第4話「灰と消ゆ情景」(4/5)
「あの子の使える部品を取り外して、新の“零式”に搭載して動くように改造するのよ。言ってみれば合体ね」
「はっ……?」
「え……?」
「なんと……」
「おおっ、合体!」
ウェンの言葉に、ノノを除いた3人が思わず唖然とした。
“イシュ”と“零式”、異なる世界で生み出された2機を合体させるという、突拍子も無い案。
しかしウェンの表情は自身に満ち溢れており、冗談を言っているようには見えない。
その表情を見てなお納得のいかないエイディは、ウェンに1歩詰め寄った。
「……ウェン、どうやら君は疲れて頭が回っていないようだね。幸いここは療養室だ、休んでいくといい」
「あら、私は正常よ。それとも、お得意の皮肉のつもりかしら?」
「はぁ……正常で言っているなら尚悪いぞ。《エグナーツ》の鉄騎と《ウィノロック》の鉄騎擬きを合体させるなんて、出来るわけが……」
「それが出来そうなのよ。ほら、これ見て」
そう言いながら、ウェンは自身の端末を差し出した。
トロフェを除く3人がそれを覗き込むと、そこには《イシュ》と《零式》の内部骨格を拡大した図が表示されているのだが……。
「……似ているな」
「ほんとだ、そっくり。ってか太さとかほとんど同じじゃない?」
「まあ、俺らのWVはアイツらの鉄騎見本に造ってるからな。似てて当たり前だ」
「へー。……えっ!?」
何気ない新の一言に、エイディとノノは驚いて振り向いた。
一方でウェンは目を少し細め、どこか納得したような表情を浮かべている。
「なるほどね、整備していて妙だとは思ったけど……そういうカラクリだったのね」
「整備……って、もしかして“零式”を修理してくれたのってお前なのか?」
「ええ。それがどうかした?」
「いや、ずいぶん綺麗になってたからな。整備してくれた奴に会ったら直接礼が言いたかったんだ。ありがとな」
「そう、どういたしまして。なかなかいい子だったわよ、あの子」
顎を撫でつつ、満足げに微笑むウェン。
整備の出来を新に賞賛されたのが、よほど気に入ったらしい。
そわそわと落ち着かない様子でいる彼女に、トロフェが恐る恐る声をかける。
「あのー……ウェン、テンション上げてるとこ悪いんですが……」
「なに?」
「新さんの“零式”をわざわざ使わなくても、余ってる量産機を使えばいいんじゃ……」
「それがダメなのよ。量産機である“イフシック”は骨格に比較的安価な3番規格を使っているけれど、あんたの“イシュ”はそれより太めで頑丈な5番規格だから合わせられないの」
「なるほど……じゃあ“零式”の骨格は?」
「偶然にも、5番規格と太さも耐久性もピッタリ一致したわ。多分だけど、見本よりも少し盛って造ってくれたお陰じゃないかしら」
「つまり……直せる、と?」
「骨の折れる作業にはなるでしょうけどね。でもやってみせるわ。工士隊の誇りと、この外套に誓って」
「大した自信だな」
「2人がいいって言うなら、その旨を団長代行に伝えて来るけれど……どうする?」
ウェンは端末をしまい、新とトロフェに向き直った。
腕を組み、じっと2人を見つめて返事を待つ。
新は軽く頭を掻き、ああ、と小さく返事をした。
「俺は別に構わねえよ。どんな姿になるか、ちょっと興味もあるしな」
「私は……、…………」
新とは対照的に、トロフェは俯いて口を閉ざしてしまった。
それを見たウェンは、ふぅ、と小さく息を吐く。
「まあ、悩むのも無理ないわね。トネラットさんから預かった大事な機体だもの」
「……トネラットサン?」
「あ、私の母です。“イシュ”は元々母が乗ることを想定して造られたんですよ」
「ほう、お袋さんか。……」
それを聞き、新はふとあることを思い出した。
大破した“イシュ”を運送する際に通信機が拾った、トロフェの独り言。
『ごめんなさい、お母さん……お母さんの“イシュ”なのに……』
それから考えるに、トロフェの母であるトネラットの身に何かあったであろうことは想像に難くない。
気になるといえば気になるが、わざわざここで訊くことでもないだろう。
それに、彼女自身あまり語りたくはないことだろう。
家族の身に何かあった、などということは……。
「はい。昨年、潜士隊の潜入作戦に同行した際に行方不明になってしまったんです」
「っ、そっちから言ってくるのかよ。気ぃ遣って訊かねぇようにしてたのに」
「あっ、ごめんなさい。気遣いさせてしまって……」
「まあいいや。んで? そのお袋さんから預かったようなもんだから改造を渋ってる、と?」
「まあ、ざっくり言うとそうなります。でも……」
トロフェは少し考え込み、やがて決心したように顔を上げた。
そしてウェンへ向けて、ゆっくりと頭を下げた。
「お願いします、ウェン。たとえ姿形が大きく変わることになっても……お母さんの鉄騎を、直して下さい」
「……ええ、任せて。3日……いえ、2日で仕上げてみせるわ」
「……いや、ウェン。さも当然のように話を進めているけれど……」
「団長代行の許可貰ってから、って話じゃなかったっけ……?」
「大丈夫よ、許可をいただく自信はあるもの」
呆れ返った様子のエイディと苦笑いを浮かべたノノに突っ込まれるも、ウェンの自信と表情は崩れない。
ふふん、と得意げに鼻を鳴らすウェンを見て、2人は諦めたように力なく笑った。
そうだった、彼女はこういう性格だった、とでも言いたげな様子で。
それにつられてトロフェが思わず噴き出すと、ウェンはそちらを軽く睨みつけた。
そして、失礼ね、と笑顔で言いながらその紺青色の髪をくしゃくしゃと撫で回すのだった。
「……仲、良いんだな」
ぽつりと、新が呟く。
トロフェ達が一斉にそちらを向くと、彼は優しく微笑みながら4人を見つめていた。
しかし、その笑顔にはどこか影がかかっているようにも見える。
やがてエイディが察したように口を開いた。
「ああ、家が近くてね。騎士団に入る前から交流はあったのさ。……すまない、仲間外れにするつもりは無かったんだが」
「いや、気にすんなよ。ちょっとだけ羨ましくなっただけだ」
「羨ましく、ねぇ……やっぱ、元の世界が恋しいよねえ」
「まあ、そりゃそうだろ」
「早く再会出来るといいですね。ご家族や、お友達に」
「……………………ああ」
トロフェの言葉に新は少し沈黙し、短い言葉を返した。
その姿にトロフェは少し首を傾げ、彼へ手を伸ばそうとした。
しかし、新が突然踵を返して歩き始めたことで、その指先は空を切る。
その瞬間、彼女は口から出かけた、どうかしましたか、という言葉を思わず飲み込んだ。
「……悪い、ちょっと疲れた。先に宿舎戻ってるわ」
「あ、はい……お休みなさい……」
新は振り向くことなく、右手を軽く振ってトロフェに答えると、そのまま療養室を出て行った。
扉が閉まる音が響き、一瞬だけ室内を支配した静寂を、エイディが破る。
「疲れた、か。無理もないだろうね」
「そだねー。アタシも結構疲れちゃったし」
「お疲れ様。次は、私達工士隊が疲れる番ね」
「頼りにしているよ、ウェン。じゃ、僕らも戻ろうか」
「うん! そんじゃまたね、トロフェ!」
「あ、は、はい。3人ともお気をつけて」
エイディを先頭に、3人も出口に向かって歩いて行く。
そしてエイディとウェンは片手を小さく、ノノは両手を大きく振りながら、ゆっくりと療養室内の扉を閉めた。
それを見送り、トロフェはベッドへぽふっと身を投げる。
柔らかな布団に受け止められたトロフェは、天井を見上げながら新の挙動を思い出していた。
自分達がじゃれている様子を見ている時の、少し寂しげな笑顔。
言葉をかけた後の沈黙。
挙句に、突然疲れたと言って部屋を抜け出す……。
まだ彼と会ってそう日は長くないが、それでもどこか違和感を覚えずにはいられない。
しかし、何度考えてみても違和感止まりで、原因を特定するには至らない。
「……もしかしたら、本当に疲れてただけなのかも」
明日、また彼の様子を観察しよう。
トロフェはそう決め、灯りを消して布団を頭から被った。
やがてこんもりと盛り上がった布団の中からスウスウと小さな寝息が聞こえてくるまで、さほど時間はかからなかった。
────