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第6話「臙脂の盾、山吹の槍」(2/6)


同時刻、《ラミーナ》北部に位置する《ドネスロン基地》。

こちらも先の戦闘から部隊が帰還し、その対応に追われていた。

無事に帰還出来たのは砲艦と輸送艦、高速艇が各1隻。

そして、輸送艦に搭載されていた魔導鉄騎10機中の3機である。

本来、高速艇を除いた各部隊の任務は陽動である為、程々に交戦したところで退却すれば良い。

だが、騎士団の猛攻は予想以上であり、結果として砲艦2隻を失うという失態を晒してしまったのだ。

想定を遥かに上回る損害に、基地全体の士気は落ち込みつつあった。


しかし、それとは裏腹に暑苦しいまでの闘志を燃やす男が1人いた。

男はガゼルのような角を生やした細身の青年で、包帯や絆創膏に体のあちこちを覆われた痛々しい姿をしている。

青年は医務室のベッドに横たわり、その側には馬の耳を生やした中年の男性が腰掛けていた。


「お手柄だったな、ゴダードン7級兵。お前が持ち帰った敵新型機のデータは間違いなく我々の力となるだろう」

「……お褒めに預かり、光栄です……」

「……ああ、その、なんだ。ヌイーザ7級……いや、5級兵のことは残念だったな。脱出装置を起動する間もなく、操縦席を的確に貫かれてしまうとは……」

「っ! ……基地司令、お願いがあります!」


ゴダードンは上体を起こし、勢いのまま基地司令に詰め寄る。

その勢いに驚いた基地司令は、慌てるあまり椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。


「俺にもう一度出撃の機会を! ヌイーザの……弟の仇を討ってやれるのは、兄である俺だけなんです!」

「き、気持ちは分かるがな……そんな怪我では……」

「怪我くらい何ですか! アイツが受けた苦しみに比べればこんなもの……!」

「わ、分かった分かった……ただこちらの独断では出撃させられん。本部から作戦命令があったら、その時はお前を優先して編成する。それでいいな?」

「……っ、……分かりました」


ゴダードンは歯噛みしながらも引き下がり、基地司令はほっと胸を撫で下ろした。

周りを見れば、あまりの剣幕に他の兵達も驚いてこちらを見つめている。


「と、ともかくだ。その時がいつ訪れても良いよう、今は体をゆっくりと休めておけ」

「了解しました」

「うむ、ではな。……おお、レフト9級兵。無事だったか」


基地司令は腰を上げ、逃げるように他のベッドに身を預ける兵へ話しかけに行った。

それを目で追うでもなく、ゴダードンはただ俯いて肩を震わせ続けた。

目から零れた大粒の涙がシーツに飛び込み、次々と染みを作っていく。


ゴダードン・エイドは、双子の弟であるヌイーザ・エイドと共に《ラミーナ》軍に所属する若き兵士だ。

階級だけ見れば7級兵とごく平凡なものだが、彼らの若さであれば充分な出世と言えるだろう。

双子故に息の合った連携を繰り出し、《ユースティル》の騎士団を完全に翻弄してしまうことさえあった。

そのために軍上層部からの期待を一身に背負い、最も敵地に近いこの《ドネスロン》へと配属されたのである。


しかし、今この基地には弟ヌイーザの姿は無い。

戦場から生還出来たのは、ゴダードンだけだ。

先の戦闘で、彼ら兄弟は敵の本拠地を急襲するという大役を任された。

彼らの前に立ちはだかった敵はわずか1機、2人の敵ではない。

……はずだった。


『しまっ……』

『ぬっ、ヌイーザぁあっ!!』


相対した敵……あの蒼と黒の魔導鉄騎の前に、2人は手も足も出なかった。

手にした大剣で貫かれ、重機関銃で撃ち抜かれ、無惨に破壊されたのだ。

衝撃で一時的に気を失ったものの、銃弾が微かに急所を逸れたために、幸いゴダードンは無事だった。

だが、操縦席の中心へ大剣を突き刺されたヌイーザの方は、側から見ても助かっている見込みは無かった。


現在、連合国家で運用されている魔導鉄騎には、転移魔術を搭載した脱出装置が標準装備されている。

しかし、あの状況では脱出装置を起動させる暇などとても無かっただろう。

現に、《ドネスロン》の格納庫にヌイーザの操縦席は帰還を果たしていない。

彼は、無言の帰宅すらも果たすことが出来なかったのだ。

今頃、彼の亡骸は乗機の残骸ともども戦場に打ち捨てられているか、騎士団に回収されてしまっているだろう。

それを思うと、シーツを握る手に一層の力がこもる。

ヤツさえ、あの蒼と黒の魔導鉄騎が現れなければ、弟が死ぬことなど無かった。

握りしめた拳をベッドに叩きつけ、歯をぐっと食い縛る。

次こそは、次こそは必ずヤツをこの手で倒す。

そうでなければ、ヤツに殺されたヌイーザも浮かばれない。

ゴダードンは、全身がにわかに熱を帯びていくような感覚に襲われた。

それはさながら、胸の奥に灯った憎悪の炎が全身へと燃え広がっていくかのような感覚だった。


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