一回だけの女
悪意しかない話です。
受けつけない方はブラバで。
「また会おうよ」
男は当たり前のように言葉を投げかけてきた。
「一回だけの約束でしょ」
私は脱ぎ捨てたショーツがベッドの下に落ちているのを見つけ拾う。
「そうだけどさ」
男はうつ伏せに寝転んで頬杖をつき、私の動きを目で追っている。下手したらもう一回と言いそうな雰囲気だ。
もう一回なんて絶対しない。
一回だけだから、過剰に演技してやりたくないこともやったのだ。こんなこと普段ならだるくてやってられない。
「もう帰らないと奥さんに怪しまれますよ」
いくら男が渋ろうとも
この言葉でオシマイ。
―――
自分がこんなにも爛れた性生活を送るようになるとは思わなかった。
平均より高めの身長、女性らしい丸みはなく、どちらかといえば筋肉質。化粧のおかげでなんとか見られる容姿というだけで、可愛げもないし、間違いなく愛されキャラではない。
それでも男から求められる理由は、
一回だけの女だからだ。
―――
始まりは職場の同僚。奥さんが出産して里帰り中の浮気というお決まりのパターン。
誘ってきたのは同僚。
飲み会でいい雰囲気になって、そのままラブホへ。
お酒の力もあって盛り上がり、休憩から宿泊に変更し、思わず好きと言いかけるくらい情熱的に何度も交わった。
だけど終わった途端、
「次はないから誘ってくるなよ」の一言。
まぁ、何度もLINEの着信音が鳴ってたし、さすがに奥さんのことを思い出したみたい。後悔か罪悪感か知らないけど、私にあたるのは筋違い。
時間をずらしてチェックアウトしたのに、前日にラブホに2人で入ったところを会社の後輩に見られていた。
後輩……赤木君は私が社内で1人になった隙をみて声をかけてきた。
「ラブホに入った写真、撮っちゃいました」
「僕も先輩としたいなァ」
「ここの職場、女性が多いから知られたら大変ですよねぇ」
「僕も彼女にバレたら困るんで、一回だけでいいですよ?」
「せんぱーい、この前、良かったっスよ」
「そんな身構えないでくださいよ。一回だけの約束は守りますから」
「そういえば僕と同期の奴が先輩と一回やりたいって言ってたなァ。僕、そいつに借りがあって。先輩、一回だけお願いできませんか?」
そこから、数珠繋ぎにゴルフ仲間や大学時代の友人だとか、一回だけの関係が続き、気づけば12人の男と関係をもっていた。
一回だけというのはハードルが低くなるらしい。浮気ではなく風俗に近い感覚なのだろう。彼らはなんの罪悪感もなさそうに私を抱いた。
男に抱かれていくうちに、私の考えも変化していく。
はじめは一回だけの女だと軽く見られるのが悔しかった。
けれど粗末に扱われることに慣れると、奥さんや彼女が知らない顔を私には見せているのだと思うようになり、優越感に似た感情が芽生えはじめた。
痛いことをされたこともある。
嫌なプレイもあった。
それでも一回だけなら我慢はできたし、
私にしかしないと言われれば悪い気はしなかった。
私は一回だけの女という自分に満足していたと思う。次は誰が来るのか待ちわびていたから。
しばらく平穏な日々が続いていたある日の昼休み、1人目の男でもある同僚から相談があると言われた。
――あれからずっと私を無視していたくせに、今さらなんなの。
相談の内容はわからないが、恨みごとの一つでも言ってやろうと誘いに応じた。
待ち合わせのカフェはオープンカフェで外にもテーブル席がある。
同僚は外の席に座っていた。私に背を向けている。そして彼の隣には赤ちゃんを抱っこした女性。
女性は私に気づき、笑顔で会釈をした。
髪を顎のあたりで切りそろえ、幼い顔立ちの女性。柔らかな雰囲気で守りたいと思わせるタイプだ。間違っても“一回だけ”と扱われることはないだろう。ほんの少し胸が痛んだ。
――奥さん……だよね
同僚……前島君の用件は拍子抜けするものだった。奥さんが女子フットサルチームのメンバーで、何人か同時にメンバーが抜けてしまったので私にチームに入ってもらえないかという内容。
私が入社した頃に、高校時代に女子サッカー部だったと話したのを前島君が覚えていたらしい。
もちろん、やんわりと断る。気まずすぎるし。奥さんは残念そうにはしたけれど納得してくれた。前島くんはホッとした顔。そうだよね。
話が途切れたところで、今まで静かに眠っていた赤ん坊が泣き出した。
奥さんが「オムツかえなきゃ」と立ち上がろうとして、前島くんが「俺がするよ」と席を立ち、奥さんと2人きりになった。
――ちゃんとお父さんしてるんだなぁ
彼の背中を見送りながら、一瞬、あの夜を思い出して気まずい思いで奥さんを見ると、彼女も彼の背中をニコニコしながら見送っていた。
「本当にざんねん」
視線はまだ前島くんに向けたまま、奥さんが拗ねたように口を開いた。フットサルの話?
「すみません、もう体力がなくて」
視線が合う。彼女がちょっと驚いた表情を見せた。
「あんなに旺盛なのに?」
ニコニコと話すので一瞬なんの話かわからなかった。
「はい?」
「だから、アッチの話」
「?」
「“一回だけ”の話」
「あ!」
――知ってるのか、この人
「ふふ。慌てなくていいですよ。夫は何も知りません。あと、フットサルの話もあなたと会うための口実に過ぎませんから、間違ってもチームに入らないでくださいよ」
先程までの庇護欲をそそる表情とは全く別の悪い笑み。
「いつから知って……」
「最初から知ってますよ。だってあの日、赤木君から写真が送られてきましたから。あの時は2人とも殺してやろうかとも思ったけれど、あの日から夫は優しいし、もういいの」
「赤木君と知り合いなんですか?」
「彼、大学で同じサークルだったんです。何回も告白されて毎回断っているのに、私のこと諦められないみたいで……あんな写真送りつけて何のつもりなんですかね」
――何のつもりって……
「……」
――とりあえず余計なことは言わないように注意した方がよさそう。
彼女は私が返事をしないことも気にせず話を続ける。
「でも、あの時はあなたのことは許せなくて。それで赤木君にお願いしたの。あなたにしか頼めないって言ったらすぐ動いてくれた」
「何の話ですか?」
悪い答だとわかっていても促してしまう。
「あなたを使い捨ての女にしてってお願いしたの」
「使い捨て……」
「もう一回会おうと言われたこともあるって聞いたわ。使い捨てにしては頑張ったのね。私にはそんなこと恥ずかしくてできないけど」
全てを知っている口ぶり。
「わからない? あなたが相手にしてきたのは全員赤木君の知り合い。あなたと何をしたか教えてくれたら一回だけの女を紹介するって話にのったひとたち。」
「そう…ですか」
私はいまどんな顔をしているのだろう。ちゃんと笑えてるだろうか。
「お待たせー」
何も知らないであろう同僚が赤ん坊をあやしながら戻ってきた。
「もう、戻らなきゃ」
私は何も口にしていなかったから、水だけ口に含む。
「俺は、あと30分休憩をもらったからまだここにいる」
「杉田さん、体を動かしたくなったらいつでも声をかけてください!」
奥さんが先ほどまでとは別人としか思えない笑顔を向けてきた。
「……ありがとうございます。最近は全然運動をしてないから少し体力をつけないとですねー」
私も愛想笑いを浮かべ茶番劇に応じた。
――負けだ。完敗。ネタ晴らしをしたということは気が済んだのだろう。
私は早足で歩きながら唇を噛む。自業自得だけど悔しい。
でも。やられっぱなしは性に合わない。
私はカバンの中にあるはずの物を手探りで見つける。そしてそれがちゃんと仕事をしているのか気になって仕方がない。
一回だけ、と関係を持つようになってから、全てを記録してきたボイスレコーダー。
もちろん今もフットサルのお誘いから別れの挨拶までの一連のやりとりも録音したはずだ。
家庭を壊す気なんてなかったからお守りがわりだったけど、そういう仕返しをされて黙っていられるほどお人よしじゃない。
前島くん、ごめんね。
奥さんの本性なんて知りたくないだろうけど、あなたなら、もう一回でも相手にするから許してね。
気をつけましたが、これはR15ではないという表現がありましたら、教えていただければ訂正します。
子どもが関わるので、ちょっと嫌なラストですが、
何かあっても赤木君が奥様と子どもを引き受け、幸せにするはずです。少し病んではいますが……(^_^;)