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どうやらオレは闇雲に走っている間に家の近くまで来ていたらしい。
家に戻るまで十分と時間はかからなかった。
彼女を見つけ出すまでも、適当に走ってたわりには然程時間がかかりなかったし、案外運が良いのかも知れない。もしくは今後不運なことが続くっていう暗示なのかも……。
なんて考えつつ、自宅の階段を上ったオレは彼女に貸し与えていた部屋の扉を開いた。
以前までなら歩けば埃が飛ぶように舞っていた部屋は、今やその影を無くし、綺麗に整えられていた。
「……今思えばとんでもない部屋を貸してたなオレは…………」
不快にさせたくなかったのに、不快になるような部屋を貸し与える矛盾。あのときのオレは何を考えてたんだ。ヴェーチェルが実際に目の前に現れて混乱していたとはいえ、それにしても酷すぎる。
家具がベッドとカーテンしかない部屋を見て、加えて埃の巣窟だった過去を振り返り、この部屋を貸し出されたら自分だったら間違いなくキレると考えながら、周囲を見渡した。
恐ろしいくらいに何もない。
あるものを強いて挙げるなら、シーツの上に二面揃ったルービックキューブが置いてあることぐらいだろう。
とか言ってどこかに隠すスペースなんてこの殺風景な部屋ではそれこそベッドの下ぐらいしかあるまいし。
流石に思春期の男子じゃないんだからそんなところには何も隠してないに決まっている。
それでも念のため確認してみると。
「……マジかよ」
――ベッドの下には鞄があった。
決して上等な物ではなく、学生が使うような鞄が隠すようにして押し込まれていた。
引っ張り出すと、所々生地が解れていて使い込まれていたことが分かる。
「……………どうしようか……」
引っ張り出した鞄を目の前に、暫し葛藤する。
隠すということは見られたくないものなのだろう。オレも男子。何かを隠すといった経験は何度かある為、見られたくない気持ちはよくわかる。
故に開けるべきか否かを悩んだが、少しでも彼女に繋がる情報が欲しい。
そう考え、背徳感を感じながらも開けることにした。
謝罪の言葉を口にして、チャックをゆっくりと引っ張っていく。
そして中身を見て、やはりと確信する。
彼女はヴェーチェルではなかった、と。
どうしてヴェーチェルの姿形、能力を持っているのか分からない。
が、彼女は間違いなくヴェーチェルではない。
鞄の中には、名前欄が黒く潰された通帳と携帯が入っていた。
彼女に聞いた話によればこの世界に来たのがオレと会う数日前。その数日間で、身分証明書もないのに通帳を作れるだろうか。携帯を手に入れられるだろうか。
無論、これが彼女のだという確証はない。誰かの落とし物である鞄を彼女が拾ってきただけ、の可能性もあり得る。
しかし、不思議とオレは鞄が彼女のである。そんな確信が持てていた。
◇
想像通り、障害物のない海の上は風の集まりが良く、纏う風も中々の規模になってきた。
あと一時間もあれば原作の規模を再現することが出来そうだ。
原作のヴェーチェルと同じ力なら、この世界に痛みを与えることが出来る。
私を忘れてしまった世界に、私という存在を刻み付けることが出来る。
人間にも被害が出るかもしれないが、まぁ、仕方ないことだ。
人間も私を忘れた。だから壊す。
理不尽には理不尽で返す。当然の報いでしょ?
風を纏いながら、ふと思う。
圭介が私のことを忘れていたあの時、何故溜め息が出たのか。今なら分かる。
簡単な話だ。私は人の不幸が見たかった。私と同じように絶望する人を傍目から眺めたかったんだ。
認めよう、私の性格は終わってる。
これはヴェーチェルになったから、ではない。元から腐っていたんだ。だけど隠していた。それがヴェーチェルになった影響で漏れ出してしまっただけ。
本当どうしようもないね。どうしようもなさすぎて、壊したくなってくるよ。
「あは、あははははははは」
ただただ笑う。笑い続ける。
風の音しか聞こえない海上で、私はひたすらに笑い続けた。