第1話「黒狼、吼える」(3/5)
それから四日後の朝。
統合軍が保有するWV輸送船の格納庫へと、新達第四分隊は向かっていた。
既に船は出航しており、作戦目的地に海から接近している。
警備員に会釈して格納庫に入ると、そこには彼らの愛機である“狼羅”が四機、万全の整備を受けて待機していた。
そして、その奥にもう一機。
「……コイツか」
グレーの“狼羅”とは対照的な、ブラックで塗装された装甲。
比較すると左肩のキャノン砲が無く、また一部装甲も少ない。
これこそが、“狼羅”の試作機、“狼羅・零式”である。
「うおおっ、カッコいいッス! ブラックバージョンッス! 男児の憧れッス!」
「佐間は女子だ! 男児ではない!」
「意外と戦えそうだね、もっと骨董品かと思ってたよ」
「キャノン砲が無いってことは……天道は必然的に前衛ね」
「そこは構わねえよ。俺は元々キャノンあんま使ってなかったしな」
その時、船内全体にけたたましい警報音が響き渡った。
目的地が間近に迫った合図だ。
それと同時に五人の顔つきが変わり、それぞれ自機の搭乗口へ向けて駆け出していく。
それからしばらくして、接岸した輸送船が大きく揺らぎ、格納庫の出口が大きく開いた。
『みんな分かってるわね? 作戦目的はこの一帯を占拠する敵部隊の殲滅。各方面から同時に仕掛ける包囲戦だから、誤射だけは気をつけなさいよ』
『了解!』
『じゃ、行くわよ? 第四分隊、出撃!』
山崎の号令に従い、五機は順に船を出て大地に降り立った。
そのままローラーで急加速し、前方へ向けて突撃していく。
既に戦闘は開始しており、周辺のあちこちから爆煙が上がっている。
程なくして、山崎機のレーダーが接近する敵の反応を八つ捉えた。
『佐間、堀田! 牽制して! その隙に私達で仕掛けるわよ!』
『ラジャーッス!』
佐間と堀田が指示を受けてキャノン砲を発射し、先手を取る。
直撃こそしなかったが、敵の動揺を誘うには充分だった。
キャノン砲を回避しようとする隙を突き、山崎と河野がマシンガンを乱射しながら突撃していく。
直撃を受けた一機が爆発し、その隣の一機も防御しようとしてバランスを崩してしまう。
そこへ突然“零式”が飛びかかり、逆手に構えたブレードをその胸へ深々と突き刺した。
更にブレードを突き刺したままマシンガンを構え、残りの敵へ向けて引き金を引く。
足を止めて防御に入った敵を、今度は河野が脇からブレードで切り裂いて仕留めた。
その背後から迫ってきた敵が手斧を振り下ろそうとするが、山崎がそこへキャノン砲を撃ち込む。
頭部を破壊された敵は手斧を取り落とし、ゆっくりと崩れ落ち、すかさず山崎のマシンガンでとどめを刺された。
『助かった、山崎!』
『気ぃ抜いちゃダメよ!』
敵が頭部から放つビーム砲をシールドで防ぎながら距離を詰め、佐間がそのまま体当たりで転倒させた。
無防備になった敵は至近距離から銃弾を浴び、無惨な残骸へと姿を変えていく。
堀田はマシンガンで牽制しながら敵部隊を注意深く観察し、最後部の敵が背負った大砲の用意をしていることに気付いた。
すかさず距離を詰めながら狙いを定め、その長大な砲身を狙い撃って破壊する。
大砲の爆風で焼きつく敵から目を反らし、次なる目標を見定めた。
しかし、その敵は既に新のブレードによって袈裟懸けに斬り裂かれていた。
あっという間に最後の一機となってしまった敵は、やぶれかぶれでこちらへ手斧を投げつけてくる。
それを新が軽く弾くと、とうとう背を向けて逃げ出してしまった。
だが、それを見逃すほど彼らは甘くはない。
堀田と佐間がキャノン砲で集中砲火を仕掛けた結果、最後の一機も呆気なく爆散してしまった。
『快勝だな!』
『油断しないで! もう第二陣来てるわ! 数は六、先頭のはデータの無い新型よ!』
『新型か……よし! 俺と天道で突っ込んで出鼻をくじくとしよう!』
『おう。……それでいいか、山崎?』
『うーん……ま、普段から突っ込みがちなアンタ達が適任か。任せたわ』
『よし、やってやろうか』
『おう!』
新と山崎を先頭に、五人は敵の第二陣へ向けて突撃を開始する。
やがて見えてきた敵の先頭に立つのは山崎の言葉通り、これまでに見たこともないような異様な姿をしていた。
その巨大な両腕に拳は無く、銃口にも似た大きな穴が空いているだけだ。
また全体的に装甲板があまりにも少なく、フレームが部分的に剥き出しになっている。
速度が他と比べて速すぎるのか、味方から離れて単騎で接近してきているようだ。
『……たしかに、“三角耳”とはだいぶ面構えが違うな』
“三角耳”というのは、IOX機を呼び分ける為に現地の兵士達が名付けた俗称だ。
“三角耳”は手斧で武装した最も多く出現例のある機体であり、過去に遭遇したIOXの七割はこの“三角耳”であるとも言われている。
『こういう時は、先手必勝だ!』
河野が勢いよくブレードを引き抜き、更に加速して新型へ飛びかかる。
それを見て新型は、防御するかのように両腕を頭上に掲げた。
そこへ河野がブレードを渾身の力で振り下ろし……
……河野のブレードが両断され、その刃が音を立てて大地へ落ちた。
あまりに突然の出来事に一瞬動きが止まった河野だったが、直後に事態を理解してブレードの残骸を投げ捨て新型から距離を取る。
新型は両腕の先にある大きな穴から、剣のような形に纏まったビームを放出していた。
それを振るって、河野のブレードを逆に切断してしまったのだろう。
河野は慌てて後退しつつマシンガンを乱射するが、新型はそれを左右に飛び跳ね軽快に回避してみせる。
更にはビームをそのまま撃ち出し、とっさに構えた河野のシールドを弾き飛ばした。
『むう、なんと身軽な!』
『拳が無い、拳が見えない……あっ、アイツの呼び名“萌袖”とかどうッスか?』
『言っている場合か!』
『取り巻きも追いついてきたよ。僕はこっちを散らす』
少し遅れて接近してきた五機の“三角耳”へ向けて、堀田と佐間、そして山崎がキャノン砲で先制攻撃を仕掛ける。
新は河野の援護に入り新型をマシンガンで狙うが、相変わらずかすりもしない。
両者の間に割って入り、ビーム剣による猛撃を避けながら河野へ呼びかける。
『河野。あの“長袖”の足を止める方法思いついたぜ』
『違うッス! “萌袖”ッスよ!』
『どっちでもいい! って、本当か天道!』
『ああ。とりあえず、俺が今立ってる辺りの地面をキャノンで吹っ飛ばせ』
『へ? ……ほ、本当に良いのだな!?』
困惑しつつも河野は新の足元へ狙いを定め、引き金を引いた。
後方から音が響くと同時に新はそれを横飛びに避け、結果としてキャノン砲は“長袖”にも当たらず、地面に着弾して爆発した。
それによって巻き起こった土煙が、“長袖”の視界を一瞬奪う。
直後、“長袖”の背後に回った新が頭から股にかけて縦に両断し、これを破壊してみせた。
『っし、ナイス河野!』
『うむ、お前こそ!』
互いの拳を打ちつけあい、二人はすぐさま味方の援護に向かう。
見ると敵は攻撃もそこそこに、こちらの攻撃を回避することにばかり専念しているように見える。
こちらの弾切れ狙いか、或いは何かの時間稼ぎか……。
観察していると、その内の一機がとうとう戦線を離れて逃げ出していった。
『どうやらアイツが鍵みたいね。他のは未だに逃げずにいるもの』
『なら、アイツを追うか?』
『ええ。天道、一足先にお願い。こっちを片付けたら私達も向かうわ』
『ああ、任せとけ。じゃあな』
仲間達に別れを告げ、新はアクセルを全開にして敵を追いかける。
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