第7話「ドネスロン、鈍に沈む」(8/8)
「……ふざっ、けんなぁあ!!」
怒号と共に重装型“ティッドナーヴ”へと突撃していく新の“イシュローラ”。
それを見てなお、ゴダードンは冷静だった。
何故なら、彼は“イシュローラ”との交戦時の映像記録から、その行動パターンのおおよそを把握していたからである。
今までの傾向から考えれば、次の一手はほぼ間違いなく大剣を引き抜いて真正面からの兜割りだろう。
それなら慌てず一歩退いて躱し、奴が大剣を振り下ろした隙を突いて攻撃を食らわせてやればいい。
ほくそ笑むゴダードンは手斧に手を掛け、真っ直ぐに“イシュローラ”を見据える。
しかし、その瞬間にゴダードンは驚きに目を見開いた。
“イシュローラ”は大剣を構えることもなく、素手のままこちらに掴み掛かろうとしていたのだ。
「っらぁあ!!」
「ぐっ……!?」
全く速度を弱めることのないまま、“重装”の頭を鷲掴みにする“イシュローラ”
突然のことに動揺して対処できず、ゴダードンの駆る“重装”はいとも容易く押し倒されてしまった。
その勢いのまま、“イシュローラ”は掌底で“重装”の頭部を押し潰す。
ぬかるんだ地面に叩きつけられた“重装”の首は、その衝撃でバチバチと音を立てながらもぎ取れてしまった。
馬乗りになった“イシュローラ”は、首無しとなった“重装”へ冷たい視線を投げつける。
と、呆然としていたもう1機の敵が慌てて手斧を構え、“イシュローラ”へ向けて駆け出した。
「邪魔だッ!」
しかし、新はそれに一瞥もくれずマシンガンを引き抜き、引き金を引く。
敵は瞬く間に胸を撃ち抜かれ、そのまま崩れ落ちてしまった。
その下で踏みつけられるゴダードンに、最早できることはほとんど無い。
ただ恐慌状態に陥り、手足をばたつかせてもがくのが精一杯だった。
『ひぃっ、ひぃぃっ! 放せ、放せぇっ!』
『…………だけが……』
『へっ……?』
ボソボソと呟きながら、背からブレードを引き抜いて逆手に構える“イシュローラ”。
その刃先は、真っ直ぐ“重装”の胸部……ゴダードンが乗る操縦席を捉えていた。
『……テメェらだけが……』
『テメェらだけが、“被害者面”してんじゃねぇえっ!!』
怒りを込めた絶叫と共に、ブレードを振り下ろす。
目に見えぬほどの速さで激しく振動するブレードの刃は、まるでケーキを切り分けるナイフのようにするりと突き刺さった。
『ギッ』
馬乗りになったままブレードを引き抜き、また勢いよく突き刺す。
少しずれて刺さったブレードを、また引き抜いて突き刺す。
引き抜いて、突き刺す。
引き抜いて、突き刺す。
引き抜いて、突き刺す。
その度に、“重装”の腕が衝撃でビクビクと揺れる。
「あ、あの、あ、新さん!?」
「ざけんなっ! テメェがっ! テメェだけがっ!」
見兼ねたトロフェが慌てて呼びかけるも、新はそれには応えない。
ただ怒号と共に、刃を振り下ろし続けるだけだ。
後ろからでは、その表情を窺い知ることは出来ない。
「新さん! 新さんってば!」
「んな戯言っ、よく言えたなっ! テメェらがっ、散々よぉ!」
「……っ、新さんっ!!」
「っ!」
何度呼びかけても応えない新に対し、とうとうトロフェが動いた。
“イシュローラ”の翼をアーム状に変形させ、後ろから振り下ろされる腕を羽交い締めのようにして無理矢理止めたのだ。
同じ機体故にほぼ同じだけの力、“イシュローラ”の腕が止まらない道理は無かった。
「…………トロフェ……」
「もう……止めましょう、新さん……。その人、もうとっくに死んじゃってますよ……」
「…………」
俯き、消え入りそうな声でそう言うトロフェの方を振り向いた新は、そのままゆっくり眼前の“重装”に視線を落とした。
頭をもぎ取られ、胸に無数の刺し傷が刻まれた痛々しい姿のそれは、ピクリとも動き出す様子が無い。
トロフェの言う通り、操縦者であるゴダードンが死んだのであろう。
思えば、怒りに駆られてブレードを振り下ろす合間に、『ギッ』という小さな音が通信機越しに聞こえた気がする。
あれが、ゴダードンの断末魔だったのだろうか。
力なくブレードを取り落としたちょうどその時、通信機から声が飛び込んできた。
『こちらエイディ。2人とも、無事のようだね』
『あっ、えっと、はい。大丈夫です』
『それは何より。どうやら連中、この基地を放棄したようだ』
『本当ですか?』
『ああ。何隻もの脱出艇が我先にと南下していったからね、ほぼ間違いないだろう』
『良かった。じゃあ作戦は成功ですね』
『9割ほどは、ね。一応基地内を調査するから、一旦“アフサーブ”に集まろう』
『了解です。では』
通信が切断されるや否や、“イシュローラ”は勢いよく立ち上がり、取り落としたブレードをひょいと拾い上げてみせた。
「よっし、戻るか」
「えっ? え、あ、はい……」
トロフェの方をくるりと振り向いた新の様子は、普段と特に変わりないように見えた。
先程までの激昂ぶりが、まるで嘘のようだ。
戸惑うトロフェを気にも留めずに新は操縦桿を切り、遥か後方に待機する“アフサーブ”貨物車へ向けて前進していく。
その間操縦席で会話は無く、本降りになった雨が機体にぶつかる音だけがこの狭い空間を支配していた。
「…………新さん……?」
トロフェがぽつりと零した言葉も、雨音に飲み込まれ、跡形もなく消え去ってしまう。
そんな中で、彼女はただ眉をひそめ、何食わぬ様子の新の姿をじっと見つめ続けていた。
To be continued...
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キャラ・メカ・用語
○メカ
(1グノール=1メートル、1イヴァフ=1トン)
名前:アフサーブ
分類:小型高速輸送、並びに戦闘支援車両
全長:31グノール(貨物車含め189グノール)
重量:560イヴァフ(貨物車含め1040イヴァフ)
武装:機関砲×2、誘導弾×4、対艦砲×1
ウェンが操縦を担当する、小型高速輸送車両。
魔導鉄騎3機を搭載し、それらを上回る速度で走れるほどの馬力を誇る。
先頭車両は、貨物車を切り離すことで戦闘支援車両としても活動可能。
名前:イフシック(エイディ機)
分類:魔導鉄騎
全長:22グノール
重量:250イヴァフ
武装:片手剣×1、クロスボウ×1、長槍×1、狙撃用アタッチメント×1、盾×1
エイディ用に改造を施された山吹色の“イフシック”。
増強されたレーダーにより広い視野を持ち、指揮官機としての役割を備える。
また、専用のアタッチメントをクロスボウに装着することで長距離の狙撃も可能。
名前:イフシック(ノノ機)
分類:魔導鉄騎
全長:20グノール
重量:285イヴァフ
武装:片手剣×3、クロスボウ×1、大盾×2
ノノ用に改造を施された臙脂色の“イフシック”。
全身に増加装甲と両肩に可動式の長方盾を装備し、防御力に長けている。
また背部の噴射装置も増強されており、加速力も非常に高い。