第5話「降臨、蒼黒の異界騎士」(3/7)
その2日後、《神聖帝国》領。
広大な草原へと、次々と魔導鉄騎“イフシック”が足を踏み入れていく。
潜士隊の報告により、《ラミーナ》軍の接近が報じられた為だ。
しかも、その中には“砲艦”が3隻もいるという。
砲艦とは、輸送艦が鉄騎を搭載しているのと同様に、大量の火器砲塔を搭載したもののことだ。
単純な火力と攻撃範囲は魔導鉄騎の比ではなく、運用コストと近接戦性能以外ではまさしく上位互換と言えるだろう。
その砲艦が3隻、しかも輸送艦を引き連れての接近だ。
輸送機に搭載された鉄騎のことも考えると、生半可な戦力ではない。
故に、騎士団は今動かせる最大戦力である4隊の動員を決定した。
計40機の“イフシック”は盾とクロスボウを構えて陣形を組み、真っ直ぐに南下していく。
やがて、戦闘を切る竜胆色の隊長機が後続を手で制して足を止めた。
隊長機のレーダーが、敵艦を捉えたのだ。
先手を取るべく、深緋色の隊長機が背に負った大砲をそこへ向ける。
そしてその大砲が火を吹くと同時に、残りの39機が一斉に突撃を開始した。
遥か遠方から迫る、「4隻」の敵艦へ向けて。
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その頃、《神聖帝国》地下に広がる格納庫。
新とトロフェはウェンからの呼び出しを受け、ここを訪れていた。
それぞれ操縦着を身につけた姿の2人はウェンを見つけ、互いに騎士団式の敬礼を交わす。
「よっ」
「お疲れ様です、ウェン」
「ごめんなさいね、こんな大変な時に」
「わざわざ操縦着でって指定までして俺達を呼び出したってことは、もしかして……」
「ご名答。完成したのよ、あんた達の新しい機体が」
誇らしげにそう語るウェンは端末を取り出し、画面に指先を滑らせた。
すると、背後のシャッターが音を立てて開き、その中へ光が差し込む。
そこに立っていたのは、新の“狼羅・零式”に良く似ていながら、どこかトロフェの“イシュ・ジャーム”の意匠も残す魔導鉄騎だった。
肩や腰、脛など随所に蒼色の装甲が追加され、腰からはマントのように“イシュ”の噴射装置が伸びている。
そして何より目を引くのは、背中から広がる一対の翼。
“イシュ”の肩を丸ごと流用したその翼の隙間から、折り畳まれた“イシュ”の腕が見え隠れしている。
その堂々とした姿に、新もトロフェも思わず息を呑む。
「すごい……本当に合体してる……」
「合わさったのは見てくれだけじゃないわ。全ての面において“零式”も“イシュ”も超えてるわよ、この子」
「そりゃ頼もしい。……そういや、こいつの名前はどうするんだ?」
「名前? 私達は仮でただ新型って呼んでたけど。まあ、乗るのはあんた達なんだからあんた達がつけてあげたらいいんじゃない?」
「な、名付け、ですか……私、正直センスに自信無くて……」
トロフェは両手の人差し指を突き合わせ、渇いた笑いを浮かべながら新へ視線を送る。
どうやら、この機体の命名を丸投げされたらしい。
といっても、新も名付けが特別得意というわけではない。
10年ほど前に犬を飼うことになった際には、地獄の番犬になぞらえてケルベロスと名付けようとしたほどだ。
無論、その後両親にやんわりと拒否されてモモコという名前に決まったのだが。
しかしまあ、ここで頭を捻っていても始まらない。
覚えやすく呼びやすい名を、すぱっと付けてやるべきだろう。
「……“イシュローラ”、でいいんじゃねえか? “イシュ・ジャーム”と“狼羅・零式”の組み合わせなんだからよ」
「“イシュローラ”……いいですね、それ!」
「ええ、いい名前だと思うわ」
「よし、決まりだな。……よろしく頼むぜ、“イシュローラ”」
満足げな表情で、新は“イシュローラ”を改めて見上げる。
精悍で凛々しく生まれ変わったその顔は、どこか誇らしげにも見えた。
「さて、本当なら辺りを走らせて試運転と行きたいところだけど……」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですよね……」
「ええ。知ってると思うけど、《ラミーナ》の艦隊がもうすぐのところまで迫ってきてる。悪いけど、即実戦よ」
「ハッ、構いやしねえよ。むしろ望むところだ」
「……はい! やりましょう!」
ウェンの言葉に、新は不敵な笑みを浮かべる。
それを見て、トロフェも覚悟を決めたように頷いた。
「よし、それじゃ行ってらっしゃい。無事に帰ってきてね。あんた達も、あの子も」
「言われるまでもねえさ。行くぞ、トロフェ」
「分かりました!」
2人は“イシュローラ”の足元へ向けて駆け出し、昇降機に足を掛ける。
鉄線が巻き取られるに連れて、2人の体を上へ上へと運んでいく。
やがて“イシュローラ”の胸ほどの高さに設けられた足場に2人は降り立ち、操縦席のハッチを開いてその中へ乗り込んだ。
“零式”と比べて少し縦に広くなった操縦席の後ろ側にはトロフェが乗り込むスペースが増設されており、“イシュ”の操縦桿がそこに据え付けられている。
2人が席に着いてベルトを締め、スイッチを押すと、“イシュローラ”の目に淡い緑色の光が灯った。
「よし……電気系各部問題なし。トロフェ、そっちは?」
「魔力系も問題なく稼働してます、大丈夫ですよ」
『2人とも、聞こえるわね。発進路まで機体を降ろすから、着くまでじっとしてなさい』
ウェンの声が通信機から聞こえてくると同時に、機体がガコンと揺れた。
次第に床がゆっくりと沈んでゆき、1分と経たずに止まったかと思うと、今度は眼前に緑色の矢印を象った光が浮かび上がる。
どうやら、この先に進めということらしい。
矢印に従い足を進めていくと、程なく無数の射出機が並んだ広い空間に出た。
どうやらここが発進路らしい。
1人の騎士が、誘導灯のように輝く剣を振るいながら近寄ってくる。
その動きに従って、射出機の1つに足を引っ掛けると、遥か前方の扉が開いて太陽光をその中へ取り込んでいく。
足元へ目をやると、先程の騎士が剣で大きく丸を描いてから足早に去っていった。
「行っていいみたいです」
「了解。それじゃ……コホン」
「天道新、及びトロフェ・レウェージュ!」
「“イシュローラ”、出るぞ!」
2人の掛け声と共に、“イシュローラ”は足元の射出機ごと急加速を開始した。
腰を軽く落とした姿勢のままぐんぐんと速度を上げ、出口に近づいていく。
更に操縦桿を前に力強く倒すと、背面のスラスターが勢いよく火を噴き、加速を手助けする。
そして出口に到達した瞬間、“イシュローラ”は射出機を蹴飛ばし、その巨体を大空へと舞わせた。
翼を広げて雲を裂き、風の如き速さで飛んで行く……ことはなく、程なくして高度はみるみる下がってゆき、とうとう2本の脚でゆっくりと大地に降り立った。
「……羽が生えりゃ自由自在に飛べるってわけでもねえんだな」
「魔導鉄騎ほどの重量物を飛ばすには、相応の出力が必要ですからね……」
「ま、そもそも俺空中戦とかしたことねえしな。このままでも困んねえだろ」
「その時は私がサポートしますよ。多分新さんよりは慣れてるので」
「そりゃ助かる。さて、まっすぐ南だったな。急ぐか!」
「はい! ……って、あれ?」
ふと、トロフェが西方へ目を向ける。
視界に入るのは当然ながら、険しい山脈とどこまでも続いていそうな草原だけだ。
しかしトロフェは違和感を拭いきれないようで、諦めずにじっと目を凝らして見つめてると……
「……あっ!」
「どうした?」
「あれ、見てください! 右側55度の方角!」
言われて新が目を向けると、遥か遠方で土煙が上がっている。
風でも吹いているのかと思ったが、土煙はその1ヶ所のみに立ち上がっている。
風による土煙ならば、もっと広範囲に広がるはずだ。
つまり、人為的なものに他ならない。
時間と共に段々と大きくなるそれの中に、トロフェはついに発生源を見つけた。
「そんなっ!? 《アレミック》の高速艇です!」
「何だと? ……レーダーにゃ反応ねえぞ。故障か?」
「それは無いはずです。だって、ほら」
トロフェは操縦席前方のレーダー、その上の方を指差す。
索敵範囲を最大まで拡大されたそれの上、すなわち北端に、チラリと青い点が見え隠れしている。
友軍機を示す反応であり、これが映っているということは、つまりレーダーは故障などしていないということだ。
「……よく分からんが、恐らくはステルスの一種だろうな」
「すてるす……? 敵の索敵を誤魔化す機能ってことですか?」
「大体そんな感じだ。チッ、こりゃ味方も気付いてなさそうだな」
レーダーの上端に映る味方の反応は観測地点から動いておらず、その場に留まっている。
西方から接近する高速艇に気付いていないか、或いは気付いていても南方から来る敵を防ぐのに手一杯なのか。
どちらにせよ援軍は期待できない。
「と、なると……俺らだけでやるしかねえか」
「ですね……一応、本部に救援信号は送っておきます」
「頼んだ。よし、行くぞ!」
レバーを力強く倒し、“イシュローラ”は腰と翼から火を吹いて加速し、迫る高速艇へと急接近していった。
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