第3話「墜つる蒼衣」(1/6)
「……あ」
日が昇り、人々が活動を始める頃。
新はあてがわれた騎士団宿舎の一室にて、間の抜けた声を上げた。
室内には、備え付けられたベッドや棚以外の物は何も無い。
そう、何も。
「……そっか、“零式”ん中か……」
目当ての物の所在を思い出すと同時に、薄藤色の頭を軽く掻く。
“狼羅”及び“零式”の操縦席には、長期任務等に備えて座席下に収納スペースが用意されている。
本来は携帯食等を入れておくのだが、新の場合は日頃の横着がたたり、それに加えて着替えや財布まで詰め込んでしまっていたのだ。
つまり、新の生命線のほとんどは“零式”のコクピットの中、ということになる。
無論、《エグナーツ》で日本円が通用するなどとは思っていない。
しかし財布というのは、手元に無いとなんとなく不安なものだ。
「……取りに行くか。……“零式”どこに置いたっつってたかな……」
ベッドから起き上がって唯一の外着である制服に袖を通し、部屋を出る。
するとちょうど、目の前を通りがかった騎士の少女と目があった。
短く切り揃えられた焦茶色の髪の下から、茄子紺色の瞳がこちらをじっと見つめている。
やや無愛想な印象を受ける少女は黄朽葉色の外套を翻し、敬礼の姿勢を取って口を開いた。
「あら、《ウィノロック》の。おはよう」
「ああ、おはよう。あの、俺が乗ってた“零式”なんだけど……置き場所とか知ってたりするか?」
「レイシキ? ……ああ、あの黒い子ね。それなら騎士団の格納庫に運んだわ」
「格納庫……悪い、行き方教えてもらっていいか? 中に忘れ物してさ」
「そう。案内するわ、ついてきて」
少女は短く言うと、靴音を響かせながら廊下を進んでいく。
せっかちな性格なのか足取りはキビキビと早く、すぐに姿が見えなくなってしまいそうなほどだ。
新は慌てて部屋に鍵をかけ、その後を追いかけていく。
「あっ、そういや自己紹介が……」
「必要ないわ、天道新でしょ。団長……じゃなくて、代行から聞いているもの」
「そっか」
「私はウェン・ドーリィクス。魔導鉄騎の整備を主任務とする、工士隊の騎士よ」
「おう。……ところで、ここ男子宿舎だよな?」
「そうよ。まあ、たまに異性を連れ込んだり、逆に連れ込まれたりする困ったさんがいたりはするけど」
「……お前もその例?」
「まさか。そういうのがいないか見回りに来てたのよ」
「お、おう……悪い……」
ウェンは振り返ることもせずに言いながら、階段を下り続ける。
不用意なことを言って怒らせたかと思い、軽く謝罪の言葉を口にしながらそれを追う。
それから新は勝手に気まずさを覚え、口数も少なく彼女の後について《神聖帝国》の市街へと踏み出していった。
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