プロローグのようなもの
事実は小説より奇なり。
その言葉が指すように人生とは何が起こるか分からないもので。
気がつけば俺は女の子の姿になって道路に立っていた。
ただの女の子ではなく、ゲームに出てくるキャラクターにそっくりな姿となって。
ヴェーチェル・ディザスタ。
【神の使いの災禍姫】というストーリー重視のスマホゲームで災禍姫の一人として登場する、足元に届きそうなほど長い緑色の髪に、金色の瞳を持つ美少女。
一見儚げな印象だが、行動力は人一倍あり、予測不能な行動をすることが多い。また、風を操る能力を持つことからファンの間では【暴風ちゃん】と呼ばれている所謂不思議キャラだ。
そんなキャラクターに何故俺がなってしまったのか分からない。
夢か? 夢だよな。夢に決まってる。だって俺はつい先ほどまで普通に登校していたはずなんだ。夢じゃなかったらなんだって話だ。
朝から白昼夢を見るなんて……俺、疲れているのか。
『――おい、あれって災禍姫の暴風ちゃんじゃね』
『――コスプレのレベル高くない?』
『――すごいクオリティ…めっちゃ似てるじゃん』
突如起きた非現実的出来事を受け止められず、何度瞬きを繰り返しても姿を変えることなく平然とガラスに映る自分を見て、固まっていると不意に周囲から声が聞こえてきた。
顔を上げてみれば、先程まで誰もいなかったはずの道路は、いつの間にか集まってきた人で賑わっていた。
人達の片手には携帯やらカメラがあった。
「……」
俺はこれほどまでに注目させるような容姿を持っていないし、キテレツな格好をしていたわけでもない。
つまり、これは現実。俺は本当にヴェーチェルに……
「…………」
……いやいやそんなことあるわけがない。
きっとこれはよくできた夢なのだろう。
一人暮らしの男子高校生が見るには痛すぎる夢だが、……それは置いといて。
夢ならば痛みはないはずだよな。と疑惑を確信に変えるために、俺は思いっきり自分の頬を引っ張った――
「え……」
――刹那頬を走る痛み。その痛みに俺は驚き思わず声をあげてしまった。
『――いきなり何してるんだ?』
『――頰を抓った? うん、意味がわからない』
『――まぁ、暴風ちゃんは不思議キャラだから……そこも再現してるのかも』
ないはずの痛み。
だが、ジンジンと熱くなっていく頬は確かに痛みがあった証拠だった。
「――ッ!?」
『――あっ、逃げちゃった。どうする? あと追いかけてみる?』
『――ちょっ、まだ写真が撮れてな…待って!』
強引に人混みを突破して逃げ出した俺の背後から、そんな声が後ろから聞こえてくるが、俺は足を止めることなく走り続けた。
全員撒いて家に着いたのはそれから数十分後のことだった。