第8話「流るる血は紅く」(3/7)
「……この一帯は兵士の寝室か。空き巣にでも遭ったみてえな荒れ方だな」
「寝室じゃ大したもの残ってなさそうだねー。次行こっ」
《ドネスロン基地》の西側を調査している、新とノノ。
幾つかの部屋を確認したところで、今いる区画がいわゆる寮・宿舎にあたる施設らしいことを察していた。
荷物が散乱し、シーツは畳まれることなく放り出され、そもそも扉に鍵すらかかっていない。
余程大慌てで、最低限のものだけ抱えて逃げ出したのだろう。
扉を閉め、2人は物音ひとつしない廊下を進んでいく。
と、新が壁面にあるものを発見して足を止めた。
「……おっ、こりゃ基地の地図か」
「今いるのがここだから……おっ、こっちに行けば医務室と食堂だって!」
「医療品やら食料やら、まあ何かしらあるだろうな。行くか」
「おーっ!」
2人は頷きあい、地図にある医務室を目指して歩き始める。
しばらく歩けど道中に人の気配は無く、2人の緊張感も次第に緩みを見せ始めていた。
不意に、ノノが口を開く。
「そーいやさー、新ってどうして戦ってんの? 何だっけ、トーゴーグンってとこに入った理由」
「あ? ……そりゃお前……色々だよ、色々」
「色々かー。そりゃみんな色々あるよねー」
少し間を置いてから曖昧な返答を返した新だったが、ノノは特に引っかかる様子もなくそれを流した。
剣を鞘ごとガラガラと引きずりながら、左右をキョロキョロと警戒している。
十字路に差し掛かったところで足を止めた彼女は、目を丸くしながら右手の方角を指差した。
「……おっ、アレって医務室じゃない?」
「だな、じゃ早速……っ、跳べノノッ!」
「どわわっ!?」
突然叫んだ新がノノの背を押して突き飛ばすと、その頭上を銃声と共に1発の銃弾が通過した。
医務室の更に向こうから突然数人の人影が姿を現し、先頭の1人が銃を構えて発砲したのだ。
銃声でノノも流石に状況を察したのか、床をゴロゴロと転がりながら十字路の先へと身を隠した。
当の新も咄嗟に飛び退いて身を隠しながら、そっと廊下の先を覗き込む。
人数は4人、ヘルメットで隠されその素顔は見えないが、体格からして恐らくは全員が男性。
ヘルメット以外は比較的軽装に見えるが、少なくとも多少の防弾機能くらいはあると考えた方が良いだろう。
数の上ではやや不利だが、新はむしろ不敵な笑みを浮かべていた。
そしてハンドガンを構え、敵に悟られぬよう摺足で数歩下がる。
そして呼吸を整えると、突然ノノがいる方へ向けて走り出し、勢いよく床を蹴って敵が待ち構える廊下へと飛び出した。
「なっ……!?」
「ええええええええええええっ!?」
敵もノノも、驚きのあまりその場に硬直してしまった。
今まで隠れて様子を伺っていた新が、突然目の前にその身を曝け出してきたのだ、無理もないだろう。
それと同時に2度銃声が響き渡り、一瞬遅れて2人の敵が呻き声を漏らしながらうずくまった。
「ぐっ……!?」
「お、おい!?」
飛び出してきた新に撃たれた2人は苦しそうに肩や太腿を押さえるが、その指の隙間からは紅い血が止めどなく流れ出てくる。
それを尻目に着地した新は素早く身を屈めて転がり、ノノの隣でピタリと停止した。
「よし、戦力半減。これで楽に狩れるな」
「半減? 2人怪我させただけじゃん?」
「直接は、な。見てみな」
新の言葉にきょとんとしつつも、ノノはゆっくり角を覗き込む。
反射的に響く銃声にすぐさま顔を引っ込めた為に、全容までは見えなかった。
しかしそれでも、どうも立ってこちらを警戒しているのは1人だけらしいことは確認できた。
「ホントはスパンと一撃必殺ブチかますつもりだったんだが、慣れねえことはするもんじゃねえな」
「もう1人は……っとと、撃たれた2人の応急手当してるっぽいね」
「な? 手負いが2人、その手当てにかかるヤツ1人、無事なヤツ1人……およそ半減だ」
「アタシが言うのもなんだけど、計算大雑把すぎない?」
「いいんだよ、細けえとこは」
会話を交わす2人の耳に、廊下に反響してコツコツと足音が響く。
どうやら警戒していた敵の1人が、痺れを切らしてこちらへ接近してきているようだ。
驚いて腰のクロスボウへ手を伸ばすノノとは対照的に、新は至極冷静にハンドガンを構えた。
そしてぐぐっと姿勢を低くし、敵が近付いてくるのを今か今かと待ち構えていた。
足音はどんどん大きくなってゆき、敵の接近を暗に知らせる。
そして、敵が銃を構えたまま十字路の角へ身を乗り出した、その瞬間。
「ッシ!!」
「がっ……!?」
身を捻りながら勢いよく飛び出した新の体は、敵の股下をくぐらんとしていた。
その体勢のまま、新は素早くハンドガンの引き金を引く。
放たれた銃弾は真っ直ぐ上に飛び、防弾服にもヘルメットにも守られていない、無防備な顎へとめり込んだ。
敵は顎から蛇口のように鮮血を噴き出しながら仰向けに倒れ、やがて動かなくなってしまった。
怪我をした敵も、それを手当てする敵も、驚きに表情を強張らせたままそれを呆然と眺めている。
「ひぇー、やっるぅ」
「そういうのは後だ。まだ残ってんだぞ」
「じゃ、あっちはアタシが!」
ノノは叫ぶと、右手に剣を左手にクロスボウを持ち、真正面から全力疾走で残る敵に向かって突撃していった。
その突撃に対し、敵の内肩を撃たれていない2人が咄嗟に銃を構える。
彼らの銃口が狙うのは、突進してくるノノの眉間。
しかし、それを見てなおノノは不敵に笑う。
「とおりゃあぁっ!!」
腕を大きく振りかぶり、銃を構える敵目掛けて手に持った武器を勢いよく投げつけた。
……左手のクロスボウを。
「はぁっ!?」
当然、敵のみならず新もその行動には仰天して目を見開いた。
クロスボウは太腿を負傷した敵の顔面に激突し、カランと音を立てて床に落ちる。
それに敵が気を取られている隙に、ノノは無傷の敵の目前へと一気に距離を詰め、両手で握りしめた剣を高く振り上げた。
そして、
「せいやぁっ!!」
掛け声と共に、ノノが剣を振り下ろす。
白銀の軌跡は敵の左肩から右脇腹にかけて一直線に走り、直後に鮮やかな紅色が飛び出して辺りを彩った。
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