第7話「ドネスロン、鈍に沈む」(1/8)
鈍色の厚い雲が陽光を遮り、しとしとと降り始めた雨が芝を濡らす。
雷鳴を孕んだ雲はゴロゴロと獣の唸るような音を鳴らし、その隙間から稲光が見え隠れする。
程なくして雷を伴う大雨となるであろう天候の中を、1つの巨大な影が走り抜けていく。
探照灯を眼光のように鋭く光らせ、轍を爪痕のように地面へ刻みつけて走るそれは、大型の装甲車両だった。
いや、大型という表現でもまだ足りないだろう。
何せ、その高さは通常の魔導鉄騎を更に上回っているのだ。
その上、自身の背の4〜5倍はあろうかという巨大な貨物を引きずっている。
最早車両というよりも、小型の輸送艇とでも言ったほうが的確だろう。
「……随分速いな、まるで新幹線だ」
「そのシンカンセンっていうのは分かりませんけど、確かに速いですね」
小型高速輸送車両“アフサーブ”の中で、新達は窓の外を流れる風景を眺めていた。
途中木々や岩が過ぎ去っていく速さから、“アフサーブ”が物凄い速度で走行していることは容易に察せられる。
“アフサーブ”は現在、《神聖帝国》を出て真っ直ぐ南下していた。
目的地は南に聳える《ラミーナ》軍前線基地の1つ、《ドネスロン基地》。
そこを急襲すべく、“アフサーブ”は新達とその鉄騎を載せて走っていた。
「2人とも、そろそろ出撃の準備をしよう」
「あと10分で作戦領域だって、ウェンが言ってた!」
「マジか、速いな」
「じゃ、急ぎましょうか!」
報せに来たエイディ、ノノと共に、新とトロフェは駆け足で待機室を飛び出した。
貨物車の中に入った4人は足場を伝い、それぞれの乗機の操縦席へ乗り込んでいく。
先頭に立つのは臙脂色のノノ機、続いて山吹色のエイディ機、そして最後に新とトロフェの《イシュローラ》だ。
『全員、準備は出来てるわね?』
『エイディ、準備よし』
『ノノ同じく!』
『こっちもいけるぜ』
通信機を通し、ウェンと新達4人が言葉をかわす。
彼女は“アフサーブ”の運転席に座り、時折レーダーに視線を落としながら1人操縦桿を操っている。
そしてそのレーダーが、目的地……《ドネスロン基地》に接近しつつあることを知らせていた。
そして、4人に伝えるべきことがもう1つ。
『そう。なら早いとこ発進お願いね。向こうも流石に気付いたみたい』
ウェンの言葉通り、レーダーはこちらに接近してくる敵機の影を捉えていた。
先頭を切るのは6機、続いて3機、その後ろに4機。
陣形とも呼べないような歪な形に並び、我先にとこちらへ迫ってくる。
察するに、こちらの接近に気付いて慌てて飛び出したといったところか。
ウェンが三角形のボタンを押すと、貨物車後方の扉が大きな音を立てて開いた。
『数は13、指揮官機、カスタム機、新型機いずれも確認できず。動きもバラバラ、統率が取れてないみたいね』
『なら、彼らが落ち着きを取り戻す前にケリをつけてしまいたいね』
『さんせー!』
『行きましょう、新さん!』
『ああ。それじゃ……』
『天道新及びトロフェ・レウェージュ! “イシュローラ”出るぞ!』
『エイディ・スイネーグ、“イフシック”発進!』
『ノノ・グラッチ! 同じく“イフシック”で行きまーす!』
床を蹴って後ろ向きに跳び、走り、3機は次々に外へと飛び出した。
“イシュローラ”は翼を広げて“アフサーブ”の上を、エイディ機は右を、ノノ機は左を駆け抜けていく。
“アフサーブ”はそれを見送りながら徐々に速度を落とし、やがて完全に停止した。
『私はこの子で後方支援に回るわ。……貨物車、後退開始!』
ウェンが指示を出しつつ操作盤に指を滑らせると、車内にガコンと大きな音が響いた。
程なくして、“アフサーブ”の貨物車部分が先頭車両を離れてゆっくりと後退を始める。
残された先頭車両はそのまま前進しつつ、上部から4門の砲門を展開した。
更に内蔵した機関砲までせり出してきたその姿は、まるで戦車のようだ。
『戦闘支援形態、展開完了。さあ、行くわよ“アフサーブ”!』
先を行く3機のいくらか後方の位置を保ちながら、“アフサーブ”も敵部隊へと接近していく。
平原の中央へ向かって突き進む2つの集団。
片や13機、片や4機。
しかし、4機は怯む様子も無く各々武器を構える。
そして、どちらからともなく、引き金を引いた。
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