第1話「黒狼、吼える」(1/5)
無数の摩天楼がそびえ立つ、とある大都市。
しかし、そこを行き交う人影は全く無い。
その代わりに方々から煙が上がり、爆音が鳴り響く。
そして、“通常の”人影に代わって、二十メートルはあろうかという巨大な人影が銃器や刃物を手に都市のあちこちを走り回っている。
交差点の中央に倒れている巨大な人影を、別の人影が踏みつけた。
足元の人影が動かないのを確認すると、それを蹴飛ばし手に持ったマシンガンを構えて周囲を見渡す。
朝日に照らされる、グレーの装甲。
左肩には巨大なキャノン砲、右肩に大型のブレード。
そして左腕に設置された、大型のシールド。
物々しい武装に身を固めた巨人のコクピットから、エメラルドグリーンのカメラアイ越しに青年は外界をゆっくり見渡す。
少なくとも見える範囲には、敵の姿は無い。
横目で脇に設置されているレーダーを確認するが、先程から変わらず『ERROR』の文字が表示されるばかりだ。
「……ジャミングの類か、面倒くせぇ……」
レーダーが頼りにならない以上、目視に頼る他無い。
苛立ちを解消するかのように薄藤色の髪を軽く搔きむしり、周囲を警戒しながらゆっくりと歩を進めていく。
出来れば、このジャミング下で分断された味方と一刻も早く合流したいところだが……。
ふと、巨人が足を止めた。
前方のビルの陰で、何かが動いた気がする。
足を止めたまま観察を続けるが、姿を見せる様子は無い。
このままでは埒が明かない、そう判断した青年は、握っていたレバーを一気に前へ押し倒した。
すると、巨人は踵のローラーを勢いよく回転させ、全速力で前方へ駆け出していく。
そして急ターンをかけながらビルの裏へ回ると、そこには屈んで身を隠そうとする巨人の姿があった。
「ビンゴォ!」
青年は叫び、引き金を引く。
マシンガンから放たれた無数の弾丸が、敵の巨人へと襲いかかる。
しかし巨人は飛び退いてそれを避け、腰に提げられた手斧を取って構えた。
「チッ!」
青年は舌打ちしながらレバーを切り替える。
それに従って巨人はマシンガンを腰へと格納し、代わりに肩からブレードを引き抜く。
それと同時に、敵の巨人が手斧を振りかざしてこちらへ飛びかかってきた。
しかし、振り下ろされた手斧はシールドに阻まれ、巨人の装甲を切り裂くには至らない。
そしてそのまま、巨人が振るったブレードは敵の無防備な胴体を綺麗に両断してみせた。
上下に分断された敵の体が地面に崩れ落ちると同時に、コクピット内に短く電子音が鳴り響く。
横目に音の方向を見やると、先程までレーダーに表示されていた『ERROR』の文字が消えていた。
どうやら、今しがた斬り捨てた敵がこの周辺にジャミングを仕掛けていたらしい。
これで周囲の状況が分かる、そう安堵したのも束の間、青年は表情を強張らせた。
自身の周囲に、敵の位置を示す赤い点が次々と点灯していくのだ。
その数、七。
「チッ、完全に包囲されてやがる……っ、まさか!?」
その時青年は、ある違和感に気付いた。
先程破壊した敵はジャミング装置などという重要な機能を持っていながら、戦場のど真ん中でただ屈んでいるだけ。
その気になれば、ジャミングを活用して自分や他の味方を次々と闇討ちすることだって不可能では無かっただろう。
それに、目視までは誤魔化せないジャミング機でありながらこうもあっさり見つけられた点も気にかかる。
不意打ち気味に襲いかかったにも関わらず、マシンガンの攻撃をすんなり回避された点も同様だ。
そして、今まさに七機の敵に包囲されていることを考えると、予想できる答えが一つ。
「……囮、か」
恐らく、わざと姿を見せたジャミング機が交戦している間に七機で包囲しつつ集中砲火を浴びせる算段だったのだろう。
七機がなかなか接近して来ないところを見るに、ジャミング機があっさり破壊されたことで動揺しているか、まだ準備が整っていないと推測出来る。
それなら、まだ手の打ちようはある。
青年がレーダーに目を向けると、南西の方角から味方を示す青い点が四つ接近してくるのが確認できた。
ジャミングが晴れたことで、味方もこちらの存在を確認したのだろう。
つまり、このまま南西に向けて突撃すれば、味方と合流しつつ南西の敵を挟撃出来る。
そうと決まればと南西へ足を向けた青年の耳に、けたたましい警報音が飛び込んできた。
援軍を察知してか、北東側にいた敵四機が一斉にこちらへ向けて進軍してきたのだ。
更には、南西側の三機までもが少し遅れてこちらへ進軍してくる。
このままでは、合流するより前にこちらが挟撃を受けてしまうだろう。
レーダーを睨みつけながら考え込んでいた青年は、やがてレバーを切り返し、真東へ向けて駆け出した。
向こうが合流するより前に、最も近い一機を破壊すればいい。
その後は、近付いてきた敵から各個撃破しつつ味方との合流を目指す。
南西側は敵が三機に味方が四機、苦戦はしないはずだ。
走り続ける青年の視界に、とうとう敵の姿が飛び込んできた。
再度レバーを切り替え、背負ったキャノン砲の照準を合わせる。
しかし敵もこちらの接近には気付いていたらしく、背負った大砲を取り出してその砲口をこちらに向けて待ち構えていた。
「狩るッ!」
そして、両者の砲がほぼ同時に火を噴いた。
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