第8話「流るる血は紅く」(6/7)
「ふうむ、新の様子がおかしかった……か」
「はい……」
その頃、《ドネスロン基地》の東側を調査しているトロフェとエイディ。
転びかけた拍子に頭から抜け落ちていた、先の戦闘中での新の豹変。
時間を置いて落ち着いたことでその事を思い出したトロフェは、エイディにそれを打ち明けていた。
「知り合ってまだ間もないですけど……あんなに声を荒げて怒る新さん、初めて見ました……」
「その時彼がなんと怒鳴っていたか、覚えているかい?」
「それが……突然のことで驚いてしまって、あまり……」
「そうか。まあ突然なら仕方ないね」
俯きつつ、申し訳なさそうに語るトロフェ。
エイディはそんな彼女を、優しい口調で慰めた。
それでも、トロフェは納得がいっていない様子だ。
「でも……」
「それに、新はその後なんでもないかのように振る舞っていたんだろう?」
「はい、すぐにいつもの調子に戻って……」
「多分、触れられたくないんだろうさ。心配しなくても、話したくなったら向こうから話してくれると思うよ」
「そういう、ものでしょうか……」
エイディにそう言われても、トロフェの表情は晴れない。
何か引っかかるところがあるようだ。
「ともあれ、今は調査に集中しよう。ほら、見えてきた」
「っ!」
エイディが指差した先に、1つの扉が見えた。
途中で見つけた基地内地図の通りなら、あの扉の先はこの基地の司令室のはずである。
2人がそっと扉に近付くと、中からは数人の言い争うような声が聞こえて来る。
室内にいる全員が喋っているとするなら、多くても3人といったところだろうか。
2人は目配せしあって頷き、呼吸を合わせて扉を開き室内へ突入した。
「動かないで! こちらとしても手荒な真似は出来れば避けたいからね」
踏み込むと同時に声を上げ、クロスボウを部屋の中央へ向ける。
その矢先には、予想通り3人の男が立っていた。
互いの胸ぐらを掴み上げて殴り合おうとする、熊のような耳の男と複眼を持った男。
そして、熊耳の男を羽交い締めにして止めようとする、くすんで濁ったような青色の肌を持つ白衣の男。
3人は間の抜けたような顔でエイディとトロフェを見ていたが、すぐに顔色を変えて行動し始めた。
青肌の男はその顔をますます青くし、頭を抱えるようにして縮こまる。
残る2人はそれとは対照的に眼光を研ぎ澄まし、銃を構えてエイディへ向けて引き金に指をかけた。
「っ、【阻め閃光】!」
それを見たトロフェが、すかさず一歩前に出て掌を突き出して叫ぶ。
掌を中心に広がる円形の障壁は、2人が放った銃弾のことごとくを阻み、床へ叩き落としていく。
そして障壁が消えると同時に、エイディがその後ろからクロスボウの引き金を立て続けに2度引いた。
撃ち貫かれた熊耳の男と複眼の男はその場に倒れ伏し、その額から真紅の血が湧水の如く流れ出す。
「《ニンバー》の兵士に、《シフ》の技術者まで……」
「人材の豊富さ多様さ、前線基地というだけはあるね。さて、そこの君」
「ひっ……!」
エイディから視線を向けられ、青肌の男は縮み上がった。
先程まで共にいた男達の死体になど目もくれず、震える瞳でエイディを見ながらガチガチと歯を鳴らしている。
エイディはその姿を見て軽く頬を掻き、それからにっこりと笑みを浮かべて男へ歩み寄った。
「落ち着いて。抵抗をしなければ決して危害は加え……」
「う、うわぁぁっ!!」
しかし、恐怖にかられた男はエイディの言葉も聞かずに叫び声を上げ、懐から小さな拳銃を取り出した。
鈍い銀色のそれは銃身も短く、まさしく護身用といった風貌だ。
しかしその銃口がエイディに向くよりも速く、青白い閃光が一筋走って拳銃を男の手から弾き飛ばした。
男は呆然とした様子で、カラカラと音を立てて床を滑走する拳銃と、閃光の走ってきた方角を交互に見比べている。
閃光を放った主……トロフェは、男の手に傷が見受けられないことを確認すると、ふう、と小さく息を吐いた。
そして、黒い手袋越しの掌からぷすぷすと細い煙を上げながら、男に歩み寄っていく。
「……い、言っておきますが……これ以上抵抗を続けられるなら、次は銃じゃすみませんからね!」
多少どもりながら、トロフェは男へ掌を向ける。
掌には青白く発光する球体が浮かび、今にも男に襲い掛からんとしていた。
その光景に男は震え、尻餅をついて後退りする。
「ひ、ひいい……!」
「とりあえず、抵抗する意思は削がれたようだね。じゃあ、早速で悪いけれど質問を……」
「……おしまいだよ」
エイディの言葉を遮り、男は俯きながら絞り出すようにそう言った。
「え……?」
「おしまい? どういうことだい?」
男の言う意味が分からず、トロフェとエイディは顔を見合わせる。
エイディが尋ねると、男はばっと顔を上げ、声を張り上げて叫んだ。
「もうじきこの基地は爆発する! 俺達は取り残されたんだ! もう俺もお前達もおしまいなんだよ!!」
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