第七話「毒使いとの激戦」
「そ、そろそろ、きつくなってきたな」
マンジイに過去を打ち明けた翌日の朝、ボクはようやく訓練の手を止めていた。
鉄パイプを握り続けた手はマメだらけで、目はかすみ、足はふらつく。
しかし、確実に強くなったという事だけはたしかだ。
その後に行ったマンジイとの手合せでは先制攻撃を鉄パイプのガードで防ぎ、負けはしたが以前よりは善戦する事が出来た。
「はぁ、はぁ。やっぱ強いですね」
「なかなかいいガードじゃった。訓練直後というのを考えれば、かなりいい動きじゃったぞ」
「ほ、ほんとに! や、あ、でもまだ喜ぶような段階じゃないですよね?」
「うむ。奢らぬように自分を戒める事が出来るようになるのも成長のあかし。これから起こる戦いでもそれを忘れんようにの」
マンジイは持っていた缶の中からドロップのようなものを取り出し、ボクに渡した。
訓練のご褒美というわけではなく、これから起こる戦いで必要なものらしい。
口の中に入れてみると、げっそりするような苦みが駆け巡り、舌の感覚がなくなっていった。
すぐにでも吐き出しそうな勢いだったが、涙と汗をたらしながらなんとか耐え抜き、飲み込んだ。
「う、ふぐおっ。ぶ、はふ、はぁ」
「それはワシが調合した特性の解毒剤じゃ。これから一時間くらいの間、体内に入った毒を無害なものに変える作用がある」
「毒? 危ない場所にでも向かうんですか?」
「場所なんて動かないものなら、楽でよかったんじゃがの。それよりも厄介なものじゃ」
マンジイによると、これから向かう場所には強力な毒を使う敵が待ち構えているのだという。
先へ進もうとして餌食になった者が後を絶たず、この辺ではちょっとした噂になっているのだそうだ。
当然、デビレンによるものだと思われたが、犯人は何とれっきとした人間。
どうやら、デビレンの悪事に加担する忠実な下僕として動いているのだという。
「この手の人間は決して少なくない。特にデビレンの驚異的な力に魅せられて堕ちていったものはの」
「まぁ、デビレンの存在が大きすぎて忘れてましたけど、どこの世界でも悪い人間がいるのは当り前ですよね」
「まったく。人間たちが一致団結してデビレンたちと戦っていかねばならんというのに、嘆かわしい事じゃ」
話ながら歩いていると、さっそく異様なにおいがしはじめた。
ボクは鉄パイプ、マンジイは槍を装備し、すぐに臨戦態勢をとった。
すると、直後に痩せ型の若い男が現れ、巨大な銃で殴り掛かってきた。
マンジイはそれを的確にガードしながら耐えた後、ボクの手を引いて後退した。
「お前さんか。デビレンに加担しておるホサカとかいう毒使いは」
「フフ、俺も有名になったもんだな。知っているんなら話は早い。俺と来る気はないか?」
「仲間になれという意味かの?」
「ああ。今までここを突破しようとやってきた連中はさっきの先制攻撃であっけなくやられたが、あんたは難なく耐えた。けっこうな手練れのようだから殺すよりは仲間にしてやろうと思ってよ」
「バカにするでないぞ。デビレンに手を貸すくらいなら腹を切った方がマシじゃ」
「フン、そうかよ。高齢者虐待は趣味じゃねぇが、仕方ねぇな」
「やる気のようじゃの。ニシくん、指示をやるまで下がっておれ。さっきの攻撃を見る限り、奴の実力はレベルスリーのデビレン以上じゃ」
「わかってんじゃねぇか。じゃあ、この後、どうなるかも分かるよな!」
ホサカは巨大銃から毒液をドバッと放出した。
マンジイはそれをさっとよけると、槍で反撃を開始した。
この槍は長さ、角度が変化する機能もあると聞いているので、距離をとりつつ、防御も同時に行えるはず。
すぐに毒液と槍の激しい攻防戦がはじまった。
ホサカは毒液を広範囲に連射し、対するマンジイは槍を回したり伸ばしたりで防ぎつつ、反撃する。
互角に見えたが、マンジイの方にやや余裕があるようだ。
ホサカは使えば使うほど中の弾を消費するだろうが、マンジイの方は槍なので何も消費するものはない。
焦り顔のホサカは別の弾を補充したのち、大量の毒液をとばした。
これはさすがに槍でガードしきるのは難しい。
だが、マンジイはさらに槍を長く伸ばして円を描くように自分を包み込み、完璧に毒液をガードしてみせた。
続けて体を回転させながら槍を戻してホサカめがけて伸ばしていき、突き刺した。
ホサカは流血しながらうずくまり、勝負は決したと思われた。
しかし、マンジイの槍はその後も伸びたまま、ぴくりとも動かなくなった。
「ど、どうなっとるんじゃ。ん?」
「はっはっは、引っかかったな」
ホサカは槍の先端を手でつかんだまま立ち上がり、巨大銃から毒液を垂れ流した。
それは伸びた槍をつたいながら、みるみる前進していく。
マンジイは何とか回避するも、槍を奪われてしまった。
「はぁ、はぁ。何たる不覚じゃ」
「フフ、これで戦力半減だな。ああ、そうだ。種明かししておくと、さっきのあれは俺の血じゃねぇ。これだ」
ホサカが見せたのは、ビニールに入った大量のケチャップだった。
つまり、槍が到達する寸前にケチャップを命中予想箇所に集中させ、槍の威力を弱めると共に大量に血液が出たと思わせる。
そして、マンジイが勝ったと油断したスキに槍を奪い取るつもりだったのだろう。
さすがのマンジイも遠距離からではケチャップと血液の区別がつかなかったようだ。
「年を取ったようじゃの、ワシも」
「わかってんじゃねぇか。さて、もう出し惜しみは必要ねぇな」
ホサカは巨大銃から毒液と毒ガスを発射した。
息をとめたまま、毒液を必死に避けるマンジイだが、毒ガスは目や皮膚からもしみこんでいるようだ。
「く、が、が」
マンジイはすばやく後退すると、ホサカとの距離をとった。
その際に毒液を少し吸い込んでしまったらしく、ボクが駆け付けたときには真っ青な顔をしていた。
「はぁ、はぁ。頭がくらむ。解毒剤の効果が切れていたようじゃの。いや、それ以前にワシの解毒剤では完全には奴の毒を無毒化できておらんようじゃ」
「げ、解毒剤が効かないなんて、ど、どするんですか。こんな状態でホサカに追いつかれたら......」
「あ、慌てるでない。少し雑じゃが作戦を考えた。よく聞くんじゃぞ」
マンジイは作戦内容を手短に説明した後、ボクから離れた。
こうなっては、もうやるしかない。
ボクは鉄パイプを握りしめ、迫っていたホサカの前に飛び出した。
「あ、ははは。どうも」
「何だ、デブ。今度はお前が相手をするってのか?」
「う、ううう。ああ、そうだ。く、くるならこい」
「フン、ブタ野郎が。すぐにオロして肉屋に売り飛ばしてやんよ」
ホサカは巨大銃の後部から紫色の針を連続で飛ばしてきた。
ボクは鉄パイプで必死にガードしようとするも、あえなく失敗。
腕と腹に針が突き刺さり、倒れてしまった。
「うー、うー」
「その針にも強力な毒が仕込んである。さぁて、苦しませるのもかわいそうだし、すぐに楽にしてやるか」
「ひ、ひゃふれふあすら」
「はっはっは、とうとう頭にまで毒が回ったようだな。けっさ、ん? うお!」
突如、ホサカは横へと向きを変え、接近してきたマンジイを迎え撃った。
ぎりぎりだったが、うまくいったようだ。
ホサカはすぐに懐から解毒剤を奪われた事に気づいたようだが、すでに後の祭りだった。
「な、なぜだ。なぜ、俺が解毒剤を持っているなんて分かった?」
「お前さんの使っている毒は自分の力ではなく、武器の力。耐性などないじゃろうし、万が一の時のために持っていると思ったまでじゃ。隠している場所はさっきの戦いでお前さんの動きをよく見て見当もついていたしの」
「うう、くく」
「毒で弱ったワシの体力ではスキを見て奪い取るのは無茶じゃったが、別の何かに目を向けさせておけば、そのスキを利用できる。ニシくん、よくやってくれたの」
「ああ、はは」
「さて、仕上げといこうかの」
マンジイは解毒剤をボクに飲ませた後、残りを飲み干し、戦闘を再開した。
一方のホサカは解毒剤を奪われた動揺からか、かなり焦っている様子だ。
やけっぱちといわんばかりに毒攻撃を連発した挙句、飛び散った毒液を両足にくらい、転倒。
そのときに落した巨大銃が衝撃のせいか暴発し、毒ガスが噴き出した。
ホサカは毒液と毒ガスにより、ほぼ自滅に近い形で敗れる事となったのだった。
「う、ぐぐ」
「もう少し、毒を自分がくらったときの対策を考えておくんじゃったな」
「マンジイ、彼をどうするんですか?」
「この先にある換金所に引き渡す。生け捕りが基本という以外はという他はデビレンと何ら変わりない扱いじゃ。種族が違うというだけで悪に変わりはないのじゃからの」
「う、うう。ちくしょう、こんなジジイと肥満野郎に。う、あ、ああああああ!」
突如、ホサカが胸を押さえて苦しみだした。
その直後にブザー音のよなものが鳴り響き、黒い魔法陣のようなものが出現した。
おそらくは、ホサカの体内に何らかの仕掛けが施してあったと考えられる。
「あ、ぐぐぐ」
「ま、マンジイ。どうします?」
「気の毒じゃが、ワシらにはどうする事もできんよ」
「う、ち、くしょう。日本に帰りたかった。みんなに......あ、い」
ホサカは懐から一枚の写真を取り出し、口をパクパクとさせた後、絶命した。
マンジイはそれを見届けると、合掌しながら静かに口を開いた。
「哀れな男じゃ」
「マンジイ、さっきのって家族に別れを告げてたんでしょうか?」
「おそらくの。奴もおそらくはお前さんと同じで不本意な形でこの世界にきたんじゃろうの」
「ぐ」
「じゃが、デビレンに加担して多くの冒険者たちを殺めたのも事実。自分の幸せのために他の誰かを不幸にするなど許されるもんじゃないよ」
マンジイの言う事は至極もっともだ。
しかし、デビレンに加担するしか生きて日本に帰る道がない状況だったら、ボクならどうするだろうか。
命と引き換えにしてでも、まっとうに生きてきた人間としての誇りを守り切れるだろうか。
答えはすぐには見つかりそうもなかった。