エピローグのようなもの
『先日突然発生した巨大暴風域について専門家は次のような見解を述べーー』
あの日、突如日常を脅かした災害は。
現れた時と同じように忽然とその姿を消した。
何故災害が起こったのか。何故消えたのか。
その手の専門家達は日々論争を繰り広げているみたいだが、答えは見つからないだろうと僕は思っている。
だって原因は彼ら、陽の者が忌み嫌う。
二次元の世界の住人なのだから。
こんな話、誰に聞かせても眉唾な話だと笑うだろう。
僕も実際にその原因を目の当たりにしたわけじゃない。
ただ。
あの時の矢野司を見送った僕としては。
どうしても、あの日出会った二人が今回の事件と無関係だとは考えられなかった。
ーー当分はこの話題で持ちきりだろうな。
朝食のトーストを飲み込み、テレビを消す。
大きく伸びをして鞄を手に持った。
「……さて、今日も学校へ行きますか」
災害の後。されども僕の日常は変わらない。
起きたばかりなので今でこそ騒がしいが、人の噂も七十五日。
そのうちに今回の災害も記憶の隅へと押しやられ、やがて人々の記憶から忘れられる。
だけど、僕は決して忘れない。
あの日の光景を。
今度こそは必ず忘れない。
初めて二次元でなくリアルでかっこいいと思えた、あの人みたいになる為に。
今日も僕は日常を送る。
「行ってきます」
◆
『先日突然発生した巨大暴風域について専門家は次のような見解を述べてーー』
今日も今日とてニュースが流れる。
私が起こした異常気象は事前に矢野さんに食い止められたとはいえ、被害が出なかったわけではない。
幾つかの民家は破損したし、作物なども大ダメージを負った。
事件の爪痕は今も確かに残っている。
ニュースが流れる度に心が痛む。
ヤケになって起こした事態を忘れてしまいたくなる。
ヴェーチェルや矢野さんは私の所為ではないと言ってくれた。
だけど、私は私の所為である。生涯そう思い続けることだろう。
これは忘れてはいけない傷なのだから。
私が今後背負っていかなければならないものなのだから。
「あー今日から出勤か…」
気怠そうにスーツ姿で降りてくる矢野さんに気づいた私はニュースを見るのを止め、台所へと向かった。
朝作って置いたお弁当を持ち、玄関に向かう矢野さんに手渡す。
「はい、矢野さん。お弁当」
「おぉ…悪いな。『由宇』」
「いやいや。お世話になっているのは私の方だから。このくらい当たり前だよ」
そう。あの事件の後も、矢野さんは変わらず私を家に置いてくれていた。
『森島由宇』を覚えていてくれるだけでも嬉しいのに、帰ってこれる居場所の提供。
それに加えて休みの日は私がヴェーチェルとなった手掛かりを掴むために一緒に出掛けてくれていた。
矢野さんには膨大な借りがある。感謝してもしきれない。
だからこそ、私に出来ることならば何でも行う覚悟はあった。お弁当作りもその一環に過ぎない。
「じゃあ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい!」
私は精一杯の笑顔を向けて、大きな声で告げた。
『次のニュースです。ーー街で季節外れの大雪が観測されましたーー』