第6話「臙脂の盾、山吹の槍」(1/6)
《ラミーナ》軍を撃退した騎士団の鉄騎部隊が、地下の格納庫に次々と帰還してくる。
工士隊の手によって1機毎に損傷度合いを判定され、それぞれの損傷に応じたドックへと運搬されていく。
その中の、上層第2ドック。
比較的損傷の軽い鉄騎が運び込まれるそこに、“イシュローラ”の姿があった。
昇降機に足を掛けて降りてくる新とトロフェを、ウェンが出迎える。
「お疲れ様。無事で何よりね」
「ま、機体が良かったからな」
「ありがとうございます、ウェン」
「あらお上手。褒めたって何も出ないわよ」
腕組みしてそう言うウェンだが、その表情は満更でもなさそうだ。
新達から“イシュローラ”へと視線を移し、うっとりと目を細めている。
と、その後ろからドカドカと騒がしい足音が近付いてきた。
音のする方へ目を向けると、一人の少女がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
柘榴色の短髪が眩しい少女は、新達を見つけると両手を大きく振りながら更に加速していく。
「おーーーーーい! 新ーーー! トロフェーーー! ウェーーーン!!」
「……うるせえ」
「ノノ……凄い元気ですね」
「……というか、走るくらいならクルマ使えばいいのに」
大声を張り上げながら走るノノの加速は、とどまるところを知らない。
距離が縮まってなおその足は衰えず、すれ違う騎士達をぎょっとさせながらこちらへ近付いてくる。
最早突進と呼んで差し支えない勢いで突っ込んできた彼女は新達の目の前を少し通り過ぎ、手近な柱を蹴飛ばした反動でやっと停止した。
「やっほ、3人とも!」
「設備は大切にしなさい」
「うっ、挨拶よりも先に飛び出すド正論……ごめんなさい」
「はい、よろしい」
うなだれつつ騎士団式の敬礼を行うノノへ、3人も敬礼を返す。
と、ここでトロフェが何かに気付いたように辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
その行動を不思議そうに眺めていたウェンと新も、少し遅れて違和感に気付く。
いつもなら彼女のそばにいるはずの、彼がいないのだ。
「あのー……ノノ、エイディはどうしたんですか?」
「エイディ? エイディなら一緒に……あれ?」
トロフェの言葉に振り向いたノノはしばし硬直し、やがてキョトンとした顔で振り向いた。
「……どこ行ったんだろ?」
「こっちが訊きてえんだが?」
「一緒に来たけど勢い任せに走ってきたら置いてけぼりにしちゃった……ってところかしらね」
「……そうみたいですね、ほらアレ」
トロフェが見やった方へ皆が目を向けると、格納庫移動用の軽車両、通称“クルマ”が1台こちらへゆっくりと近付いてきていた。
運転席には、檸檬色の長髪を流した青年が座っている。
彼はノノの姿を見つけ、大きく溜め息を吐いている。
その表情を見ると、ウェンの予想は当たりのようだ。
クルマを止めたエイディはこちらへ近寄り、手慣れた様子でノノを軽く小突いて新達へ敬礼した。
「やあ。ノノがご迷惑をおかけしたね」
「幼馴染っつうか保護者みたいだよな、お前」
「否定は出来ないね。……ん? 僕とノノが幼馴染だと、君に話したことは無かったと思うが?」
「ああ、私とウェンが教えたんです。2、3日前にお話してる中で」
そう、ウェンやトロフェと共にグデルの部屋を訪れた後のこと。
2人と交わした会話の中で、エイディとノノが幼馴染であることを教えられていたのだ。
その他、2人の思い出話をトロフェやウェンが知る限り聞かされていたのだが、まあ今は関係ないだろう。
「……それはそうと、お前らなんでここに?」
「ああ、そうそう忘れるところだった。この愛しい幼馴染の奇行が為にね」
「愛しいって……やだぁ! エイディったら素直〜!」
「これを君達に伝えておこうと思ってね」
大げさに身をよじらせるノノを無視して、エイディは端末を新へ差し出した。
画面には『極秘』を意味する文字と記号が記されている。
その画面を指先で軽く叩くと、地図や細かい数字が次々と表示され始めた。
「これは?」
「僕ら特殊遊撃部隊の記念すべき初任務さ。君達の勝利の報せを受けて、団長代行がご決断されたのさ」
「へえ……いきなり基地攻撃か、威勢が良いじゃねえの」
画面に最も大きく表示された文字は、『《ドネスロン基地》攻略作戦』。
その下に、参加部隊名や敵の予想戦力数などが書き連ねられている。
しかし、肝心の日程の部分は空白になっていた。
「あれ? ここ、記入漏れですか?」
「いや、僕らの機体を工士隊に改修してもらっているだろう? それが完了した翌日、ということらしい」
「なるほど、つまるところウェン達次第ってわけだ」
「そういうこと。ウェン、僕らの機体はあとどれくらいで完成しそうかな?」
「心配ご無用、明日には終わらせるわ。明後日には全員まとめて出撃させてあげるから、楽しみにしてなさい」
「了解。団長代行にはそのように報告しておくよ」
ウェンの不敵な笑みにエイディも鏡写しのような笑みを返し、端末をしまった。
「では、僕達は戻ろうかな」
「そだねっ、訓練もあるし」
「2人は今日の訓練、どうするんです?」
「アタシは午前に基礎体力で、午後から白兵戦!」
「僕は1日戦術訓練にあてる予定だよ」
「……ん? 戦術訓練?」
新は小首を傾げる。
グデルから説明された騎士団の訓練項目は、基礎体力訓練、座学、白兵戦訓練、操縦訓練の4つだったはずだ。
「戦術訓練は、隊長等の指揮官格及びその希望者が受ける訓練さ。君は説明されていなくても無理ないね」
「そういうことか。じゃ、俺は宿舎に戻って昼寝でもするかね」
「あ、それなら午後から一緒に座学出ませんか?」
「おう、いいぜ。……ところでお前は?」
ふと気付いた新が、ウェンに話題を振る。
彼女はここ数日“イシュローラ”やエイディ、ノノ機の改造で格納庫に通い詰めているはずなのだが……。
「ああ、私はいいのよ。事前に申請して何日か分の訓練を免除してもらってるの」
「ふうん、そういう仕組みもあるんだな」
「後からどこかで埋め合わせる必要はあるけどね」
「ほら、そろそろ戻るよ。午前の訓練に間に合わなくなる」
「おう。じゃあな、ウェン」
「“イシュローラ”のこと、お願いしますね」
「アタシ達の機体もねー!」
「ええ、任せておいて」
新とエイディがクルマを走らせ、後部座席でトロフェとノノがそれぞれ小さく、大きくウェンへ手を振る。
ウェンはそれに小さく手を振り返し、4人の姿が見えなくなったところで“イシュローラ”へと向き直った。
幾らかのかすり傷こそついているものの、その装甲に大きな傷は見当たらない。
優しく微笑みながらゆっくりと歩み寄り、土に塗れた足をそっと撫でてその顔を見上げる。
「お疲れ様。あいつらを守ってくれて、ありがとう」
そう呟くと、昇降機に足を掛けて上へと昇っていく。
操縦席付近に足を引っ掛けて装甲の一部分を引き出し、手袋を脱いで剥き出しになった回路に右手の平を押し当てる。
残る左手で首に提げたゴーグルを装着すると、小さく息を吐いて呼吸を整えた。
「さっさと済ませるわ。【探れ雷鳴】」
ウェンが唱えた直後、小さな稲妻が辺りにいくつも走った。
ゴーグルの下で両眼を目まぐるしく動かしながら、その稲妻1つ1つに記された情報を読み取っていく。
工士隊所属、ウェン・ドーリィクス。
彼女の戦いが、今始まった。
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