ざっこ雑魚
文芸部の部室で一人ぼっちで昼食を食べながら空を見つめる。
俺、隼昴はどちらかというとクラスで目立たない生徒だろう。
気弱だけどクラスメイトからいじめられているわけではない。
クラスメイトとは会話が全く無いわけでもない。挨拶程度は交わす。
本当にただの地味な生徒だと俺自身そう思っている。
というよりも俺は地味に過ごしたい。
俺には兄がいる。一個上で高校二年の兄、隼来人は非常に優秀な生徒であった
学業優秀、運動神経抜群、コミュニケーション能力も優れ、なおかつイケメンである。
兄は子供の頃からいつでも話題の的であり、誰からも好かれていた。
俺の兄としてもったいないと思うし、誇りにも思う、
俺が女子に話しかけられるのだって、兄に取り次いで欲しい時や、俺を通して兄と繋がろうとしている子、告白の手伝いをしてほしい子ばかりであった。
そんな俺と唯一普通に会話する女子生徒がいた。
それは、俺の幼馴染である三上桜である。
同じ学年で別の教室。
俺が文芸部の部室で一人でご飯を食べていると必ずやってくる。
廊下で会うときや他の生徒がいるときは話しかけても来ない。
地味な俺と喋っているのを他の生徒から見られたくないと思っていた。
部室の扉が開く音が聞こえてきた。
幼馴染である桜が意地悪そうな顔で入ってきた。
俺の横の椅子に座る。
「はぁ……、あんたって来人先輩に比べたら本当地味でざっこよね。ていうか、高校生にもなってボッチなんて」
「そ、それは仕方ないだろ……。兄貴は特別なんだから」
桜は俺が食べているパンを奪って、一口食べる。
「まっず、ざっこのあんたが食べたパンだからまずくなってるわよ。ふふん、私が食べてあげたから美味しくなったわよ」
桜はパンを俺の口元に押し込もうとする。俺は仕方なくもぐもぐとパンを食べる。
俺のもしゃもしゃな頭を乱雑に撫でる。
「どう? 桜ちゃんのパンは美味しい? ふふん、ざっこには味なんてわからないかしら? はぁ……本当は来人先輩と一緒にランチしたいわ」
大丈夫だ、これが俺と桜の日常だ。
桜は俺の事を馬鹿にする。いじめまで行かないけど、俺の全てを否定する。
心が悲しくなるときもある。だけど桜は幼馴染だから我慢できた。
俺は小学校の頃に桜から相談を受けたことがある。
俺の兄である来人が好きだから協力してくれ、と。
その時、俺は桜に淡い恋心を抱いていた。
俺は桜に協力をするって約束をした。
といっても、勉強も運動も、コミュニケーション能力もない俺ができることはなかった。
ただ応援することしかできなかった。
「ていうか、本当に来人先輩と似てないわよねー。成績悪いし、運動神経皆無だし、てか、雑魚のあんたのいいところでどこがあるのよ? あっ、静かなところか」
「べ、別に俺のことはいいだろ……」
「あっ、泣いてるの? 本当の事言われて泣きそうなの? にしし、本当に泣き無視ざっこなんだから」
「な、泣いてなんかない……」
俺が今でも桜に恋心を抱いているかわからない。だって、俺はあの時の気持ちを心の奥に押し込めたんだから。
桜は俺といると意地悪な顔になる。中学の時は、女子の友達や他の男子生徒と喋っているときは明るくて素直で可愛くてみんなの人気ものだ。……高校に入ってから違うクラスだから見たことないけど。
「ていうか、あんた私のお姉ちゃんにいつ告白するのよ。お姉ちゃん人気あるから誰かに取られちゃうよ」
「そ、それは……」
桜が俺に兄である来人が好きと話したとき、桜は俺にこういった。
『わ、私だけ言うのはずるいわよ! あんたも好きな子いいなさいよ!』
好きな人の前で好きって言えるわけない。
だから俺はその時とっさに嘘をついた。
『え、お、俺は……、こ、小梅お姉ちゃん……』
『はっ? あんたマジ? ……ふーん、なんかちょっとムカつく……、雑魚にくせに……生意気よ』
そのときの桜の顔はすごく怖かった。
目に光がなかった。その時から桜は俺を執拗に馬鹿にし始めた。
弁当も食べ終わり、俺と桜は今日の放課後の予定を立てる。
作戦会議と称して、俺はほぼ毎日桜の家に行く。
「じゃあ今日も私の部屋で会議よ。……はぁ、来人先輩と一緒にカラオケいきたいな〜」
「部活が忙しいからね。それに勉強も真面目にやってるし」
「そうね、本当にざっこのあんたと大違いだわ」
「……ねえ、兄貴に告白っていつするの? 俺がセッティングをして」
「は、はぁ!? そ、そんなの恥ずかしいじゃない……、も、もう少し先よ! 私のタイミングでするからあんたは黙ってなさいよ!」
「う、うん、そ、それならいいけど……」
「ていうか、あんたこそ友達作らないの? もう入学して半年経つわよ」
そもそも俺は地味に生きていればいいと思っている。桜は人気者だ。こんなふうに話しているのを知られただけで、きっと俺は目立ってしまう。
それに、俺が変な事をして兄貴に迷惑をかけたくない。だから俺は余計な事をしたくない。些細な事からほころびが出て問題が起こる。
……中学の時みたいに。
友達はいない。少しだけ話しかけてくれる人ならいる。
「……図書委員の神崎さんと少し話すよ。あと、クラス委員長の勅使河原さん」
「え……。ふ、ふたりとも女子じゃん、しかも超可愛いって有名な……、へ、へー、あ、あんたみたいなキモイ雑魚男子に話しかけてくれる変わった子いるんだ……」
「二人とも変な子じゃないよ。それにちょっと挨拶する程度だから……」
「ま、まあそうね。あんたキモイもん。じゃもじゃ頭でダサい眼鏡。図体がでかいだけよね。あ、雑魚の大木っていうのかな」
桜は再び俺に近づいて髪をグシャグシャにかき回す。
桜から馬鹿にされるのは慣れっこだ。
少し悲しくて泣きそうになりながら、桜の匂いを感じた。
桜はニヤニヤしながら意地悪そうな目で俺を見ていた……。
今日も無事に放課後を迎えた。
神崎さんと勅使河原さんから挨拶をされただけで、俺は誰と話さなかった。
よし、今日も桜の家に行かなきゃいけないから早く帰ろう。
立ち上がろうとすると、俺の前に神崎さんが立っていた。
「あ、あの、隼君。きょ、今日はみんなでカラオケ行くんだけど、隼君もいかない?」
神崎さんの横には勅使河原さんもいた。
「そうですよ。たまにはクラスメイトと親睦を深めてもいいでしょ?」
俺は戸惑ってしまった。こんな風に女子から誘われて良い思い出はない。
だいたい兄貴の事を根掘り葉掘り質問されて、連絡先を求められる。
……挨拶されるのは嬉しかったけど、やっぱり兄貴狙いなのかな?
なんにせよ、今日は桜の家に行かなきゃならない。
当たり障りなく断らなければ。
「ご、ごめん、今日は――」
近くにいた男子たちが口を挟んできた。
「え、こいつも誘うの? マジで? こいつ暗すぎて何考えてるかわかんねーじゃん」
「ていうか、二人共こいつの兄貴狙い? こいつが女子と話してるのって隼先輩狙いの子しかいないっしょ」
神崎さんは困惑していた。
「え、隼君のお兄さん? なんで?」
俺の周囲はなんとも言えない空気になってしまった。
非常にいたたまれない。
俺は断ろうとしたのに口を挟むから……。
もう一度断ろうと喋ろうとしたとき、視線を感じた。
教室の入口に桜が立っていた。
死んだ魚のような目で俺とクラスメイトを見ていた。
*********
私、三上桜はクラスの女子全員から無視されていた。
要はハブられていた。
一年生で一番イケメンと有名な真田君を振った時から様子がおかしくなった。
いじめにまで発展してないけど、小さな嫌がらせは多々あった。
そんな私を見て、クラスの男子生徒は同情と下心で私に話しかけようとする。
私が冷たく断ると、更に状況は悪化する。
なんだろう、負のスパイラル?
正直、中学の時はこんな事なかった。私はわがままだったけど、友達も多くて普通に過ごせていたと思う。
……でも、中学の時はスバルが同じクラスだったのよね。
スバルがいないだけで私の精神が不安定になる。
私は素直になれない。スバルを見ているといじりたくなっちゃう。
そろそろスバルが限界だとわかっていた。これ以上スバルを馬鹿にすると取り返しのつかない事になるって……。
高校で唯一の友達のスバル……。私のお姉ちゃんの事が大好きなスバル。
その事を考えると、胸が傷んで悲しくなってくる。
でも、スバルの幸せのために私は自分の想いを胸の奥にしまい込む。
スバルは実はすごい男の子だ。
夏祭りで不良に絡まれた時、スバルは私を颯爽と助けてくれた。
成績が悪かったのに、私と一緒に高校をはいるために入試で満点を取った。
マラソン大会で本気出したらご褒美上げるっていったら本当に一位になった。
普段はボケっとしてるのに、いきなりカッコよくなるから困る……。
本当はスバルがすごく大切で大事にしたいのに、どうしても素直になれない……。
私は結局その日も誰とも話さないまま放課後になった。
放課後になると少し心が弾む。だってスバルと一緒に遊べる時間だもん。
スバルは内気な性格をしているから友達がいなかった。
だから、私が構ってあげなきゃね。
多分、心が焦っていたんだと思う。
スバルのお兄ちゃんである来人先輩は私にとって本当のお兄ちゃんみたいな存在。
好きだけどそれは家族の親愛に近い。
いつか私が暴走して取り返しのつかないことになりそうな予感がする。
……今日はスバルの教室へ行ってみて驚かしてみよう。きっといつもと違う事をしたら私も変化するかも。
そう思って私はスバルの教室へと向かった。
知らない教室に入ろうとすると緊張しちゃう。
教室の入り口でスバルを見かけた時、胸がきゅーっとなった。ほっぺたが熱くなるのを感じる。
今日はどんな風にからかってあげようかなって色々考えちゃう。それだけでドキドキしてくる。
……ううん、いつもよりも優しくしなきゃ……。
スバルが私に気がつくまで待とうと思った。
どれだけ気が付かなかったか、後で教えてあげよう。
そう思っていたら、スバルに話しかけてくる女子が現れた。
すごく女の子らしくて可愛い女子……あれは神埼さん? しかも勅使河原さんもいる。
はにかんだ表情の神埼さんはスバルに嬉しそうに話しかける。
傍目から見て、すごく楽しそうに会話しているように見えた。
衝撃を受けた。スバルは私と一緒でずっと一人だと思っていた。
顔面から血の気が引いた。
なんでだろう? 自分がすごく惨めに思えてきた。
そうだよね、いつもスバルの事を馬鹿にしてる女よりも普通の可愛い女子の方がいいよね。
放課後の楽しみだった心が急速にしぼむ。
遅かったんだよ。分かってる。馬鹿にしてるだけの嫌な女だもん。
男子生徒も絡んできて、どこかに向かう予定を立てているみたいだ。
……わたしとの、予定は……? スバル……?
このまま消えた方がいい。そう思っても足が動かない。視線がスバルから離れない。
ただ自分の身体が冷たくなっていくのを感じた。
「あっ、桜!? ど、どうしたの?」
スバルが私に気がついてくれた。でも私は言葉を発する事ができなかった。
カバンを持って私に近づくスバル。
「あれ? 学校で会いたくなかったんじゃないの? ……桜? 早く帰って作戦会議しよ?」
――スバルはいつも通りだった……。それだけで嬉しすぎて、安心しすぎておかしくなりそうだった。
「――――っ、あの、ね」
あれ? おかしい? やっぱり声が出ない。声を出そうとすると嗚咽が出ちゃう。
……鼻水が止まんないよ。今日ハンカチ忘れちゃったのに……。嬉しいのか悲しいのかわからないよ。
「……ひぐっ……、と、友達と……で、出かけなくて、いいの? わ、わたし……」
スバルがポケットからハンカチを取り出して私の目に当ててくれた。
「友達? ああ、クラスメイトだね。桜と予定があるから断ったよ。当たり前だろ」
「ふ、へへ……、そ、そうよ、ざっこのあんたは、私といなきゃ駄目なのよ……、ひぐっ……はやく、いこ……」
スバルの言葉が心に染み渡る。
笑顔が私にやすらぎを与えてくれる。
スバルはちょっと困った顔をしていたけど、口元が微笑んでくれていた。
それを見たら私はクラスで一人ぼっちな事もどうでも良くなって、胸が熱くなった。
「ちょ、ちょっと、桜!?」
私はスバルを困らせたくて、思わず腕を組んでしまった。
「えへへ、スバルは私に抱きつかれて緊張しちゃってるんだ。本当にざっこなスバルなんだから――」
すみません!続きが全く思い浮かばないです!
作風的に合いませんでした!紆余曲折あってハッピーエンドの予定でしたが……
もしかしたらいつか連載します!