第6話「臙脂の盾、山吹の槍」(5/6)
「“アフサーブ”の操縦なら、私がやるわ」
「えっ、ウェンが!?」
「ウェンって操縦出来たんですか!?」
ノノとトロフェが突然大声を上げた。
工士隊……いわば整備士であるウェンが操縦するというのが、あまりに予想外だったのだろう。
「言ってなかった? 私最初は騎士隊志望だったのよ。今でこそ工士隊に入ってるけど」
「知らなかったな……つまり、それなりには腕に覚えがある、と?」
「流石にあんた達には負けるでしょうけどね」
少しおどけた様子で肩をすくめてみせるウェン。
「一応、機銃や誘導弾筒なんかは装備してるけど、火力の方は期待しないでよね。あくまで支援目的の装備だもの」
「了解。それなりに期待させてもらうぜ」
「するなっていった矢先に……ま、頼られて悪い気はしないわね」
はぁ、と大きな溜め息を吐いたウェンだが、直後にふっと小さく微笑んだ。
それに釣られて、4人も笑みを浮かべる。
「つまり、これからはアタシ達5人で戦うってわけだね!」
「違うわよ、ノノ」
「へ?」
「鉄騎の応急修理をする為に、私以外に最低5人は“アフサーブ”に搭乗することになってるの。だから、少なくとも10人ね」
「そうなんだ! それは誰が?」
ノノが周囲をキョロキョロと見回す。
共に戦場へ赴く仲間が誰なのか、よほど気になるのだろう。
「決まったメンバーじゃないわ。工士隊の中からその時手の空いてるのを選んで乗せるから」
「随分行き当たりばったりだな……」
「工士隊は仕事が多いもの。整備だけじゃなくて個人の癖に合わせた調整や新しい機体、武器の開発……」
「まあ、そういう事情なら仕方ないだろうね」
「……というか」
ふと、ウェンが新とトロフェへ視線を向ける。
やっぱり気になるか、2人の表情はそう言っているかのように、ウェンには見えた。
「あんた達、呼んでないわよね? まあ、一緒に“アフサーブ”の説明が出来たから、結果的には良かったけど」
「ああ、それなんだけどな。この5人で今夜メシでもどうだって……コイツが」
「トロフェが?」
「はい! これから同じ部隊になるわけですし、親睦を深める意味でも、と思って」
「うんうん! アタシ賛成!」
「ノノは食べたいだけだろう? 少し黙ってなさい」
「それから、新さんにこっちの名物とか、色々味わって欲しくて」
「……俺?」
突然名前を挙げられ、新はきょとんとした顔でトロフェへ振り向く。
トロフェはそれに対し、緩く広角を上げた柔和な笑みを返した。
「はい。だって新さん、いずれは《ウィノロック》に帰られるとはいえ、それまではこっちで暮らすんですよ?」
「まあ、そりゃそうだな」
「だから、それまでの間でこちら側の『味』に慣れておくのも、悪くないんじゃないかって」
「ふうん……」
顎に手を当て、ウェンは新とトロフェを交互に見つめた。
ウェンの知る限り、トロフェ・レウェージュは他人に積極的に干渉してくるタイプではなかった。
こちらから話しかければ普通に応答できる程度には社交的だが、向こうから話しかけてくることはそう多くはない。
どちらかと言えば、彼女はそういう部類の人間だと記憶していた。
そんなトロフェが、小規模ながら食事会を開きたいと言い出したのだ。
それも、異世界より迷い込んだばかりの彼の為に。
少々驚くべき、しかし喜ばしい変化と言えるだろう。
その原因と思しき人物を見つめ、ウェンはふっと微笑んだ。
「……何だよ、人の顔見てニヤニヤと」
「ふふ、別に? いいじゃない、食事会。私も行くわ」
「やった! ふふっ、決まりですね」
「決まり決まり!」
トロフェは嬉しそうに跳ね、その体と長い髪を小さくゆっくりと揺らす。
ウェンが参加してくれることが、相当に嬉しいらしい。
それに倣うように、ノノも体をゆっくり揺らす。
その度に、服の上からでも充分な存在感を放つ、彼女の体のある一部分も小さく躍動した。
「こらこらノノ、あまりはしゃぐものじゃないよ。その姿はなかなか眼福だけどね」
「はーい。ところで、新は何食べたい?」
「……ん、ああ俺か。そうだな……」
体を弾ませるノノを、エイディが軽く制する。
何か余計なことを言っていたような気もするが、とりあえず気のせいだと思おう。
新は頭の中でそう結論づけ、一拍遅れて返事をした。
しかし、何を食べたいかと訊かれても、具体的には思いつかない。
というもの、新はここに来てからというもの、宿舎の食堂で提供される簡素なメニューしか口にしたことが無かったのだ。
やや小ぶりなパン、簡単なサラダと少し大きめの具が浮かぶスープ……そんなところだろうか。
誤解のないよう言っておくと、量が少ないわけでも味が悪いわけでもない。
ただ、少しばかり「飽き」が来始めているのは事実だ。
その3種以外の味をほぼ知らない状態で、何を食べたいも何も無いだろう。
やがて新は顔を上げ、苦笑して口を開いた。
「任せるわ。何があるとか分かんねえし」
「なら、行き先は私達で決めておいてあんたには着いてのお楽しみ……ってのはどう?」
「あっ、それいいですね!」
「決まりだね。新の迎えには僕が行くとしよう」
「……あっ」
5人が会話を弾ませる、その最中。
不意にノノが小さく声を上げた。
4人が不思議そうに顔を向けると、ノノは青ざめた表情で左腕に巻いた腕時計を指差す。
それを見た瞬間、4人にもその青色は伝播していった。
「やっべぇ、もうこんな時間か!?」
「く、訓練始まっちゃいますよ!」
「僕としたことが雑談に興じすぎたか……!」
「やばっ、今日は私も座学取ってるんだった!」
「い、急ごうみんなぁ!!」
時計の針は、間もなく午前の訓練が始まろうとしていることを告げていた。
雑談に夢中になるあまり、時間を忘れていたようだ。
5人は大慌てでそれぞれクルマに跨り、格納庫を後にしていく。
その忙しない背中を、山吹色と臙脂色の鉄騎が2機、並んで見守っていた。
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