第8話「流るる血は紅く」(4/7)
ノノの一閃を受け、鮮血を迸らせながら倒れる敵。
その光景に、負傷した敵2人は恐怖で身を震わせた。
どうやら、武器を手にノノを襲う気も失せてしまったらしい。
「はーい、お2人さん大人しくしててね。それ以上怪我したくないでしょ?」
刃に滴る血を拭き取りながら、ノノが軽い調子で言う。
その言葉に観念したのか、2人の敵は顔を見合わせ、大きなため息とともにヘルメットを脱ぎ捨てた。
その瞬間、新は目を丸くして彼らの素顔を見た。
太腿を撃たれた方は、頭頂部から猫のような耳が生えている。
その隣の肩を撃たれた方は、まるで昆虫の複眼のような巨大な瞳を持っている。
どちらも顔の形や体格などは新の思い描く「人間」に近いものだが、彼の常識では存在し得ない不可思議な存在だ。
ふと、足元に倒れている敵に目を落とす。
ヘルメットを剥ぎ取ってみると、彼の頬には鱗のようなものが幾つか並び、瞳も蛇か何かのように細長くなっていた。
「どしたの? ……って、そっか。新って《アレミック》の人と直接会うのって初めてだったっけ」
ノノの言葉に、新は黙って小さく頷く。
すると、ノノは自分が斬りつけた敵に歩み寄り、そのヘルメットを引き剥がした。
新は鱗の死体をその場に置いてノノに近寄り、その敵の姿を覗き込む。
こちらは「人間」にだいぶ近いように見えるが、もみあげをよく見ると、鳥の翼のような特異な形をしていた。
「こっちは《ドリブ》の人だね。そっちどんなだった?」
「あー……頬に鱗があったな。あと瞳が細い」
「じゃ《セリトペー》の人だ。そんでこっちの耳の人が《ラミーナ》で目がおっきい人が《ニンバー》だね」
「随分色々居やがるんだな」
「そりゃまあ、ここアタシ達と戦う最前線だしね。あちこちから人材かき集めてたのかもよ」
「ふーん……ん?」
ふと、新は視線を感じて顔を上げた。
視線の主は、先程ノノが指し示した医務室の扉の影からじっとこちらを覗いている。
新から見られていることに気付いたのか、視線の主は弾かれたように扉の影から飛び出し、右手で拳銃の形を作ってそれを新達へと向けた。
「さ、下がって! その人達を治療させて下さい! さもないと、撃ちますよ!」
震える声でそう言い放ったのは、褐色の肌と鮮やかな金糸雀色の髪を持った女性だった。
清潔感のある白い衣服に身を包み、医務室から出てきたところを見ると、どうやら彼女は衛生兵のようだ。
拳銃を模った指先には淡い空色の光が灯り、新の左胸をぴったりと狙っている。
「今度は《エールト》の人だ。ホントに勢揃いって感じだね」
「……好きにしろ」
新が銃を下ろして2、3歩退くと、女性は負傷した2人に駆け寄った。
手に提げた救急箱を開け、慣れた手つきで手当てを施していく。
近くでよく見ると、どうも女性の肌はただ褐色というわけではなく、何か木目のような模様が走っていた。
これが《エールト》人の特徴なのだろうか。
新がそんなことを考えている間に銃弾は素早く摘出され、傷口には綿のようなものが押し当てられた。
女性は2人の男に肩を貸すと、力を込めてその体をぐっと持ち上げ、医務室へとゆっくり入っていった。
と、その途中でピタリと足を止め、新とノノへ刃のように鋭い視線を向けた。
「この基地を落とした騎士団の人達がこんなところまで……目当ては医療品ですか?」
「あ、ああ……」
「ならお帰りください。ここの医薬品医療品はほぼ持ち出されました。この部屋に残された数人に使うぶんでいっぱいいっぱいです!」
そう言い放つと、女性は扉の中へと消えていった。
後に残された新とノノは、顔を見合わせて首を傾げ、どちらからともなく歩き始める。
「……怖かったねー」
「殺して怪我させた張本人の俺らが言えた義理じゃねえがな。とりあえず、食堂も見てみっか」
「そだね。この調子じゃこっちもほとんど持ち出されてるかもだけど」
「かもな。…………」
歩きながら、新は眼前で起きた出来事を振り返る。
人とわずかに異なる特徴を持った、異形の敵。
彼らを傷つけた際に流れた、紅の血。
自分から見ればまるで化け物のような彼らでも、
「……血は同じ赤色なんだな」
「へっ?」
ノノが目を丸くして新の顔を覗き込む。
どうやら、頭の中で考えていたことが口から漏れ出てしまったらしい。
慌てて口元を押さえて目を逸らす新に対し、ノノは心配そうな表情で新へと歩み寄ってきた。
「……大丈夫? もしかしてアレ? 敵の素顔見て戦いにくくなっちゃった、みたいなヤツ……?」
「……いや、問題ねえ。ほら、行くぜ」
「あっ、待ってよ新!」
ノノは首を傾げて問うたが、新は答えない。
ただ誤魔化すように笑い、目的地である食堂へ向いている足を速めた。
突然のことに驚いたノノも、早歩きでそれについていく。
戦いにくくなった? とんでもない。
むしろ銃弾が通じると分かった今、躊躇う要素は消え去った。
素顔がどうというのは、元より関係ない。
戦える。斬れる。撃てる。殴れる。蹴れる。狩れる。
躊躇も葛藤も逡巡も無く、今まで通り、いや、むしろ今まで以上に。
新の瞳は闘志にぎらつき、口からは牙のように鋭い歯が覗く。
すぐ前を歩く彼がそんな獰猛な表情を見せていることを、ノノは知る由もなかった。
────