第8話「流るる血は紅く」(5/7)
《ドネスロン基地》地下道に響く、エンジンの駆動音。
二輪式のクルマに跨るウェンは、順調に地下道の奥を目指し進んでいた。
やがて大きな扉が見えてくると、ウェンはその前にクルマを停め、扉の様子をまじまじと観察する。
ウェンの10倍はゆうに超えるであろう大扉は金属光沢を全身に纏い、前に立つ彼女の姿を歪めて映し出す。
間違いなく魔導鉄騎の発進口であろうそれは、ウェンの細腕ではとてもではないが開きそうにない。
しかし、ウェンは表情一つ動かさず、冷静に辺りを見渡す。
こんな大きな扉をいちいち人力、或いは鉄騎の腕力で開けるなどと非効率なことをするわけがない。
どこかで扉の開閉を管理しているはず、それさえ見つかれば……。
「おっ」
程なくして“あるもの”を見つけたウェンは、わずかに口端を緩めながらそれに近寄っていく。
壁に埋め込まれたモニターと操作盤の前に立ったウェンは、腰下げから幾つかの工具を取り出した。
操作盤の隙間に工具を突き立て、それを器用に少しずつ分解していく。
やがて操作盤は完全に取り外されて奥の基盤が露になると、その基板にも工具を突き立てた。
広い通路内に、鉄と鉄の触れ合うカチャカチャとした音だけがしばしの間響き渡る。
そして、ウェンが小さく息を吐きながら工具を引き抜くと、それと同時に甲高い電子音が鳴り、続けて地響きのような低く鈍い音が辺りに鳴り響いた。
音のする方を見れば、先ほどの大扉がゆっくりと開き始めている。
そう時を待たずして、人1人が余裕を持って通れるほどの幅が開くと、ウェンはその間をゆっくりくぐって中へ入った。
扉の先は、広大な空間が広がっていた。
無数のハンガーが立ち並び、そこに10機余りの魔導鉄騎が整列しているそこは、やはり鉄騎用格納庫で間違いないようだ。
小銃を構えて辺りを見渡すが、人の気配は無い。
肩の力を抜いてゆっくりと歩き出し、1機の鉄騎の前で足を止める。
《連合国家アレミック》の主力量産機、“ティッドナーヴ339”。
内蔵武装は頭部のビーム砲1門のみのシンプルな構成ながら、最大の特徴はその拡張性。
武装やアタッチメントを付け替えることで、様々な作戦や任務に対応することが可能だ。
例えば大砲を装備すれば遠距離砲撃、撹乱装置を装備すれば敵の妨害、といった具合に。
本来、敵側である《アレミック》の鉄騎をこうしてまじまじと観察する機会など無い。
戦闘で破壊され鹵獲されたものならまだしも、無傷で立っている姿というのは本当に稀少だ。
得難い経験に任務を忘れて飛びつきそうになるウェンだったが、ふとあることに気付いてその手を止めた。
「ん? ……この子達出さなかったの?」
見たところ、ここに並ぶ10機はしっかりと整備がなされている。
これだけの数の鉄騎を、戦力の足しにもせずに格納庫に放置していたというのか。
この10機も戦場に投入すれば、もしかしたら自分達を返り討ちに出来たかもしれないというのに。
とはいえ、操縦者が負傷して出撃させられなかった、という可能性もあるが……。
不審に思ったウェンは、鉄騎とその周辺を注意深く観察し始めた。
すると程なくして、妙なものを見つけた。
「あれは……」
1機の“ティッドナーヴ”の脇腹から伸びた動力チューブが、隣の“ティッドナーヴ”の脇腹へと繋がっている。
そしてそれは隣へ、そのまた隣へ……格納庫に並び立つ10機全てが、動力チューブによって繋がれていたのだ。
ウェンは首を傾げた。
一体何の為にこんなことをしたのだろうか。
こんな有様ではまともに動かすことも出来ず、出来ることといったら一時的に10機分のエネルギーを1機に集約させることくらい……。
その時、ウェンは何かに気付いて目を丸くした。
直後にその目を細め、鉄騎を繋ぐチューブを鋭く睨みつける。
「コイツら……鉄騎を何だとっ……!」
こめかみに青筋を立てて歯を軋ませ、唸るように吐き捨てるウェン。
彼女は鉄騎の足元に駆け寄り、昇降機に足を掛けて操縦席の目前まで登っていく。
そして腰下げから工具を引き抜くと、憤怒の形相のままそれを動力チューブの根本へと突き刺した。
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