14
草家から依頼された中級貴族の一家はそれぞれ別々の村から隣国へと密出国する。
3人一緒の日時に送ることになるのだが、それまでは一人ずつ別々の村へ滞在する。単純に負担が軽くなるのと、もう一つは万が一外部と連絡を取って反抗されるのを防ぐ為だ。別々にすることで互いにそれぞれが人質の意味を持つ。
今回、吏村には貞家の娘が来ることになっていた。
そして今、恵丹の目の前に座る彼女はピンと背筋を伸ばし、堂々としている。
白い肌に真っ直ぐな艶のある黒髪、気の強そうな切れ長の瞳が印象的な美人だ。
「こりゃまた、別嬪さんだなぁ」
「頭領。お嬢さんが怖がるぞ」
琳を案内してきた人物は奈斗という名前の恵丹の片腕と言える男だ。
恵丹とは歳が離れているが、私生活でも仲の良い友人でもある。
30代後半の奈斗は幼い子供を持つ父親でもある。その為、琳の置かれた状況を思うとなんだか可哀想な気がしてしまっているのだ。
「…別に怖がることなどないわ」
見た目に反せず気の強い琳は肩に落ちる髪を払いのけながら言う。
そんな琳をしげしげと見つめ、恵丹はからからと笑った。
「そうかそうか。そりゃ良かった。あんたの仮住まいは俺の家だからな」
「…あなたの家?」
琳としては数日滞在することになるとは聞いていたが、それが恵丹の家だとは知らなかった。警戒する琳に奈斗が補足する。
「心配しなくても大丈夫だ。頭領には年頃の娘がいるから、気になることがあれば彼女に言えばいい」
「あら、そうなの?」
「藍蘭という娘だ。気のいい子だから良くしてくれるだろう」
奈斗の言葉がどこまで信用できるものか知らないが、琳は取り敢えず頷いた。
琳が藍蘭と会ったのはその日の夕食の時だった。
配膳をする藍蘭を眺め、琳はふぅん、と呟いた。飾り気はないが、磨けば光りそうな可愛らしい顔をしている。
(でも、あの頭領の娘にしては地味ね)
琳は蝶よ花よと育てられたし、自身も着飾ることが好きだった。
そのせいか、つい人の見た目を気にしてしまう。
じっと見ていた視線に気付き、藍蘭は口を開いた。
「…暇なら手伝ってもらえます?えっと…」
「琳よ。…どうして私がやらないといけないの?」
琳は眉間に皺を寄せた。
その姿は本当に何故なのかわからない、といった様子だった。
(貴族って本当に図々しいな…!)
藍蘭にしてみれば、『働かざる者食うべからず』の意識があるため、病人でも怪我人でもない琳は手伝うことが当たり前なのだ。
一方の琳は貴族の娘で配膳などしたことがないというのもあるが、意識の上では客人なのだ。しかも父親がお金まで払っている。普通の宿と同じ感覚でいる彼女は本当に配膳をする理由が見当たらなかった。
「どうしてって…だってもう貴族じゃないんでしょ?」
「それはそうよ。でも私のお父様がお金を払っているでしょう?それって宿に泊まるのと変わりないってことじゃないの?」
「いや、ここは宿屋じゃないんだけど…」
(何その理屈?頭おかしいんじゃないの?)
困惑と呆れの混ざった視線を琳に送ると彼女は眉を潜めて藍蘭を睨み付けた。
(え、睨まれても………でも)
「…美人は睨んでも綺麗なのね」
思わず心の声が漏れた藍蘭の言葉に、琳は瞬く。
褒められたのが嬉しかったのか、彼女は髪をかきあげた。
「ま、まぁ…あなたの言うことも一理あるし、手伝ってあげなくもないわ」
「えっ?あ、ありがとう…?」
(ツンデレなの?!)
果たしてここで感謝の意を述べる必要があったのか藍蘭は既にわからない。
気の強そうな琳が少し照れた様子で不馴れに配膳を手伝う姿はぎこちなく、庇護欲をそそるものであった。
藍蘭は配膳の指示を出しながら、この意外と素直なツンデレ美女に戸惑うばかりだった。