第2話「迫る翠刃」(2/4)
光も差さない、真っ暗な部屋。
その中央には機械仕掛けの円卓が設置され、6人の人影がそこに座っている。
その内5人の姿は半透明で、時折輪郭が不安定に揺れていた。
『……えー、以上で《シフ》からの報告を終わるっす』
「スウォルス最高管理官、ありがとうございました。それでは続いて《セリトペー》、センダム姫」
『ええ、かしこまりました』
名を呼ばれた少女らしき影が、うやうやしく礼をする。
幼さを残しながらもどこか冷たい笑みを浮かべ、彼女はゆっくりと語り出した。
『内政のことは追々語るといたしまして、まずは《ユースティル》対策を。わたくしどもは、新たなる防人の鎧を完成させました』
『ほう……』
「なるほど。ではそれを用いて攻撃を?」
『ええ、2日後を目標に攻撃準備を進めております。ああ、それと。此度は我が国が誇る職人達の自信作でして、操者はわたくし自ら務めさせていただきますわ』
『なっ……!?』
少女の言葉に、残り5人の影は思わず立ち上がった。
『あらまあ、センダムちゃんったら大胆』
「はぁ……血迷われましたか? 姫たる貴女が前線に出るなどと……」
『ご心配なく。あくまで防人達の士気向上の為ですもの』
『確かに。頭がやる気を見せりゃ下もついてくる、それが組織ってモンだからな』
『それに、わたくし鉄騎の操縦はとっても得意ですのよ。レウルク様はよおくご存知ではなくて?』
「んぐっ……!」
『ああ、昨年の合同軍事演習っすか。アレはすごかったっすねえ、戯れに参加したセンダムさんが《ラミーナ》軍1小隊をものの数分で……』
「スウォルス最高管理官! 余計な口を挟まないで下さい!」
『……すみません』
大声で怒鳴られ、会話に割り込んだ男の影はすっと引き下がる。
それと入れ替わりに、女の影が口を開いた。
『そう吠えるなレウルクよ。それよりも、次なる攻めは《セリトペー》に一任するという決議で良いのか?』
『アタクシは賛成。こっちは色々と忙しいもの、助かっちゃうわ』
『俺様も同じく。ちょいと鉄騎を建設に駆り出す必要があってな』
『自分も賛成っす。面倒……もとい大変な役目を背負ってくれるセンダムさんには頭が上がらないっすね』
『我も賛成ゆえ、これで賛成が4だな』
「…………良いでしょう。センダム姫の提言を承認するものとします」
『まあ、嬉しい。良い報せを持ち帰るよう、奮起いたしますわね』
「ふん……」
『では、内政及び外交のご報告を。《ドリブ》及び《ニンバー》への材木輸出でございますが、先月の火災も相まって国内需要が高まっておりまして、一時的に輸出を制限させていただけると……』
6人の話し合いは、時として怒号や溜息を交えながらも続いていく。
やがて話が落ち着く頃には、手元の時計は既に夕刻を示していた。
「……では、各国とも以上のようですので、これで定例首脳会談を終了します。お疲れ様でした」
『お疲れ様ですわ』
『お疲れさん』
『お疲れ様ぁ』
『お疲れっす』
『お疲れ様』
別れの挨拶と共に、5人の影が次々と煙のようにかき消えていく。
最後に1人残された女性の影は大きく溜息を吐いて、卓上のボタンを八つ当たり気味に力強く叩いた。
すると、部屋の天井に据え付けられた照明が灯り、室内を広がる暗闇を瞬く間に消し去る。
中央に座っている背広姿の女性は椅子から立ち上がり、その両目を見開いて叫んだ。
「んああっ、もう! アイツら好き勝手なことばかり言って! 特にセンダム・エケイプ! どれだけあたしに恥をかかせれば気がすむというのよ!」
眼鏡がずれ落ちそうなほどに地団駄を踏み、頭をかきむしる女性。
その度に、頭頂部に生えた三角の耳や鼻周りの細長いヒゲがふるふると揺れた。
しかし、ほどなく癇癪を治めた女性は口元をにたりと歪めて椅子に腰かけた。
「ふふっ、《ユースティル》を打倒した功績を引っさげて連合内の地位を確立しようって腹づもりでしょうけど……そうは行かないわ」
冷酷な笑みを浮かべたまま背広のポケットから通信端末を取り出し、表面に指を滑らせどこかへ通話を繋ぐ。
呼び出し音声が数度鳴った後に、背広に身を包んだ大柄な男の姿が画面に映し出された。
頭の左右から生えた、雄牛のような雄々しい角が目を引く。
『ノイザップ・ムラ、ただ今! お呼びでしょうか、レウルク首相!』
「遅い。本官からの呼び出しは2コール以内に応答するように」
『ハッ! 申し訳ありません!』
ノイザップと名乗った男は大声を張り上げ、力強く謝罪した。
それに対しレウルクと呼ばれた女性は、眉をひそめながら問いかける。
「“エル”シリーズの調整進捗はどうなっていますか?」
『ハッ! “エルパーグ”は間もなく調整完了、“エルリルド”は今しばらくかかると報告が来ております!』
「“エルパーグ”のみですか……まあ良いでしょう。調整完了次第、《ユースティル》へ向けて侵攻なさい。“エルパーグ”の操縦桿は貴官に任せます」
『は……ははっ! 仰せのままに! このノイザップ・ムラ、必ずやご期待に応えてご覧にいれます!』
レウルクからの指示を、ノイザップは姿勢を改めて承諾した。
爛々と煌めく瞳、口から覗く白い歯、固く握られた拳……。
直々に指示を受けた喜びが、全身から溢れ出ているかのようだ。
「それから、小型高速艇と試作式撹乱装置の使用も許可します。使うからには必ず成果を上げなさい」
『勿論です! では、作業員どもの尻を叩いて参りますので失礼いたします!』
通話を切って端末を卓上に置き、レウルクは軽く溜息を吐いた。
あの男は間違いなく従順であり操縦の腕も立つのだが、頭が少しばかり……いや、かなり足りない。
とはいえ、奴に頭の出来は元より期待してはいないのでさしたる問題ではない。
念のためにと下につけた副官が、上手く手綱を取ってくれることだろう。
気を取り直して立ち上がり、壁面のボタンを押す。
すると壁の一部がガラスのように透き通った素材に変化し、外の光景を映し出した。
塔のように高い建物が無数に立ち並ぶ街並。
その隙間を縫うように張り巡らされた道路上を、いくつもの車両が走っている。
日が沈みつつある風景を見下ろしながら、《ラミーナ》首相レウルク・セスラッグは静かに微笑んだ。
今日も《ラミーナ》の景色は変わらない、平和そのものだ。
その事実を双眸にしかと焼き付け、彼女はゆっくりと部屋を後にした。
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