13
都から遠く離れた森の中を彼女は歩いた。
木々は風に揺れ、普段嗅ぐことのない緑の匂いが鼻を擽る。
荒くなった息、汗でベタつく肌。
これ以上の不快感を彼女は感じたことがなかった。
森を進むのは前を行く案内役の男と父、そして後ろを歩く母の4人。その行程は決して楽とは言い難かった。
都から一歩も外に出たことがなかった一家は馴れない山歩きにヘトヘトになりながらも着実に目的地へと進んで行った。
途中下草に足をとられ、転びながらも黙々と歩く。
最初こそ文句を垂れていた一家は既に体力の限界を迎え、一言も喋れなくなっていた。
彼女は歩けども歩けども到着しない目的地に苛立ちが募る。その美しい顔に似合わない何度目かの舌打ちをした時、案内役の男は止まった。
「ここからは別々だ。それぞれこの籠に入ってもらう」
籠とは当然輿の車ではない。そのままの籠なのだ。大人一人が入るのが漸くといった大きさの籠に入らなくてはならないと思うとぞっとする。
何不自由のない都の暮らしとは全く違う。
下働きの女中に世話をしてもらい続けた彼女とその母は顔を見合せ、肩を落とした。
「…隣国で会おう」
妻と娘を気遣わしげに見つめ、一家の家長は二人を抱き締めた。
一家のこれからを考え、後悔と怨嗟の思いを胸に刻み、籠の中へと入って行った。
吏村にやって来た彼女は貞 琳という都の役人の娘だ。
琳は幻と謂われる窮鼠の村を眺め、感嘆のため息をついた。
「…本当にあるのね…」
窮鼠とは人の噂程度にしか聞いたことがないが、それも『山に入っても絶対に見つからない』とか『害意ある者が入ると天から落雷が来る』とか『頭領は皇帝の血縁者である』とか眉唾ものの噂ばかりだった。
今目の前にある窮鼠の村は道々見てきた田舎の村と変わらない。
質素な衣服、小さな家、飾り気のない村人。
きらびやかで華やかな都とは違う場所に琳はげんなりとため息をついた。
「おい、こっちだ」
琳の籠を背負ってきた大柄な男は息一つ乱れていない。
がっしりとした体躯に粗野な口調だが、悪意は感じられない男だった。
その彼は村の中で一番大きい家を指差し、琳を案内した。