第8話「流るる血は紅く」(2/7)
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それからしばらくして、“イシュローラ”と2機の“イフシック”を乗せた“アフサーブ”は《ドネスロン基地》の敷地内に乗り上げていた。
“アフサーブ”を降りた新達5人は、雨避けの外套を纏って眼前の基地施設を見上げる。
ところどころ焼け焦げて窓も割れ、不気味なまでに静まり返った姿は、まさに廃墟と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出していた。
「……まるでお化け屋敷だな」
「ねえエイディ、なんでわざわざ中に入って調査なんかすんの? 外からバーンと壊しちゃえば……」
「それじゃ中の資材やらまでパーになっちゃうでしょうが。使えるモノが残ってたらありがたくいただくのよ」
「まあ、大半は持ち出されてる可能性が高いだろうけどね。念のために調査は必要さ」
「…………」
調査前の話し合いの最中でありながら、トロフェは皆の話も聞かずにただ新を見つめていた。
何だったのだろう、あの変貌ぶりは。
今は平然としているが、あの時の彼は明らかにどこかがおかしかった。
突然激昂して敵に掴みかかって馬乗りになり、在らん限りの憎しみを吐き出しながら執拗に刃で突き刺し続ける……。
とてもではないが、普段の新からは想像もできない姿だ。
トロフェが止めなければ、一体いつまで続けていただろうか。
そもそも、何が彼をそこまでさせたのか。
ゴダードン・エイドと名乗った敵の言動に対してだろうか、それとも……。
「トロフェ。……おい、トロフェ」
「は、はいっ!?」
「どうしたんだい? 突然呆けるなんてトロフェらしくないね」
「す、すみません! えっと、基地施設内の調査ですよね!」
「うん。新とアタシが西側、エイディとトロフェが東側、ウェンが地下を見に行くんだって!」
紺青色の髪を揺らして頭を下げるトロフェに、ノノがにこやかに説明した。
東西に伸びたこの基地を、二手に別れて調査すること。
そして、発進口から地下へと伸びていく施設の調査をウェンが担当すること。
……いずれも、トロフェが考え事をしている間にエイディが発言したことそのままだったが。
「でもそれって、ウェンに危険は無いんですか?」
「危険なんて今更よ。支援機とはいえ戦場に立ったんだし」
「そ、それはそうですけど……」
「それに、ここの地下を調べるんならこの中じゃ私が最適よ。でしょ、エイディ?」
「そうだね。改めて説明すると、基地の形状から見るに、恐らく司令室は東側にあると思われる」
「確かに、東の端っこがちょっと出っ張ってるね」
「で、新とノノに見てもらう西側。こちら側に資材や食糧なんかの保管庫が無いかと、僕はそう睨んでいるんだ」
「改めて聞いてっと、山賊か何かみてえだな。ま、いいけど」
「最後に地下。発進口から続いていることから、ほぼ間違いなく鉄騎のドック、格納庫へ続いているだろうね。つまりはウェンが適任ってことさ」
「任せて。こういう時のために“アフサーブ”にクルマ1台積んできたんだから」
得意げな表情で、傍に停めたクルマを撫でる。
機関銃を両側に携え、牙や目玉のような模様を塗装されたその物騒な外見。
新が触れるべきか迷っていると、ウェンは大きく脚を上げてそのクルマに跨った。
「じゃ、早速行ってくるわ」
「気をつけて。何かあったらすぐ通信で知らせてくれ」
「分かってるわ。それじゃ、また後で」
淡々と告げるとウェンはそのままクルマを走らせ、発進口の中へと姿を消していった。
「よし、僕らも行こうか」
「りょーかい!」
エイディを先頭に、4人が足を踏み出す。
小さな瓦礫や硝子片を踏み砕く音を鳴らしながら、トロフェは横目でチラリと新を見やる。
やはり普段通りで、特に苛立ったりしている様子は見られない。
とすると、先程の荒ぶりようは一体なんだったのか。
……そういえば、過去にも新の様子がおかしかった時が1度だけある。
あれは確か……
「ひゃあっ!?」
「おっ……と、大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます……」
突如、濡れた床に足を取られたトロフェの体がバランスを崩して大きく傾いた。
その眼前には、大小様々な瓦礫や硝子片が散乱している。
もしこのまま突っ込んでいたら、顔のあちこちを切り付けられて大惨事となっていたことだろう。
まさに今のように、隣に立っていた新が彼女の体を抱き抱えるように支えていなければ。
「おおっ、お2人さんったら情熱的ー」
「茶化さない茶化さない。基地内の床はここまでじゃないだろうけど、足元には気をつけてね」
「すみません……」
気恥ずかしさから、トロフェは頬を赤く染めて縮こまってしまう。
その時には既に、新の態度に関する疑問は既にトロフェの脳内から消え去ってしまっていた。
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