、担任の先生です。


「ローグガオナー様ですね。レアーと申します。よろしくお願いいたします」


 はぁぁ、こ、怖い顔をしていらっしゃいますわ。そうでした、こ、今度は深くでしたわね。


「よし、付いてくるがよい」


「はい」


 教室まで案内をして頂ける様ですが、何故でしょうか、私、とても怖いですわ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「おい。あのローグガオナーって王子様が無理やりねじ込んできた奴だよな」


「そうですね。公爵令嬢様に対する姿勢では無いですし、大丈夫でしょうか」


「学院長もこの夏からいきなり代わられたからどの様な人事をなさったのか」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ここが教室だ。貴様の席はあの窓際の一番後ろ。さっさと行け!」


「は、はい、分かりました。ありがとうございます」


 ど、どうしましょう! 私、この先生の元でやっていけるのでしょうか、初日から多難でございます。


 まずは私の席に着いてから考えましょう。


 窓際の一番後ろですわね。ありました。あっ、ここからならあの大きな鳥の巣が見えますわ、エンペラーイーグルさんが帰ってきた時には見ることは出来そうです。


 あら? 椅子が少しカタカタしますが壊れる様な事は無さそうですわね。


 それに王子様は教室の真ん中の席の様ですわね。あの頑丈そうな椅子は間違い無さそうです。


 少しでも離れておけるなら幸いです。


 鳥の巣を眺めていると、王子様が乗った馬車が見えました。来てしまった様です。クロノさん私に力を。


 目を閉じ、目蓋の裏にクロノさんの笑顔を映し出す。


 勇気と力が湧いてきます。


 頑張れ私!


 暫くして、王子が教室に入って来ました。


 私は今まで通り床に跪き頭を垂れます。


「なぜ跪き頭を垂れておらん! 貴様ら不敬罪にして欲しいのか!」


 ああ! 皆さんは知らなかったのですね! は、早く跪き頭を垂れ無いと本当に不敬罪に処されます。


 私は心の中で祈ることしか出来ませんでした。


 ガタガタガタ


 椅子や机が鳴る音を聞き、皆さんも動けたと認識したのですが。


「切れ!」


「はっ!」


 え? 今の声はローグガオナー先生様の声でしたわ!


「ぎゃぁぁぁ!」


「棄ててこい目障りだ!」


「はっ!」


「おら立て! グズグズするな! 殺すぞ!」


「ひぃ! ぐがぁぉ」


 声が遠ざかって行きます。


「くそがぁぁぁ!」


 大きな叫び声が廊下から聞こえました。


 程無くして、ローグガオナー先生様がお戻りになりました。


「ローグガオナーこんな血汚れた所にはおれん。相応(ふさわ)しき部屋に案内せい」


「はっ! 学院長室を王子殿下のために空けてあります。こちらです」


「うむ」


 このまま出ていって下さい! 足音が遠ざかって行きます······聞こえなくなりましたわ。


 はぁぁ、無事に······では無いですが、朝の時間はこれで終わりでしょう。


「なんだよあれ! 先生がなんであいつを切るんだよ! 俺見てくる!」


 走り出し掛けて止まりましたわね、どうしたのでしょうか


「そうだ! 回復魔法使える奴はいないか! いたら一緒に来て欲しい!」


「私使えるわ! 急ぎましょう!」


 二人の方が教室を飛び出していった。


 そうですわ。クロノさんに持っておくように言われたポーションがあります。私も駆け付けましょう。


 鞄からポーションを取り出し、走り去った二人を追い掛け教室を出てすぐに二人を見付けました。


 今までで一番速く走れたと思います。


「ポーションです! お使い下さい!」


 そう言って切られた男の人に声を掛けていた人にポーションを差し出す。


「ありがとう! おい! しっかりしろ! ポーションだ、全部飲むんだ!」


 でも切られた男の人は飲み込む力が無いのでしょうか、喉を通らない様です。


「くそ! こうなったら」


 声を掛けていた男の人はポーションを自分の口にふくみ、切られた男の人に口づけをしたのです。


 男の人同士で口づけを、······なぜかドキドキして目を離せませんわ······。


 回復魔法を掛けている女の人も顔を赤くしてその様子をじっと見つめています。


 何度も口にふくみ、口づけを繰り返しています。


「ガホッゲホッ」


「吐き出すな!」


 そしてまた深い口づけを。


「す、スゴいわね。こんな世界があるとは書物で知ってはいたんだけど、実際見ると」


「そ、そうですわね。男の人同士で、お幸せにですわね」


「う、うん、応援するわ。ところで、このポーション高いわよね」


「売れば大金貨と聞いております。貰い物ですのでお気になさらず」


「だ、大金貨! 嘘でしょ! 貰い物!」


「いえ、嘘ではないですよ。確か世界樹の葉が使われているそうです。まだ持ってきてますから一本くらいならお分けしても今日は、半日ですので四本残ってますから足りると思います」


「へ? まだ四本もあるの······」


「おい、金はいつか必ず返すありがとうな」


「げふっ。ああ、助かったぜ。しかしあのやろう何者だ?」


「ゲルド・コション・ピンイン王子様です」


「嘘っ!」


「マジかよ!」


「くそっ! 泣き寝入りしなきゃいけねえのか······」


「あんなのが次期王だなんて」


「よくて衰退だな。はぁぁ。学院辞めようかなぁ。もう一つの学院は貴族しか入れないしやってられないよな」


 三人の話を聞きながら、それでもここで計画を話す事が出来ない事が心苦しいですわ。


 まだしばらく掛かりますがお待ちしていて下さいませ。


 回復魔法と、ポーションによって傷は塞がりましたが流れ出た血は元には戻りません。大事を取りカイトさんはジルキートさんに肩を借り早退をなさいました。


 お二人をお見送りした後、気付きましたの! この方とお友達になれるかもしれませんわ! では私からご挨拶をしましょう。


「そうですわ。私はレアーと申します」


「うふふ。そうね、メリアスよ。あの王子と新しい先生はおかしいよね? あれだけで切られるなんて」


 そうですわね、前の学院ではあそこまではやりませんでしたもの。


「今までですと殴る蹴るはやっておりましたが」


「え? レアーは前の学院で一緒って事はもしかして貴族様!」


「一応ですが、そのままレアーとお呼び下さい。その方が嬉しく思います」


「い、良いのかな? まぁ、本人が良いなら、······分かったわレアー。教室に戻りましょう、あの先生が戻ってくるかも知れないし」


「そうした方が良いでしょうね、参りましょう」


 私はメリアスさんと教室に戻りました。しばらく時間が経ちましたが、ローグガオナー先生は中々戻っては来ず、時間だけが過ぎて行きます。


 皆は雑談する事も無く、書物を開き読む者や、静かに目を閉じてコックリコックリとうたた寝する者もおります。


 私は窓の外を眺め、あの高い木の上の巣の主は現れてくれませんかしら。そんな事に思いを()せ、静かな時を楽しんでおりました。


 その静かな時間は教室に入って来たローグガオナー先生によって壊されてしまいました。


「レアー! 王子様がお呼びだ! さっさと付いて来い! グズグズするな!」


 大きな声で私を呼びました。


 教室の中は突然の事で騒然となっております。ああ、また始まるのでしょうね。早くしなければさらにキツくなる事は分かっております。レアーさあ行くのです。


 クロノさん私に勇気をくださいませ。


「は、はい。ただいま参ります」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして学院長室に呼び出され、地獄の日々が始まりました。


「くぁぁ。お、お許し下さいませ、くぅぅ、もう吐くものもございませんからぁ」


 太い腕で私のお腹を強く叩きます。


 息が出来ないほどに苦しく、早く終わって欲しいと祈ることしか許されません。


「貴様の都合など知らん! 貴様は殴られておれば良いのだ!」


「ぐふぅ」


「あはははははははは! 次はナイフを試そうか、ローグガオナー! 取り押さえよ! 変に動き死にでもされればまた新たな玩具を見付けねばならんからな」


「はっ!」


「お止めくださいませ!」


「あはははははははは、まずは腕からだな! はあっ!」


「ぐぁぁ!」


 左腕に鋭いナイフが刺さり血が服に吸い込まれる以上に流れ出し、力が入らず垂れ下がった左腕の指先からポタポタと床を赤く染めてゆきます。


「声がでかい! ふざけているのか! 我慢しておれ! 次は足だ! ふんっ!」


「ふぐぅふぐぅぅ!」


 唇を噛み締め、声を我慢します。


 太股の付け根辺りを刺され、羽交い締めにされていなければ、立ち続けることも難しくなってきました。


「よしよし。父上も良い玩具をくれたものだ。レアー。お前の父は俺の父でもある。どうだ? 驚いたであろう生ぬるい現王を退(しりぞ)かせ、本当の父が王になる! ほあっ!」


「ぐふぅ。お止めくだしゃいぃ」


 もう片側も刺され、足の感覚が分からなくなりました。


「ケルド王子。それはあまり口に出さないようにと公爵様より言われております。公爵様が王になった後に公開する予定です」


「ふんっ!」


「ぐぅぃぃ」


 また同じ所に。


「レアー。今言った事は他言するな、いや、この学院で喋る事を禁ずる。形だけだが婚約者だ、それに顔は良いからな、他に色目を使って男でも作られたら面白くないからなぁ、あははははは!」


 それならば友達もまた出来ないではありませんかぁ!


「そのガリガリで傷だらけの体を見て抱こうとする男はおらんがな、あははははは! よし下がれ目障りだ!」


「ぐふぅ。し、失礼しますぅ」


「喋るなと言っただろうが!」


 蹴り飛ばされ扉の近くまで、そこに置いてあった鞄を掴み、立ち上がる事も出来ず、床を這いながら学院長室を出ました。


 持っていた鞄からポーションを取り出し、無事な手で刺された足と手にかけてゆきます。


 二本使い終わった頃には血は止まりました。


 壁を使い立ち上がったところまでは良かったのですが、血を流しすぎた様ですね。フラフラとしゃがんでしまい、そのまま四つん這いでその場を離れ、近くの外に出れる場所から這い出ることにしました。


 なぜ? ケルド王子がお父様の子供とは? 王妃様は? ケルド王子が産まれてすぐに死んだと聞いています。駄目です、頭が回りません。


 ズリズリと地面に擦れる膝の痛みも無くなってきました。朝の馬車のところまでは行かなければ······。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 誰かが体を(ぬぐ)ってくれている様です、目を開けるとクロノさんがやってくれているようです。


「レアーお嬢様。お目覚めですか」


「はい。クロノさんありがとうございます。血が付いてしまいましたね」


「問題ないですよ。酷い物です、足の付け根が危ないところでした、後少しズレていれば死もあり得る場所です」


 そうなのですね、いつもより上だとは思いましたが、太ももは傷が無いところはありませんからね。


「レアーお嬢様。服を全て取り除きますね、制服は(つくろ)っておきますから」


「ありがとうございます。血を流しすぎたのか、上手く体が動かないのでよろしくお願いいたしますね」


 優しく起こされ上着を脱がせてくれました、もう少し大きくなればクロノさんもドキドキしてくれるでしょうか。


 私はこんなにもドキドキしています。身長も低く妹にさえ追い付かれ、胸も私には申し訳程度の膨らみがあるだけですが、クロノさんが優しく拭いて下さってます。


 こんな醜くなった私を、クロノさん、ああ、なぜ私はこの様な醜く、成長が止まり、心だけは成長して行きますのに、奥にしまい込まなければクロノさんの迷惑になってしまいます。


 下半身も、下着にナイフで空いた穴が二か所ありました、白かった物が乾いた血で染まっています。


 この気持ちを伝えたい······


 私は服を着る前に寝てしまったようです。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 翌朝、柔らかなベッドで目が覚めました。


 まだ体が痺れています。


 そうです、クロノさんにあの事を伝えなければなりません。


「おはようございます。クロノさん、お話がありましたの、実は······」


 昨日王子様から聞かされた事を話しました。


「もしかすると王妃様はバルニヤ公爵の手の者に殺されたのかも知れませんね。子を産み、実家から帰る途中に街道で盗賊に襲われ、王子だけが生き残っり、それを助けたのも偶然通りかかったバルニヤ公爵がその場におり、盗賊は逃げたとの事ですから」


「その依頼の盗賊や書類が見付かれば! くふぅ、もしかすると、本人が······」


 それを聞き、上体を起こそうとしたのですが痛みと貧血でしょうか、上手く動けません。


「レアーお嬢様。まだ痛みますか? 本日は休みの連絡を入れておきますのでゆっくりとお休み下さい、私はここにいますから」


 ああ。クロノさんと一緒にいられるなんて、なんて嬉しい事でしょう。


 そうですわ。庭と、離れの事もお知らせしないと。


「はい。ありがとうございます。私、クロノさんにお話ししておかなければならない事がありますの、屋敷の庭にまだ色んな物が埋まっていたり、離れにあるかも知れません」


「離れにですか?」


「はい。その机の上の資料を庭に埋めた後、使用人を連れて離れに入っていきましたから」


「分かりました。その辺りも調べておきます」


 もう少しお話しをしていたいのですが、(あらが)えない眠気が目蓋を閉じさせます。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 レアーお嬢様。お痛わしい、この安らかな寝顔を私は護りたい。千年を超え生きた私が心奪われた少女。これ程の責め苦を経験して尚笑顔を消すことがない少女。レアーお嬢様、可愛いお嬢様、この様な歳を取った者に思いを寄せられてはお嬢様も困りますよね。


 このレアーお嬢様の家族がいないお屋敷の安らぎの一時(ひととき)は私がお守りいたします。


 今は起きないで下さいね。




 何かが唇に触れました、クロノさんが拭いて下さったのかしら、······これが口づけなら。······気付いてしまいました。私はクロノさんと口づけをしたいのですね。······また気が抜けてきた様です、もう少し寝させてもらいましょう。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 数日もの間私は起き上がる事も出来ず、クロノさんのベッドを占領してしまい、本当にご迷惑を掛けてしまいました。


 クロノさんはベッドに近付けたソファーでお休みになられます。うふふ。かくんっってなりました。


 私のためにお疲れなのです。ゆっくり横になって貰いたいのですが、体はまだ痺れが取れずこの有り様です。


 早く治れば良いのですが。


 血が足りないため久しぶりにお肉を頂きました。上手く噛みきる事が出来なかったので、クロノさんは小さく切り少しずつ口に運んでくれました。


 細くしなやかな指で持つフォーク、でも男性の指なのですね、力強さも感じる事ができます。その指に私の指を絡め、お外を一緒にお散歩。夢ですね。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 夢の様な数日でしたがこの数日を糧に、あの方達に(むく)いるその時まで頑張る事の力に変え、今日からは学院に行きましょう。


 そうする事で私のお世話で動けなかったクロノさんが動く事が出来るのですから。


「では、行ってまいります」


「はい。レアーお嬢様、ポーションは鞄にお忘れ無く有りますか?」


 私は手提げの鞄を開き、中をもう一度確認いたします。


 大丈夫ですね。クロノさんがお作りになるポーション、五本確かに入っております。


「この通り入っております。いつもポーションありがとうございます」


「いえ。本来なら使わなくても良い物なのですが、レアーお嬢様、必要な時は必ず躊躇(ちゅうちょ)無くお使い下さい」


「はい、心得ております。では帰りもよろしくお願いいたします」


「はっ、お昼にお迎えに参ります」


 このまま帰りたい気持ちを心の奥にし舞い込み、教室を目指します。


 二度目ですが、道が分かりませんので、一度職員室前まで行き、そこからなら道が分かりますのでなんとか教室にたどり着きました。


 教室に入り、私の席に向かいます。


 席に着き間を置かずメリアスが私のもとにやって来てくれました。


「レアー、あなた大丈夫? あの日ローグガオナーに連れていかれた後戻ってこないし、学院は休んでいたから心配したのよ」


 嬉しい。


 こんな私を登校初日、あの時間だけしか顔を合わせる事も無く、話も少ししかしてませんでしたのに。


 そして声を出し掛けて思い出しました。


 喋る事を禁じられています。


 私は鞄から紙とペンを取り出し、筆談にします。


 ◇◇◇◇◇◇

 メリアス、おはようございます。

 ご心配をおかけして、申し訳ありません。

 ◇◇◇◇◇◇


「声、出せないの? 無理して学院に来ないでちゃんと治してから来ても良かったのに」


 メリアスは、苦笑いをしながらも、安心したようです。


 ◇◇◇◇◇◇

 はい、喋る事を禁じられていますので、ごめんなさい。

 ◇◇◇◇◇◇


「そっか、お医者さんに言われてるなら仕方がないよね。あっ、殿下が来ちゃった、席に戻って跪かなきゃ!」


 お医者様ではないのですが、それを伝えることは出来ませんでした。


 いえ、伝えなくて良かったのかもしれませんね。もしケルド殿下に私がその事をメリアスに伝えたと知られた時は、平民であるメリアスがどうなってしまうのか想像しただけで震えが来てしまいます。


 メリアスは自身の席の近くに戻り、教室に入ってきたケルド殿下に跪き頭を垂れます。


 私も跪き頭を垂れ、床に視線を落とします。


 足跡が近づいてきて私の前で止まりました。


 そして、机の上の紙をクシャと握りつぶす音が聞こえました。


「レアー! 喋る事も筆談も禁止だ! ローグガオナー! こいつを連れ着いてこい!」


「はっ! レアー! さっさと立て! ぐずぐずするな!」


 ああ、また。


 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 責め苦を終え学院の馬車乗り場にたどり着きました。まだクロノさんは来ていらっしゃらない様ですね。


 はしたない事ですが足を投げ出し、木にもたれ待つことにいたしましょう。


「リスさん。この学院にもおりますのね。少しお待ち下さいませ、パンを持っていますのよ」


 鞄に避難させてあったパンを包んだハンカチを取り出し、小さく砕き手の上に乗せ手のひらを開きます。


 手の高さを少し低くしてリスさんの目線まで下げてあげます。


 リスさんは匂いで分かったのか、後ろ足で立ち上がりキョロキョロして私の手の上にパンがあるのを見付けてくれました。


 私の手に乗りスンスンとパンの匂いを()いで小さなお手々でパンの欠片を持ち上げ食べて行きます。


 するとどこからか別のリスさんがやって来ました。


 うふふ。少し多目に持ってきましたから取り合いはいけませんよ。


「レアーお嬢様。お迎えに来ましたが、もう少しリス達と遊びたわむれますか? また血が着いていますので早急に休んで貰いたいのですが」


「クロノさん。もう少しでパンが無くなりますので少しお待ち下さい。ほらほら喧嘩しないで下さい、仲良くはんぶんこですわよ、うふふ」


「ふふっ。そうですね、この学院にも動物がいて良かったですね。それと、新たな犯罪の資料が見つかりました、そこから紐付けて行けば」


「ケルド殿下が、“テロ” と言う言葉を、それをローグガオナー先生が慌てて止めておりました」


「テロ! それを本当に計画していたなら確実に! 分かりました、少し範囲を広げ調べてみます」


 クロノさんは真剣な顔で考え込んでいます。そのお顔も。


 私の聞いてきたことは役に立ちそうでしょうか。


 リス達は私の手を綺麗にして近くにあった木に登って行きました。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 三年の月日が過ぎ去り、後一歩のところまで来ています。


 屋敷に着く前に私はまた気を失っていた様で、気が付いた時にはまたクロノさんのベッドを占領してしまいました。


「レアーお嬢様。お気付きになられましたね。明日からは夏季のお休みに入り、当主様、奥様、ペルセフォネ様も一月(ひとつき)ほど屋敷を開けます。そこにケルド殿下も同じ日程で外遊に出るとの事です。巡る先はどこも改革派、王兄派と言った方が良いでしょうか、後数年でテロが起こり得る状況となり足場固めの意味合いが有る様に思われます」


「昨今、王都に集まり、別邸で私兵ならぬ使用人としてお住まいの屈強そうな方々はまだ集まり続けている様子、近衛の数は既に超え、王城を護る兵達の数に並んだとお聞きしました。それが後数年で三倍以上になるなど可能なのでしょうか」


 盗み見たと言う計画書には走り書きにそう書き記し、下線を引き強調されておりましたし。


 クロノさんは考え込むこともせず、真剣な顔で即答いたしました。


「可能でしょうね。この三年で王都に構えた別邸ですが、そこの工事に携わった者に聞いた話と、屋敷の図面を手に入れたのですが、地下、その別邸の地下に土魔法を使った大規模な居住空間が作られ、さらに王都に王都外から地下を通り出入り出来る隠し通路が完成する見込みです」


 そんな物が作られたなら王都に入る際の審査を抜け、今まで以上の早さで人が集まってしまいます、そうなれば王城を占拠する事が早まってしまいましょう。


「クロノさん、今の証拠では足りないのですか?」


「難しいでしょうね。男爵、あるいは子爵程度なら断絶は確実でしょう伯爵や侯爵でも功績が低いものなら。ですが公爵は王族、それも現王の兄と言う立場からすれば、降爵(こうしゃく)が成されるかどうか、奪爵(だっしゃく)、お取り潰しが成されるにはまだ。テロが起こされる日、首謀者のサイン入り、参加者のリスト等が記された物が見付かれば」


 そうなのですね。公爵という事が私達の計画の壁ですもの、慎重にそして着実に事を進めて行くしか選りませんわね。


「それに現王位継承権一位のケルド殿下に関しては、伯爵様が証言をされるかもしれません。殿下に苦言を投げ掛け道を正そうとしている現王とご学友でもあり、伯爵位ですが発言権もお強い方なので、近々面談を出来る手筈です。この夏休みに引きこもりのプシュケ師匠がおいでになりますから、そうですねお酒をご用意しなくてはなりませんね」


 まあ、その様な伯爵様がいらっしゃるのね、ここしばらくおとなしかったのは伯爵様のお蔭でしょうか、今日は半月ぶりの呼び出しでありましたから、それに。


「まあ♪ 私は昨年の夏にお会いした後会っていませんから楽しみですわ、何かおもてなしをいたしましょうか♪」


「はい、盛大にもてなしましょう」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 お休みに入り、父達は早々に出発して行き、そして屋敷の来て下さっている使用人の方々も、帰る前まで来るなと命じられ、馬車の出発後すぐに屋敷から出て行きました。


「旦那様は戻る数日前に来て掃除をしておけと。それまでは私とレアーお嬢様だけでございます。昨年同様屋敷中の捜査をしてしまいましょうか、私はまず一番大きな離れから行って参ります。レアーお嬢様は今日一日は部屋でお休み下さい」


 私としてはクロノさんと一緒に居たいのですが、私が居ると気をお使いになりますからね。私は屋敷の中で無理せずやっておきましょう。


「分かりましたわ、屋敷に戻りますわね」


 まだ重い体を動かし、テラスにまずは向かい、リスさん達にパンを手からあげたいのですが、今日はお皿を置きその上にパンを小さく砕いて入れておきます。


「明日の楽しみに取っておきましょう」


 そして、テラスから屋敷に入り書斎に向かいます。


「あっ、その前に鍵はいつものところに隠してあるでしょうか?」


 ダイニングの暖炉、その上に飾られている煌びやかな装飾が施された剣。その帯剣用の帯にいつもなら挟まれていますが、······ありました。


 “チャラ”


「あら、違う鍵も挟まっていました、一体どこの鍵でしょうか? 一応持っていきましょう」


 もう一度、さらに無いかと手探りしてみましたが、無いようですね。


 二つの鍵を持ち、書斎へ。


 “カチャ” 鍵が開き中に入りました、すぐに目に入った机に向かいます、すると机の上に、沢山の方のお名前が書かれた紙の束が置かれていました。


「存じ上げない方ばかりですわね。別邸の名も書かれてありますからもしや。······集まって来ているテロのリストでしょうか? クロノさんに確認して貰いましょう」


 手は触れずに、部屋の中を見渡し、以前に見た記憶と異なる所を見て回ります。


 壁の絵が少し傾いていることに気付き、そっと裏を覗いてみると、壁ではない物が見えます。


 そっと、絵を持ち上げ裏を見ると小さな鍵付きの扉がありました。


「うふふ。これはクロノさんをお呼びした方が良さそうですわね」


 体の重さも少し軽くなった様に感じます。


 テラスに出ると、お皿にはいつものリスさんがやってきておりました。


 少し体の小さな子が三匹います、今年の子供がついに巣から出てきたのでしょう。


「うふふ。取り合いは駄目ですよ、まだ少しありますから入れておきますね」


 私は膝をつき、ハンカチを取り出します。


 すると親リスさんが私の体を登って来てくれたのです。


 それに続き子リス達も、よじ登ってきて私の手に乗り、直接食べてくれました。


「うふふ。ごめんなさいね、もうこれだけしか用意出来てませんの、夕刻に少し多めにご用意いたしますわね」


「レアーお嬢様こちらを、追加のパンでございます」


 クロノさんは私の両手のひらに、砕いたパンを乗せてくれました。


 リスさん達は少し驚いたようですが、今は増えたパンに夢中になっています。


「うふふ。あたたかいですわ、クロノさん、書斎で沢山の名が記されたリストの様な物と、隠し扉を見付けました、一緒に見ていただけますか?」


「ほう。分かりました。私の方はまた遺体が、先週辞めたと聴かされていました若いメイドでございます。スライムが放たれておりましたので数日で吸収されていたことでしょう。服を脱がせその場から服だけを残し移動させました。その書斎を見た後霊園に埋葬してきます」


「ああ、また犠牲者が······あの方は確か近隣の村から出稼ぎに来た方だったのでは? ご家族には、······早くこの計画を進めませんと更なる犠牲が出てしまいます」


「はい。一刻も早く、あの御当主様の暴力性は王子にも、ペルセフォネ様にも遺伝していますので」


 そうなのですね。似通ったところがあると言われればその通りだと私も思います。


「では私もあのように!」


「大丈夫です。レアーお嬢様は先王の気質と似ております。穏やかで、民や国を(おもんぱか)る、賢王様とです。あの方も動物にも好かれておりました」


 リスさん達が手から下り、木に戻って行きました。私はクロノさんの手で支えられながら立ち上がり書斎に向かいます。


「これは、······以前の物と照らし合わせてみなければ確実な事は言えませんが別邸に集まってきている者達でしょう。この辺りの者は見覚えのある名ばかりですので」


 クロノさんは書斎の机の上にあった紙束を見て、指差しながらそう言います。


「それと間に挟まっていたこの奴隷の腕輪の発注書ですが、この国では許可された者しか装着前の物の所持は認められてはおりません。これは良いものが見つかりましたね、しっかりとサインと印まで押されています」


「王子様と連名ですわ、これを出せば」


「はい、後一歩でございます。明らかな犯罪行為の証拠ですので、こちらは複製の魔法を。――ではもう一つを確認いたしましょう」


 壁の額縁を慎重に調べてから外すクロノさん。外した裏側まで調べ何度も取り外しされた形跡があり、裏蓋を取り外すと一枚の紙が出てきました。


「レアーお嬢様! テロの計画書です! まだ決行日やサインはされていませんのでこのままでは証拠には弱すぎますが、これはこのまま複製だけして戻しておきましょう。細かな計画内容が書かれていませんので、確実とは言いませんが後数年、三年以内には決行される事でしょうね」


 そう言うと元に戻し、裏蓋を閉め、床に一旦下ろしておきます。


「では鍵をお借りしますね」


 私はこの部屋の鍵ではない方の鍵を手渡します。


「この扉の鍵で間違いなさそうですね。開けますので、レアーお嬢様は少しお下がり下さい」


 私が数歩下がった事を確認してから鍵穴に挿入し捻ると、“ガチャ” 鍵の開く音が聞こえ、扉を開けました。


「レアーお嬢様。公爵家の資産が押さえられます。ふふっ。なんともまぁ、溜め込んだものです。商人ギルドが大半の様子ですが、別邸、離れにまで、この隠し場所のリストの総計、これだけの額、脱税だけでここまで溜め込む事は厳しいでしょう。私が掴んだ情報だけでも厳しいでしょうから、まだ何かやっていると見て間違いないでしょうね」


「お役に立ちますか?」


「はい。これもこのまま複製して戻しておきましょう、その時がくるまで、ふふっ」


 クロノさんが声を出しお笑いになるほどですね、それは楽しみにしておきましょう。


 その場を元の状態に戻し、書斎を後にしました。




 クロノさんが殺された使用人を墓地へ連れて行きました。収納と言うスキルだそうです。


 沢山の物が入れられ、時が経たず入れた時のまま保存が出来るそうです、クロノさんの収納には、潰された私の目が保存されているそうです。


 大聖女様のモリーナ様なら私の目を治せるかも知れないとの事で、そうなれば嬉しく思います。


 私は母の部屋、ペルセフォネの部屋を調べましたが特にこれと言ったものが見つかりませんでした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 計画を開始してからあっという間に五年が過ぎ、この夏期のお休みにテロの計画が、実行される事が判明しました。


 先日その旨を記した書簡が沢山の賛同者に送られ、私達は送られた書簡と、送られた人物のリストを昨夜の夕食で集まっている隙にクロノさんが複製し手に入れてくれました。


 これまで調べていて気が付いたのですが公務など何一つしていなかった事や、密輸出入で富を得た事や、人身売買、麻薬の栽培、製造、販売などこの国で行われている犯罪の半数近くに手がつけられている事が分かりました。


 雇われた使用人達の多くは父、母、ペルセフォネが少しでも気に入らなければ、いくつかある離れに連れていかれ、考えたくもない酷い仕打ちをされ、国外に放逐される者や、誤って殺してしまった者は以前霊園に埋葬できた方以外はスライムによって消されてしまったと思います。


 前王はそんな父の暴虐な性格を知って、弟を王にした事は凄く悩まれたの上での事だろうと予想しますが、英断だと心からそう思います。


 その暴虐な父の考えに賛同し結婚した母、その父、母に教育されたペルセフォネ。そして魔力しかない私は戦力にも家のためにもならず、実の子、家族である私を物以下に扱う事に何の躊躇ためらいも無く、疑うこともせず、家族の私への仕打ちはエスカレートする一方でした。


 それも今日中に資料をまとめ、明日私達の計画が実行されれば終わりを遂げるでしょう。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「レアーお嬢様、学院に行く時間です」


 少し考え事に心を奪われていたところに、クロノさんの声が心に染み入り、私は意識を戻しました。


「クロノさん、今日もよろしくお願いします」


「はい、では鞄をお持ちしますね」


 クロノさんの先導で階段下の部屋を出て、裏口の方に停めてある馬車に向かいます。


 馬車に乗り込み、御者台側の小窓から見えるクロノさんの姿を眺め、今日もその朝日に照らされ光る髪と、ハイエルフ特有の透き通る様な白い肌、少しずつ心引かれ、もう後戻りが出来ないほど愛おしくなってしまったこの想いは、表には出さないように。


 何時もお側にいたい。


 手を繋ぎ歩きたい。


 抱き締められたい。


 抱き締めたい。


 口づけをしたい。



「レアーお嬢様、到着いたしました」


「ありがとうございます」


 学院に入り、唯一言葉を発する事が出来る場所、この想いを!


 鞄を渡され、お礼を言い教室に向かいます。


 はぁ。やはり言えませんよね。


 教室に入り、挨拶も出来ぬまま会釈を目が合った方達に、その中にはメリアス、カイト、ジルキートの三人もいますが近付く者は誰もいません。


 ケルド王子により、私には近寄るなと言われたからです。


 自分の席に着き、午前の魔法学の用意をします。


 魔法学の先生と一緒に担任、学院長のローグガオナー先生が教室に入って来ました。


 まだケルド王子様は来ておらず安心しておりましたが、ローグガオナー先生が私を見てこう言い放ちました。


「レアー、付いてこい! ぐずぐずするな!」


 ああ、また始まるのですね。······でも、後少し、明日が夏期の休暇前最後の登校日。


 明日が半日、集会と教室での連絡事項が言い渡されるだけで終わります。······計画が進みますのでもう、うふふ。


 学院長先生と一緒に二階の学院長室へ向かう階段を上がります。


「何を笑っておる! 気持ちの悪いガキが!」


 私はすぐに頭を下げ顔を引き締めます。


 階段を上りきり、正面の大きな扉が開かれ、中に通されました。


 午前が終わり、午後帰る間際まで飽く事無く殴り、蹴りが繰り返されます。


「ふう、ふう、ふう、はぁぁ。夏の休み前だ、これくらいは良かろう。ふははは、休み中には本当の王位継承者一位になる、忌々しい血の繋がりが薄い弟なんぞが、現王の実子が第一王位継承者などとほざきおって! よし帰るぞ! レアー目障りだ! さっさと出て行け!」


 なんとか立ち上がり鞄を手に学院長室を出ます。


 壁を伝い、もたれ、痛む体に鞄から出したポーションを振り掛け、二本目を飲みほします。


 まだ辛い痛みがありますが、なんとか立って歩くことが出来ます。壁に手をつきつつ進み、後ろの扉が開かれ、ケルド王子様達が出てきました。


 私は、跪き頭を垂れます。


 こちらに向かい歩いてくるケルド王子様の靴が見えたと思った時


 ドゴッ


 蹴り飛ばされたのでしょう、脇腹に酷い痛みが走り、飛ばされた先は階段です。


 途中からは転がり落ち一階の廊下に叩き付けられ、体は止まりました。


 起き上がれず、痛みのため声が出そうになるのを必死で堪えます。


「ふん!」


 ドガッ


「ではな。よしローグガオナー、伯爵令嬢を馬車まで連れて来い。城までの間はあいつを相手にする事にしよう、急げ!」


「はっ!」


 取り残された私は離さなかった鞄からポーションを取り出し、全身に隈無(くまな)く浴びせ、最後の一本を飲みほしました。


「くぅっ」


 あ、足が折れましたね。ヒビが入ったのでしょうか? なんとか歩けますから馬車までなら歩けそうです。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 テラスでリスさん達にパンをあげて屋敷に戻ります。


 そこでは、父、母、ペルセフォネが朝食を取っておりました、今まででしたら通る事もありませんでしたが、あえて今日は通ろうと思います。


 それに気付いた、者達は口々に私に罵声を浴びせます。


「傷を隠せと何度言ったら分かるのか! それでは第一王子との婚約まで破棄されてしまうではないか!」


 はい、その様にして貰います。


「こんな傷がある方が姉だなんて、もう耐えられませんわ!」


 はい、私もこれ以上は耐えられません。


「レアー! いい加減になさい! 改めないと言うのならば即刻部屋に戻りなさい!」


 はい、改めるのはあなた方なのですから。


 私はその場で静かにに立ち止まり、小さくカーテシー。


 先日折れた足は、まだ治っておらず、ズリズリと引きずり、私は階段下の物置······私の部屋に戻りました。


 今日で学院は長期のお休みに入ります。計画の実行には最適な日となります。


 私は婚約者と、この家の悪事を、この五年間で集め全て記した物と、証拠の品を学院へ行く前に届けるため、いつもより早く階段下の部屋からクロノさんの部屋に向かいます。


 コンコンコン


『はい、少々お待ち下さいませ』


 カチャ


「レアーお嬢様、御用向きは?」


「中には入れて下さいませんの?」


「ふふっ。どうぞ」


 未婚の女性が男性の部屋で二人きりに。等々(などなど)何度も聴かされましたがクロノさんは部屋に入れてくれます。幼い頃は湯浴みもしていただきましたのにおかしなお方です。あの頃より傷が増えたこんな私にその様な気遣いをする必要など無いのです。それに、ナイフで刺された時にも全てを見られてしまってますから。


 質素なソファーに足を気遣い手を引き案内をして、クロノさんはお茶の用意をしてくれます。


 入れてくれた紅茶の香りを楽しみながら喉を湿らせます。


「クロノさん。この後計画の実行をお願いいたします」


「だと思いました。レアーお嬢様もよくここまで我慢なさいました。このクロノ、先代からの遺言を全ういたします」


「はい、お願いいたします」


「分かりました。こちらがこの家にある脱税を納付出来る金額を除いた全財産の引き落としが出来る商人ギルドのカードです。レアーお嬢様名義にしてありますのでご心配なく」


「うふふ。流石クロノさんですわね、ありがとうございます」


「お飲み終わりましたら学院ヘ御送りいたしましょう。その足では間に合いませんので」


 本当に気が利いて、私も心を奪われていたかもしれません。いえ、ほとんどが奪われた後なのでしょうね。この様な姿になる十数年前は『くりょののおよめしゃんになりゅ』と言っていましたから······この様な姿になりましたが、その思いはまだ諦められません。


「ありがとうございます。落ち着いて、落ち度が無い様にいたします」


 お茶を飲み終わり、クロノさんのエスコートで馬車に向かい、馬車へ乗せていただきます。


 まずは王城に向かいます。


 計画の下地を作るためにかかった月日が思い出されます。


 門番さんは元伯爵様、宰相として王子様にご注意をした後、その罪で門番として五年もの間(つと)めなければならないそうです。


 その方にクロノさんは二冊の資料を渡しています。伯爵様は大きく頷き、門の中に入っていきました。


 一冊は王様へ、もう一冊は近衛騎士団長様へ。


 クロノさんは戻ってきて、学院へ馬車を向かわせます。


「これで今日中には王様も近衛騎士様も動くでしょう」


「そうですわね。王様と近衛騎士様が動いてくださるなら、間違いなく最後ですねあの方々は······」


 馬車を降りればそこは学院、学友達もいくらかは既に登校していることでしょう。


 馬車が止まりました。私は髪の毛を結わえ傷痕を初めて学友の前に(さら)します。





 義眼は着けず、眼孔(がんこう)を晒し。



 髪を結わえて、額の傷と火傷を晒す。



 半袖の制服は手袋をせず、刺し傷を晒します。







 馬車の戸を開いたクロノさんが、こんなことを言うのですよ。


「レアーお嬢様、顔が笑顔になっております。整えて下さいませ」


「そうでしたか、分かりました······すぅぅ、はぁぁ」


 大きく胸の奥まで息を吸い込み、ゆっくりと吐き出し、気を引き締めましす。


 ゆっくりと足を引きずり、クロノさんの手を頼りに馬車を降りました。


 暑さの増す夏の日差しが私を照らします。


 そして日の元に晒された私を見つけた学友達が、ザワザワと辺りの空気をざわつかせ、そのざわつきが更に視線を集めてくれます。


 私は沢山の視線を浴び、休み前の集会が行われる会場へとズリズリ足を引きずりながら入りました。


 ここでも皆の視線が私に降り注ぎ、行く先が左右に分かれて行き、前方の椅子が並べられた舞台が見えました。


 私は生徒会副長の席に座ります。もちろん壇上。隣にはまだ来ておりませんが会長、婚約者の王子が座る()()な、それでいて豪奢(ごうしゃ)な椅子が座る者を待っております。


 次々と入場してくる者達は壇上の私を目にする。


 あるものは、驚き。


 あるものは、じっと見つめ。


 あるものは、目をそらし。


 あるものは、表情を歪め。


 あるものは、『・・・・(頑張れ!)』口が動く。


 あるものは、侮蔑(ぶべつ)し。


 あるものは、(さげす)み。


 あるものは、笑みを浮かべる。


 さあ、壇上から見える会場の出入口の外側に、豪奢(ごうしゃ)な馬車が停まりました。


 馬車の戸が開かれ、中からは(きら)びやかな衣装に身を包んだ婚約者、王子様があらわれ、会場入りをします。全ての者が跪く中、会場の中に入ったと言うのに私の事は一瞥(いちべつ)もせず、最近のお気に入りである伯爵令嬢、門番をしていた方がお父様でお可哀想な方です。


 肩を抱かれ顔を歪め涙しています。その苦しみはもうすぐ終わらせます。


 ケルド王子様と一緒に来たローグガオナー先生が最後の様で全ての方が揃い、会が始められる時まで伯爵令嬢を(なぐさ)み、令嬢は涙でドレスに模様を作ってしまっており、肩口には血が滲んでおり、針の様な物が何本も刺さっております。


 王子が壇上に上がるため、その身を解放されると振り向きもせず、肩に手を添え会場を出て行きました。


 壇上に上がり、椅子の前までおいでになって初めて自身を見上げている私の姿を目にし、驚きの表情と共に言葉を発しました。


「何だその顔は」


「······」


「声を出すことを許す!」


「おはようございます王子様。ご機嫌麗しゅう御座います」


「その顔は何だと問ておる!」


 まあ、大きな声をお出しに。


「元々この様な顔で御座います。いかがなさいましたか?」


「貴様! その様な顔を隠し我の婚約者となっておったのか!」


「いえ、本日は髪を結い上げ、義眼は外しておりますが、私はこの学院で王子様と会った時は(すで)にこの顔でしたが?」


 まだある瞳と、光の無い眼孔で見つめ、笑顔が出ないよう下から見上げます。


「ぐぬ、聴け! 今この時をもって婚約を解消する! 目障りだ! 出て行くがよい!!」


 うふふ。第一段階は思いの(ほか)順調に進みました。


「申し訳ありません。では失礼します」


 ゆっくりと立ち上がり、足を引きずり、笑みが漏れないようにしながら壇上を後にする。


 時間が掛かりましたが会場を出て、向かう先はクロノさんの待つ馬車置き場です。


 クロノさんが馬のブラッシングしている姿を見て、笑みが我慢出来ませんでしたが人目もなく、誰に見咎められる事無く無事にクロノさんの元にたどり着きました。


「レアーお嬢様。上手くいったようですね、参りますか」


「ええ。この様に晴れやかな気持ちになるのは初めてです。思いの外早いですので家まで()()()()()、お願いできますか」


「はい、第二段階ですね。衛兵の詰所に資料を届け帰りましょう」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 衛兵の詰所に届け物をしました。これで別邸の制圧のため兵士達との連携が取れることでしょう。


 家に着いた私は執務室に居る父に会いに行きます。婚約破棄を言い渡された事を伝えに。


 髪を下ろし、義眼を()め、手袋を嵌めました。


 見た目は傷痕一つ見えなくなります。


 そのままでは警戒するとクロノさんが言うので、傷が見えないようにしました。



 コンコンコン


『誰だ』


「私です。レアーです」


『入れ』


 カチャ


「なぜ今頃この家に居る」


 息を吸い込みゆっくりと吐き出し気を落ち着かせます。


「本日、婚約破棄を王子様より言い渡されました」


「な! 何だと! なぜだ!」


「私には何も分かりません」


「ぐぬぬぬ。貴様のお陰で計画が全て遅れる! あの息子の暴虐の捌け口を探さねばあやつは計画の邪魔になる! クソ! この夏が終われば王になる筈が、もうお前には何も望みは無い! 廃嫡だ! 今後家名も名乗る事は許さん! 即刻出て行け! 二度とこの屋敷の敷地に入ることを禁ずる!」


「はい、失礼します」


 私は執務室を出てクロノさんの待つ馬車に戻ります。


 クロノさんは執事服からローブに着替え、待っていてくれました。


 もう、笑顔でクロノさんに近付き抱き付きたい衝動が、ぐっと押さえ込み、ゆっくりとクロノさんが待つ馬車までたどしつきました。


 馬車はボロボロですが、見た目とは裏腹に頑丈に出来た馬車です。それにクロノさんに手伝ってもらい乗り込み、窓のある所に座らせてもらいました。


 だって、この晴れやかな気持ちで景色を見たかったからです。


 屋敷の敷地を出てすぐに一台の馬車とすれ違いました。騎士様が乗る馬車の様です。屋根の無い馬車ですので八名の騎士様が乗っているのが見えました。


 その馬車は速度を落とし、今出てきた屋敷に入って行きます。


 私の予想では捕縛に来た騎士様たちです。小窓からクロノさんに話しかけ聞いてみましょう。


「捕まえに来られたのかしら?」


「その様で御座いますね。今朝、学院に行く前に届けておきましたので、ほらレアーお嬢様、学院からも護送用の馬車が出て参りますよ、王子が乗っております」


「まあ。こちらは数日後と思っておりましたのに」


「後ろ手に縛られております」


 小窓から見た王子の顔は青ざめ(おび)えた顔をしておりました。


 連行される王子を見た後、冒険者ギルドに寄ります。


 プシュケ師匠と、数年振りに帰ってきたという大聖女、モリーナ様をお迎えに。


 プシュケ師匠が馬車の運転をすると言うので、馬車の中はクロノさんとモリーナ様と三人になりました。


 モリーナ様もハイエルフだそうで、クロノさんと同じ髪、瞳の色でとても美しい方でした。


 クロノさんと横並びで座る様子はそれはもうこの世の物とは思えないほど美しく、お似合いの、“ズキンッ” 胸が、張り裂けそうなくらいの痛み、これまで耐えてきた痛みなど、痛みではなかったと思うほどの痛みが襲いかかってきます。


 涙も溢れとめどなく零れ落ち、後から後から溢れ出て止める事が出来ません。


 でも私の見える片側の瞳はクロノさんから外す事が出来なくなってしまいました。


「レアーお嬢様! 如何なさいました! どこか痛みますか!」


 クロノさんが肩に手を添え、間近で目と目が合います。


「クロノさん、お慕いしてます」


 ああっ! 私は何て事を口走って!


「お、お忘れ下さいませ! 醜い私の言う事など! モリーナ様という素敵な方がいらっしゃるのに私は何て事を! モリーナ様! 誠に申し訳ありません!」


 クロノさんの手から抜け出し、馬車の床に跪き足の痛みなど捨て置いて、額も床に叩き付けるように下げ、謝る事しか出来ません。


「クロノ兄ちゃん、良かったね、にししし」


「ふふっ。はい、レアーお嬢様。私もレアーお嬢様の事をお慕いしております」


 え? 今なんと······。


「ほら席に戻って下さい。レアーお嬢様、このモリーナは実の妹です。その様な関係ではありません。私はレアーお嬢様の事をお慕いしているのですから」


「え、な、どうして、私はこんな傷だらけで、成長もしない体の持ち主ですよ、釣り合いませんわ」


「レアーちゃん、大丈夫よ。お兄ちゃん、ナイフと眼球用意してね」


 モリーナ様はクロノさんからナイフを受け取り、クロノさんは私を抱きしめ動けなくします。


 え、え、え!


 見開いた眼孔にモリーナ様はナイフを突き入れ、グリッと目蓋が閉じないように指も差し入れ傷口を広げました。


「ぐっ」


 耐えられる痛みではありますが何をなさるのですか!


 次の瞬間ナイフの代わりに、ぐにゅんっと眼孔にぷるっとした何かが押し込まれました。


「ハイエンドヒール!」


 モリーナ様の手から暖かい光が溢れ、身体中にあった痛みが、さーっと引いて行き、次は、服を全て脱がされ、至るところにある傷痕をえぐり取って行きます。


「ぐぅっ」


 何か所えぐられたのかはきつく結んだ目には映らず、耐える事しか出来ません。


 首筋は皮を剥ぎ取られる様な痛み、額も。


 痛みが麻痺したのかと思うほど痛みは消え去り、暖かい物が流れ込んできています。


「お兄ちゃん、レアーちゃんの処女は?」


「それは大丈夫です。そちら方面の事はなにもされていません」


「うへぇ~。お兄ちゃん確認したの? エッチ」


「その様な事があればこの王都を燃やし尽くす自信があります」


「あはは。プシュケ師匠といいお兄ちゃんも大概だよね。王様、お父様が心配するのが分かるよ」


 え? お父様が王様? クロノ殿下?


 私が混乱していると、クロノさんがいつの間にか正面にいて、私の顎を持ち上げております。


 え? 目の前! 目の前にクロノさんが!


「私とお付き合いして下さい。レアーお嬢様、いえ、レアー」


「は、はい」


 そしてクロノさんは、“ちゅ” っと触れるだけの口付けをして下さいました。


 私は、あまりの事に気を失ったそうです。




 王都をいつも間にか出た私達は魔の森に向かい馬車を走らせています。


 私はクロノさんの膝枕で寝ていた様です。


 そして深い森の中のログハウスに到着しました。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 夏期のお休みを利用して魔法を習い始めました。


 数日後に教えて貰ったのですが、私にはモリーナ様と同じ大聖女の職業が成人の時に現れるそうで、まだ先になりますが無職から解放される事が分かりました。


 クロノさんはその事が父、母、ペルセフォネに知られないように、知られれば悪用されると分かっていたので私にすら隠していたとの事です。


「お師匠様。見ていただきたいのですがよろしいでしょうか?」


「なんだい。今度は熊でも友達になったのかい?」


「フリードリヒですか? お師匠様とお会いしていましたかしら?」


「いや、会っちゃいないよ。まったく、冗談のつもりが、······はぁぁ、それで何を見るんだい?」


 お師匠様にクロノがお買い物の時に街で配られていて、持ち帰った物を見せました。


「なんだいこれは······。ふはっ! これはこれは」


「うふふ。私達の計画の勝利ですわ」





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 コンコンコン


『誰だ』


「しがない門番伯爵だ」


『入れ』


 カチャ


「どうした門番伯爵。ぷふっ」


「笑うな! 一応お前の印が押されてたから仕方無くやってやっただけだぞ王様! 娘は毎日血だらけで帰ってくるし、奴が不能で助かったぜまったくよ」


「お嬢には悪い事をしたな。して、やっと掴んだのか? 証拠を」


「これだ。ケルド、ディース、妻のプロセルピナ、娘のペルセフォネ、暗殺ギルドグランドマスターのローグガオナー、その他バルニヤ公爵派の貴族の面々、決行日から作戦内容まで全て揃っている」


「ふむ。余罪も有り余るか、騎士は動いたか?」


「近衛騎士がケルド、副団長がディースの元に向かった。バルニヤ公爵家の別邸制圧は騎士団長が指揮を四か所同時に押さえる。衛兵達も動く、暗殺ギルドだ、今傭兵、冒険者ギルドにも伝令に走って貰った」


「うむ。今この時を以てバルニヤ公爵家はお取り潰し! ケルドは王位継承者の権利剥奪、魔道具を使い騎士達に伝えよ! 全ての貴族を十日間で集めよ。全貴族だ、それも魔道具を使って良いぞ! 賊どもは一人残らず捕らえるのだ!」


「はっ!」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ローグガオナー、学院長室に戻るぞ!」


「はっ! 伯爵令嬢は如何なさいますか?」


「泣き叫ぶばかりだからつまらんな、違う奴を見繕わなければな」


「そうでございますね。クラスの誰かを攫いますか?」


「平民なんぞ触るのも汚らわしい、貴族だ。伯爵以上の奴を見繕え!」


「はっ! ん? ケルド王子、あの方達は近衛騎士の?」


「うむ。王都に賊でも紛れ込んだか? くっくっく、のうローグガオナー」


「怖いですな。あははは」


「ケルド並びにローグガオナー」


「貴様! 呼び捨てとは不敬! ローグガオナー! 構わん切れ!」


「はっ! 不敬罪だ、悪く思うなよ」


「不敬罪にはならんな。先ほどケルド、貴様は王位継承権の剥奪がなされた。貴様の父、ディースも爵位剥奪並びに新興バルニヤ公爵家はお取り潰しになった」


「なっ! 誠か······」


「この夏期に謀反を犯す計画も全て我々の知るところだ。今頃ディースは副近衛騎士長が、今日一日中に別邸の奴らも騎士団に制圧されるだろう。抜け穴も潰しに行かせた」


「バ、バカな後少しであったはずが」


「貴様もだローグガオナー。ギルド本部は今頃衛兵並びに傭兵や冒険者が取り囲んでいるはずだ、こちらも抜け穴を潰してな。よし、捕らえよ!」


「「はっ!(はっ!)」」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「副近衛騎士団長が何の様だね、私は忙しいのだか」


「ディース、並びにプロセルピナ、ペルセフォネの捕縛に来た。謀反の計画、脱税、密輸出入、不正奴隷取り扱い、麻薬、数十名の使用人殺害、他、余罪が判明しておる」


「なぜだ! なぜその事が! もうすぐ王になるはずだったのだぞ!」


「貴様達がなるのはな、ディース。貴様は処刑、妻と娘は良くて犯罪奴隷だな、捕らえよ!」


「「はっ!(はっ!)」」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「王子が王位継承権剥奪に辺境に幽閉か!」


「表向きはそうですの。その下の記事も読んでくださいまし」


「表向き? まあ良い、ふむ。バルニヤ公爵家のお取り潰し! レアーの居た家ではないか!」


「はい。これで私は完全に自由の身となりました。ですがそれは表向き、父、母、妹、ケルドは秘密裏に処刑されます」


「あはははははっ! 苦労していたからねぇ、クロノに頼んで今日は少し豪勢な食事にしてもらおうかね」


「はい、クロノ! 聴いていましたか!」


 駆け出すレアー。首筋の火傷がきれいに無くなり、晒されたおでこに傷は見当たらず、光の宿る二つの瞳に映るのは、やれやれといった顔のクロノであった。


 そして、クロノに抱きつくのであった。

 お読み頂きありがとうございます。


 

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 *この度『GC短い小説大賞』への応募のため、手直ししたものです。


 いつも応援のメッセージや誤字脱字報告ありがとうございます、本当に助かっております。


 これからも応援よろしくお願いします。


 後、まだ読み足りないと言う方は、異世界ファンタジーですが、ほのぼの系の物がございます。

 読んでもらえ、応援してもらえると嬉しいです。


『無自覚最強の僕はテンプレに憧れる』

https://ncode.syosetu.com/n4590hu/


よろしくお願いいたします。



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[良い点] 主人公の優しさに癒されます リスとのふれあいをしてるシーンを思い浮かべてホッコリした。 [気になる点] ひそひそ話を・・・・・にルビをふるというのは初めて見ました。とても面白い。 [一言]…
[良い点] これが天才か・・・・・・ [一言] とても面白かったです、他の作品も読んできますっ!
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