第8話「流るる血は紅く」(1/7)
ウェンの砲撃で砲艦が倒壊した頃、《ドネスロン基地》司令室。
「ほ、砲艦大破! 敵機、なおも接近中!」
「司令! 第6陣、要員確保困難と報告が!」
「第4陣、残存戦力3機……あっ、いえ2機! たった今2機になりました!」
「あ、あ、あああ……」
立て続けに飛び込む絶望的な報告の数々に、基地司令は思わず言葉を失った。
ほんの3日前に痛手を被ったばかりとはいえ、たった3機……いや、支援機を含めた4機にここまで追い詰められるというのか。
何故だ、何故こんなことに。
頭を抱える基地司令の元へ、更なる絶望が舞い込んだ。
「司令! 応援要請に対し、本部から返答が!」
「何と言ってきた?」
「……『現在本部は余分な戦力を保有していない。各基地も最低限の戦力で運用している為、独力で対処されたし』……との、ことです……」
「……見放されたか……」
基地司令は大きくため息をついた。
本部の狙いは大体予想がつく。
今この《ドネスロン基地》を護衛して戦力の補充や修繕を行うとすると、かかる費用も馬鹿にならない。
それよりは、これより南に位置する補給基地に防壁等を増設した方が安くで済む……といったところだろう。
理解は出来る、損失は少ない方がいい。
切り捨てられるものは切り捨てるべき……戦争とは、そういうものだ。
諦めたように首を振り、基地司令は部下の1人へ目を向ける。
「第3格納庫に繋げ」
「はっ」
『こちら司令室。例の準備は済んでいるか?』
『はい。後は起動させるだけです』
『ならば起動を45分後に設定、そのまま脱出艇に乗り込んで待機せよ。以上だ』
『は……ははっ! 失礼いたします!』
通信を切った基地司令は、勢いよく椅子を蹴飛ばした。
そうして司令室中の視線を自分に集め、大きく息を吸って口を開いた。
「本時刻をもって《ドネスロン基地》を放棄する! 全員速やかに第5格納庫より脱出艇に乗り込め!」
「はいっ!」
「現存するデータは記録媒体ごと物理的に破棄! 心配するな、どうせ重要なものは本部に送信済みだ!」
「はいっ!」
基地司令の言葉に従い、兵士達は次々に席を立つ。
そしてデスクからUSBメモリやディスクに似た装置を引き抜き、我先にとそれを破壊し始めた。
ある者は踏み付けて、またある者は腰に提げた拳銃で。
そして壊し終えた者から順に、駆け足で司令室を後にしていく。
2分と経たずに、司令室にいるのは基地司令1人だけとなった。
彼は1人、基地内全体への放送用マイクへ再三に渡って避難の勧告を続けていた。
「……よし、こんなところだろう。俺も急がなくてはな……」
重い腰を上げ、モニタ内蔵のデスクにありったけの銃弾を撃ち込む。
バチバチと火花を散らすデスクに背を向け、彼は一目散に走り出した。
本来なら、部下全員の避難準備が完了するのを確認してから動くべきなのであろうが、生憎とそこまでの聖人君子ではない。
彼とて人の子、いざと言う時に最も優先すべきは自らの命なのだ。
何より、繰り返しの避難勧告で基地司令としての責務は充分に果たしているはずだ。
あれだけ何度も呼びかけられて、それでも動かない者などいるわけがない。
そう自分に言い聞かせ、基地司令は基地内の廊下を走った。
しかし、彼は気付いていなかった。
砲艦が倒壊した際に飛散した残骸が基地施設にめり込んだ結果、一部の通信回線が断線していることに。
「なあ、もし奴らが基地内に殴り込んできたら……」
「決まってんだろ、そん時ゃ返り討ちにしてやるのさ!」
「おう! 反乱軍どもにいつまでも好き勝手させるかよ!」
そして、断線した区画に残された兵士達の、冷めること無き熱い闘争心に。
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