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 台所を出た朱洋は思わずため息をつく。

 我ながら子供しみた行為だとは思う。

 藍蘭を怖がらせたいわけではないが、今のまま安心できる幼馴染みでいるつもりもない。朱洋は藍蘭が欲しいし、誰かに取られる気も更々ない。

 その朱洋は部屋に戻り、出立の支度を始めた。支度といっても特に必要なものがあるわけではない。

 一応の金銭と簡単な着替え。それと。

 今回の目的である左大臣の不正、横領の証拠。

 それはまだ澪章の元にある。

 朱洋は荷物を持ち、澪章のいる部屋へと向かった。

 


 部屋の前に来たと同時に戸が開く。

 見計らったかのようなタイミングに朱洋は一瞬眉を潜めるが、それは相手も一緒だった。

 お互い心の準備のない出会いだが、先に声をかけたのは澪章の方だった。


 「…おや。何か用事かな?」


 まるで小さい子供に尋ねるような言い方に、朱洋は眉間に皺を刻む。実際澪章の方が年上ではあるし、彼の口調は常にこんな調子ではあるのだが。

 澪章は朱洋の持っている小さな鞄を見て、ピンときたのか、尋ねてきた。


 「もう出発するのかい?明日の朝だと思っていたけれど」


 「…夜の方が動き易い。それで証拠品は?」


 本当は朱洋も明日朝イチで出発するつもりだった。けれど、藍蘭を押し倒し、キスまでした手前、明日どうやって藍蘭に会うか悩むところではあった。そして、それならば、少しくらい出発を早めてもいいと朱洋は判断したのだ。

 知らずため息をついた朱洋に証拠の冊子を手渡しながら澪章は言った。


 「宜しく頼みます。…ねえ、藍蘭と何かあったんでしょう?」


 にこりと澪章は笑う。その余裕綽々な態度に朱洋は思わず舌打ちした。


 「……だったらなんだよ?」


 「だめだよ。女の子には優しくしないとね」


 何度聞いたかわからない台詞に朱洋はじろりと澪章を睨む。

 澪章はその視線を軽く受け流し、朱洋に不敵に笑う。


 「特に好きな子にはね。そうじゃないと、誰かに取られちゃうよ?」


 「………は?」


 瞬間、朱洋の瞳に冷ややかな色が混ざる。

 敵に相対する猛獣のように、邪魔するものを排除しようとする気配が漂う。

 宮廷で反対派閥の官僚とやり合った経験が少なからずある澪章は、朱洋の視線に耐えることができた。

 もし経験も実力もない朱洋のような若い頃なら、澪章はこの視線に耐えられなかったに違いない。


 「…藍蘭は俺のだ。手を出したら殺す」


 冷ややかな声は、それがただの脅しではないことを伝えている。

 怖いなぁ、と呟きながら澪章は朱洋を見る。


 「一応、肝に命じておくよ」


 澪章は朱洋のように藍蘭を好きなわけではない。今は可愛い妹くらいにしか思っていないが、これからどうなるかは澪章だってわからない。

 その考えが伝わったのかどうなのか、朱洋はじっと澪章を見つめた後、飽きたように視線を外し、背を向けた。

 その背に澪章は声をかける。


 「いってらっしゃい。気をつけて」


 朱洋は聞こえているのかいないのか、何も反応せず廊下の闇に消えて行った。

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