旅路
ひゅう!ざわざわ!ピュウ、ピュウ……!
「む、今日はやけに風が強いな……春の嵐って奴かも?」
「かなりすごい。」
先週まで満開だった桜の木々が、風に揺られてざわざわと歓声をあげている。
……もしかしたら、悲鳴なのかもしれないな。
おそらくこの暴風で、なけなしの薄ピンク色の花弁はおそらくすべて毟り取られてしまうに違いない。
今年はわりと長く桜を楽しめたなあと思っていたけど、終り際はやけにこう、忙しない感じだな…そんなことを思いつついつものウォーキングコースを巡る。
強い風に巻き上げられて、地面のピンク色の花弁がものすごい勢いで私を抜かしてゆく。
足元だけでなく、空中にも花弁が狂ったように舞っていて、なかなか騒がしいことになっている。
「桜たちはこんなに急いでどこに行こうというのかね…。」
風に乗って一斉にどこかへ向かっていく、ピンク色の花弁たちを、そっと目で追う。
風の止み間で一瞬立ち止まるものあり、勢いに乗って先へ先へと流れていくものあり…なんとなく、人生のようなものを感じさせる動きだ。
しおれてしまった花弁は、茶色くなって道の端にへばりついている…風に乗れないものは、その場で地に混じって消えてゆくのだろう。
「池らしい!」
息子がニコニコしながら公園の池を指差した。
……立派な桜の花筏っぽいものが出来ている。
そうか、風に煽られて水の上に落ちたあとは、もう浮上することはなくなるんだな。
池に浸かって、水に混じって消えてゆくのか。
……入ったら最後、二度と上がれぬ永久の風呂ってね。
母なる木から旅立って、風に尻を叩かれて、池の上にたどり着く…長いようで、短い、旅路。
風のない日であれば、母なる木の根元で土に混じることもあっただろうに…気のせいか、少し気の毒なような気もしないでもない。
「すごいね、池がピンク色になってる!!よーし、写真とっちゃお!!!」
桜の花弁たちの晴れ姿を己のスマホに取り込んでおこうと、池のほとりで足を止めた、その瞬間。
くしゃっ!ざこっ!!カッ……!!!ざわ、ざわ!
びゅうびゅう吹き荒れる風の音と、枝を震わせる木々の音に混じって、やけに軽い音が聞こえてきた。
なんだろうと思って視線を音のする方に向けると、なにやら赤茶色いものがころころと転がっている。
……あれは、ハンバーガーチェーンの紙袋だ。
この辺りに、あのチェーン店はない。
どこから旅をしてきたんだ、あいつは。
一番近い店舗でも2キロは離れている、まさかその距離を飛んできたのか?
それともどこかで買われた後、この地で解き放たれたとでも言うのだろうか?
……どこの生まれかは分からぬが、このまま旅を続けさせるわけにも…行くまい。
捕まえて、しかるべき場所に引っ込んでもらって、回収されて貰わねば。
私は、足元に手を伸ばし、捕縛を試み……。
びゅぉおおおおおおおおおおおおお!!!
掴もうとした瞬間、突風が足元を吹きぬけた。
紙袋は風を腹の中いっぱいに受けて、高く舞い上がった。
長い旅路を潜り抜けて…、この地にやってきた、紙袋。
長い旅路を終わらせてなるものかと…、貪欲に見知らぬ地を目指した、紙袋。
……あの紙袋が、どこから来たのかは、分からない。
……あの紙袋が、どこまでいけるのかは、分からない。
……あの紙袋が、どこを目指しているのかは、分からない。
紙袋の旅路のすべてを知るものは、どこにもいないのだ。
……すでに姿の見えなくなった、旅人の面影が…私の心を、突き動かした。
「ねーねー、家帰ったらさあ、ハンバーガー食べに行かない!!」
「いいねぇ。」
私は、ハンバーガーチェーンを目指し、旅に出ることを決めた私は。
たらふく、おいしい物を、食べたという、お話。