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自宅に戻った俺は、即座に鍵を締めた。
そこで力が抜けたのか、そのまま玄関へとへたり込む。
意味わかんねぇよ……どうしてこうなったんだ……何で俺がこんなことに……騒いでいた連中も連中だ……他人事だと思って追いかけてきやがって…………
……いや、そんなことよりも今は現状を確認するのが優先だ。
狭いマンションの一室とはいえ、自宅に戻ったことで余裕が出てきたからだろう。
冷静に頭が回りだした俺は、軽く頬を叩き、自分に言い聞かせる。
とりあえず姿見で自分の姿を見てみるか……別視点からなら何か新しい発見に気づくかもしれない。
何とか立ち上がった俺は、靴を脱ぐことなく土足で姿見へと向かう。
一人暮らしでよかったと今日ほど思ったことはない。
もし実家暮らしだったら、知らない女が家に堂々と入ってきた時点で確実に通報されているだろうし、説明するにも多大な手間と時間を費やすことになったに違いない。
精神がボロボロの現在、一から説明する余裕なんてなかったため、切実にそう思った。
……騒ぐのも無理はないよな……。
先ほどまで俺を見て騒いでいた連中に感じていた憤りは、鏡を見たあと、すっかり消えていた。
足元に届きそうな緑のロングヘアーに、金の瞳。
水色の半袖のブラウスに、デニム素材のショートパンツ。足元には白の厚底の靴。
申し訳程度に膨らんだ胸。
ゲームの世界からそのまま飛び出してきたかのような、原作を忠実に再現したヴェーチェルが鏡にいた。
ヴェーチェルが出てくるゲーム、【神の使いの災禍姫】はスマホゲームとしてはかなり有名で比較的多くの人が知っている。
そんなゲームのキャラクターにとてつもなく似ている人が現実に現れたのだ。それもルックスだけでなく身なりも全く同じ人間が。
俺も当事者じゃなければ確実に騒いでいたことだろう。
とそこまで考えたところで純粋に疑問が生まれた。
―――そういえば……能力とかってどうなってんだろう?
ゲームのヴェーチェルは風を操る能力を持っていた。
まさか……ね……。
あくまでゲームの中の話であって現実には再現できないだろう……しかし、今しがた非現実を体験したばかりなので否定はできない。
…と言っても、詳しい描写がなかったからどうやって試せばいいのか分からないけどな……風よ吹けって念じればいいのか?
直後だった。
ビュンと強い風が吹いたのは……。
…………え、マジ?
風は一瞬で吹き止んだが、確かに吹いた。
気のせいではないと言うように、俺の髪が乱れている。
暫く開いた口が塞がらなかったが、気を取り直して再度念じてみる。
今度は長く、吹き続けるようにと。
「…………おぉ……」
まるで扇風機を始動させている時の如く、一定の速度で風が吹き続けた。
思わず感嘆の声が漏れる。
同時に不安が過った。
【災禍姫】はその名の通り、災禍を起こす力を持った少女たちを示す。
意思を持った災害。言ってしまえば人類の敵だ。
それ故、ゲームでは国家勢力やら悪の軍団やら様々な組織に狙われていた。
流石にゲームみたく狙われることはない……と思いたいが、もう何もかもが信じられないのが現状。
「はぁ……」
もうため息しか出てこない。
こんな姿じゃ外は自由に出歩けないし、何より学校に行けない。
外出は変装などで何とかならないこともないが、学校は確実に無理だ。
男から女に変わっている時点でアウト。絶対にバレる。
だからと言って、この問題を放置しておくわけにはいかない。
連絡なしで不登校が続くと通報されて警察が来る可能性がある。
「……連絡ぐらいはしとくか……」
声はすっかり変わってしまったが、極力低い声で且つ喉の病気を患ってしまったと言えば何とかなるだろう。
「……あの、すみません。二年二組の森島なんですけど……」
そう思い、電話をかけた俺は……絶句した。
『その学級にはその様な名前の人は在籍しておりませんが……あのもしもし? もしもし―――』
俺の存在は――消えていた。