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都には草家という窮鼠と懇意にしている下級貴族がいる。
これは元々窮鼠を作った恵丹の父親、董貴の部下の家だ。
草家は都の内情、朝廷の動きを知らせ、そして都から隣国へ密出国したい者を窮鼠に引き合わせる。そのため草家は窮鼠の"都にいる協力者"であるといえる。
その草家に着いた朱洋は屋敷の主、草 茗と向かい合った。
茗は白髪を綺麗に撫で付けた好好爺といった見た目に反して、厳しい視線を朱洋に向けた。
「…成る程。お話はわかりましたが。恵丹殿も危ないことをする」
都の役人など匿わず、捨て置けばいい、とその目は語る。朱洋も正直そう思うのだが、ここまで来た以上大人しく帰るわけにも行かなかった。
「うちの頭領が決めたなら仕方ありませんね。…そちらにもご協力していただきますので」
文句を言わせない断定口調で朱洋は告げると、じっと自分を見つめる草家の家長と睨みあった。
ここで負けては舐められる。
若頭として大人と対峙する時、こういうことはままある。
大人は大体、若い朱洋を試したいのだ。
朱洋が仕事を完璧にこなせるのか、任せていいのか、信頼に足る人物なのか。
言葉を交わさず見つめ合うことで何がわかるのか知らないが、ただ朱洋は見られたら堂々と見返すし、自分が恥じることも後ろ指を指されることもないと知っている。
そもそも朱洋は他人に何を言われても気にしないタイプだし、もしも後ろ指を指されようものならその指噛みきってやると思ってもいる。
その気の強さは彼の瞳によく表れている。
赤い瞳は火花を散らすように燃え、その強い視線が大人達を黙らせているのだが、これは本人は知らない。
朱洋にわかるのは睨み合う内に、大人は引き下がることだけだ。
今回も茗と睨み合うこと暫し、好好爺は瞳から厳しい色を変え、面白そうに好意的な視線を朱洋に向けた。
「…恵丹殿は良い後継に恵まれたな。宜しい、では万事草家が整えましょう」
茗はまだ微かに湯気の残るお茶を啜ると、ところで、と前置きして話し出した。
「恵丹殿にも連絡しようとしていたんだがね、そちらにいつもの仕事をお願いしたい」
いつもの仕事、とは言うが朱洋はこの御仁から仕事を受けたことはない。いつもの仕事とは恐らく窮鼠にいつも頼む仕事、つまりは密出国の依頼のことだと理解して朱洋は先を促した。
「…相手は?」
「さる中級貴族の皆様だね。詳しくはここに」
差し出された封筒を受け取り、中を確認した朱洋は小さなため息をついた。
「…またこいつか…」
封筒には中級貴族の貞家一家の密出国が依頼されている。その原因が左大臣だと知り、朱洋は(どんだけ悪巧みしてんだよ…)と思わず突っ込まずにはいられなかった。
草家は澪章の父親、範 深泉に会う機会を春の可国皇帝、李 丹栄の生誕祝賀会で作ることにした。
当日は多くの貴族が参加するため、朱洋が紛れても怪しまれないと想定したからだ。
その為、朱洋は草家の遠縁の親族の一人として表から堂々会場入りする。その流れで範 深泉と会う方が自然なため、祝賀会当日より2日前から草家に滞在することになった。
そこまでを打ち合わせした後、朱洋は窮鼠へと戻ってきた。