第4話「灰と消ゆ情景」(3/5)
騎士団詰所内にある、医務棟。
新が《エグナーツ》に来て最初に目覚めたここは、訓練や戦闘で負傷した騎士達の傷を癒す、重要な施設である。
その中の、「第1療養室」と書かれた看板が掛けられた扉の奥。
8つのベッドが並べられたその1番奥に、トロフェは寝かされていた。
傍には、白い上着を羽織った女性が座っている。
彼女は手に持った薄い機械をトロフェの頭や胸にかざし、小声で呪文のようなものを唱え続けている。
それを遠目に見守るのは、エイディとノノ、そして新の3人だ。
「なあ、アレ何やってんだ?」
「診察さ、彼女達療士隊の仕事だよ。君だって、意識を失っている間に同じことをされているんだからね」
「ふうん……さっきから機械ばっか使ってるみたいだけど、回復魔法とかは使わねえのか?」
「治癒魔術とか蘇生魔術とかは大昔に廃れちゃったらしいよー。新が連れて来られた転移魔術と同じってこと」
「そうか、案外不便なもんなんだな」
「……うん、軽く打っただけね。腫れや内出血もないようだし、とりあえず今晩は安静にしてなさいな」
「はい。ありがとうございます、療士長」
「いいってことよん。それじゃ、お大事に」
療士長と呼ばれた女性は、トロフェの頭を撫でながらウインクしてみせる。
手に持った機器を鞄に仕舞い込んで席を立ち、新達へ手を振りながら療養室を出て行った。
3人は右手を左胸に当てる騎士団式の敬礼でそれを見送り、扉が閉じられると我先にとトロフェへ次々に歩み寄っていく。
「トロフェ、お疲れっ。大丈夫?」
「はい、大したことは無かったみたいです」
「それは重畳。まあ、この際だからゆっくり休むといいよ」
「ふふっ、じゃあお言葉に甘えさせていただきます」
「…………」
上体を起こして2人とにこやかに会話を交わすトロフェを、新はじっと見つめた。
外傷は左頬を軽く切った程度であり、そこにも既に絆創膏が貼られている。
元気に話している様子を見るに、骨や内臓にも異常は無さそうだ。
もっとも、異常があるのなら先程の療士長とやらが発見しているだろうか。
その姿に、新は安堵したように小さく息を吐いた。
「悪いな、駆けつけんのが遅くなって。もうちょい早けりゃ、お前が撃ち落とされる事も無かったかもしれねえけど」
「新さん……いえ、いいんですよ。あなたのお陰でみんな助かったんですから。改めて、ありがとうございます」
「……それはそうと、そろそろ説明してほしいね」
「説明?」
「何故君はあの場に現れた? どうやって“零式”を持ち出した? あの大砲はどこから引きずり出した?」
エイディが2人の間に割って入る。
新へ向けられた彼の視線には、少しばかり嫌疑の色が見えた。
どうやら、保管された“零式”と大砲を勝手に持ち出した盗人の疑いを持たれているようだ。
その視線に少したじろぎながら、新は薄藤色の髪を軽く掻いた。
「悪い悪い、忘れてたわ。ちゃんと説明するからさ、そんな怖い顔すんなって」
「……すまない。睨みつけたりしたつもりは無かったのだが……」
「エイディは難しいコト考えてると目つき悪くなっちゃうからねー」
「気をつけてはいるんだがね。それで、質問なのだが……」
「待って、エイディ」
エイディの言葉が、扉の向こうからの声に遮られた。
直後に扉が数度叩かれて開き、黄朽葉色の外套を着た少女……ウェンが顔を覗かせる。
茄子紺色の瞳を部屋中に巡らせ、トロフェに向けて小さく手を振ってから新達の方へ近寄ってきた。
「容態はさっきすれ違った療士長から聞いたわ。無事で何よりね、トロフェ」
「ありがとうございます、ウェン」
「それから、エイディ。そこから先は私が説明するわ、私は当事者だもの」
「当事者というのは?」
「そのままの意味よ。彼に輸送機のことを教えたのも、彼が“零式”で出るのを許したのも、試作型の対艦砲を持たせたのも、全部私」
「ええっ!?」
「……なるほど、工士隊の君ならいずれも可能だね。合点がいったよ」
ノノが驚いて目を見開く一方で、エイディは納得したように頷いてみせる。
トロフェも少し目を丸くしているが、ノノほど意外とは感じなかったようだ。
「しかし、工士長や団長代行の許可は得たのか?」
「無断に決まってるでしょ、緊急事態だもの」
「えっ、それってまずくないですか?」
「勿論、後でちゃんと団長代行には報告するわ。けど、その前にトロフェに伝えておかないといけないことがあるの」
「……私に、ですか?」
ウェンの言葉を聞いた瞬間、トロフェの表情が微かに強張った。
シーツを握る手にも力が篭り、その手が細かく震え出す。
見れば、エイディも何かを察したのかそっと目を逸らし、ノノも心配そうにトロフェを見つめている。
ウェン自身、その表情はどこか少し気まずそうだ。
一体何だと言うのか、事情を知らない新は彼らを交互に見比べることしか出来ない。
「ええ。……残念だけど、“イシュ”の修復は不可能ね。一部の関節と装甲、それから骨格が完全に逝ってるわ」
「……そう、ですか……そうですよね……あんなダメージじゃあ……」
トロフェは力なく呟き、うなだれた。
紺青色の長髪が、まるでカーテンのようにその表情を隠す。
エイディとノノは、バツの悪そうな表情で俯いたままだ。
その様子を見たウェンは、不意にトロフェの肩を軽く叩く。
トロフェがゆっくりと顔を上げると、潤んだ深紅の瞳にウェンの自身に満ちた不敵な笑みが映った。
「……ただし、まだ望みはあるわ」
「えっ……? ほ、本当ですか!?」
「私、嘘は嫌いよ」
そう言うとウェンは体を起こし、腕組みをして新へ目をやった。
それにつられ、トロフェ達3人も新の方を見る。
突然視線を向けられ、新は思わず1歩後退った。
「お、俺が何か……?」
「“イシュ”を救う手っ取り早い手段よ」
「あの子の使える部品を取り外して、新の“零式”に搭載して動くように改造するのよ。言ってみれば合体ね」
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