第三十五話「チィトとデスビル」
「いよいよだ」
角刈りデビレンとの再戦から一ヶ月後、ボクはブガイから知らせを受け、河原の向かいにある無人のビルに入っていた。
ついにチィトとの決戦の時がやってきたのだ。
この日に備えて戦闘能力は極限といっていいほど鍛えてきたし、覚悟もまったく揺らいでいない。
何の迷いも不安もなく、ブガイから完成した武器を受け取った。
「これがミミッギュを使って作った武器か」
「うむ、ミミナイフとミミ弓。これなら、チィトにダメージを与えられるはずじゃ」
「必ず、使いこなしてみせます」
「それでいい。さぁ、ついてこい。チィトの居場所はすでに分かっている。戦いはもうはじまっとるんじゃ」
ブガイはボクを仲間たちの待つ地下広場に案内し、作戦を話し始めた。
まず、今回の戦いはただチィトを大人数で倒しにかかればいいというものではない。
全滅のリスク低下、周りにいる他のデビレンたちをチィトのそばに近づけさせない事、一般市民を巻き添えにしない事が重要なのだ。
そのため、レベルフォーとやり合えるだけの力を持った者だけがミミナイフとミミ弓を持ってチィトに近づき、他の者たちは他のデビレンや一般市民が近づけないように周りを固めることになった。
ミミナイフとミミ弓の数は限られているし、妥当でいい判断だといえる。
しかし、すでにチィトのすぐそばをレベルフォークラスが固めている可能性も否定できない。
おそらく、今まで考えていた以上に大規模な戦いになることが予想された。
「お前にもお前の仲間にも申し訳ない結果に終わってしまうかもしれん。その時は許してくれ」
「チィトと戦うと決めたときにその覚悟はできてます。何があろうとあなたを恨むつもりなんてないですよ」
「そうか。出発前に話しておきたいことがあるなら済ませておくといい」
「はい」
ボクはマンジイ、スズ、ショウさん、マジェリーを集めた。
ボクとマンジイは同じ班、スズ、ショウさん、マジェリーは別の班としてチィトの元へ向かうため、五人全員そろうのはこれで最後になるかもしれない。
しかし、別れのあいさつなどする気はなかった。
「みんな、今まで本当にありがとう。この戦いが終わったら、また一緒に旅をしてくれるかな?」
「もちろんよ、だってすごい楽しい旅だったもの。ね、マジェリー」
「うん、悪くなかった」
「ま、ギルゴムを倒せたのはお前らのおかげだしな。借りを返さないままってのもしゃくだしな」
「うう。みんな、約束だよ。必ず生きてまた会おう」
ボクはスズ、ショウさん、マジェリーと固く手を取り合い、マンジイと共に出撃した。
目指すのは、ここから十キロ先にある薄暗く荒廃した草原。
待ち受けるのは、自分よりはるか格上の最強のデビレンであるチィト。
だが、さらに先で待つ仲間たちとの再会と明るい未来が強く背中を押してくれた。
「マンジイ、ペースを上げても大丈夫ですか?」
「無論じゃ。足を引っ張っては年長者として立つ瀬がないからの」
「よし、それじゃあ!」
ボクは小刀ザクメルを装備し、一気に加速した。
だが、直後にデビレンの大軍が道を塞ぐように次々と前から現れた。
中心にいたのは、かつて戦ったレベルフォーのギュバ。
すでに魔性具レガーザを装備しており、前のように遊び半分ではないことが伺えた。
「お前らはここで俺が始末する。ボスの元には行かせねぇぞ」
「やはり、ボクたちの動きを多少は掴んでいたようだね」
「俺たちもバカじゃねぇ。お前らが近いうちに何かやらかすことは分かっていたさ」
「ここで時間を使うわけにはいきません。マンジイ、一気に攻撃しましょう」
「いや、その必要はない」
マンジイは槍を装備して、前にいた雑兵たちを攻撃していった。
続けてギュバに突っ込んでいき、力強く押していった。
「ニシくん、何をしとるんじゃ! 今のうちに先に進むんじゃ!」
「え? マンジイだけを置いてですか」
「ワシらの目的は打倒チィトじゃ。今、他の誰かがチィトと戦っているのなら、一刻も早く加勢に向かうべきじゃ」
「ジジイ、奴を先に行かせたところでボスに勝てるわけがない。無駄な抵抗だと思うがな」
「彼はもう出会った頃とは違う。本当に強くたくましくなったんじゃ。非の打ち所がないりっぱな戦士になったんじゃ」
「マンジイ」
「お前さんなら必ずやれる。ワシの見込んだ男なんじゃ。さぁ、行け」
「はい」
ボクは小刀ザクメルを握りしめ、雑兵たちを蹴散らしながら一気に加速した。
その後は他の雑兵たちによる襲撃が二回ほどあったが、特に足止めをくらうこともなく進む事が出来た。
どうやら、デビレンたちの配置が比較的少ないルートを通れたようで、幸いにも万全の状態で草原に着く事ができた。
少し遅れてブガイも到着し、それを見計らったかのようにチィトがフッと現れた。
そして、反応するヒマすら与えず、ブガイを近くにいたボクごと蹴り飛ばした。
殺しのプロであるブガイもチィトにとっては赤子同然でしかなかったのだ。
「ぐう、貴様」
「なーんか時間稼ぎのような戦い方してると思ったらお前たちの差し金か。私刑王ブガイ、ニシ」
「ブガイ、ダクカットは?」
「ああ、起動させた。じゃが、これだけは覚えておけ。弱体化させても奴の力はレベルフォーの比ではない。心してかかれよ」
「はい」
ボクたちはすぐにミミナイフとミミ弓を装備した。
対するチィトはいつもと違って殺気は出さず、堂々と迎え撃つ態勢をとっていた。
「俺の殺気に恐怖しない人間はおそらくお前らだけだ。要するにお前らさえいなくなれば、俺にたてつける人間はいなくなるってわけだ」
「それはお互いさまじゃ。キサマを倒せば組織は成り立たなくなる。ハナからそれ狙いなんじゃからな!」
まずブガイが先発として戦闘の火ぶたを切った。
ミミナイフでチィトの首を切りつけ、続けざまにミミ弓を連射した。
しかし、わずかに切り傷を与えただけで、あっという間に再生されてしまった。
「やはり固いようじゃな」
「まさか、俺に傷をつけられる武器があるとはな。だが、致命傷には程遠い」
「今じゃ、やれ!」
「うおおおお!」
ボクはチィトの背後に迫り、ミミナイフを突き刺した。
しかし、こちらも皮膚をわずかに突き破っただけですぐに再生されてしまった。
ひとまず、攻撃が通るようになったまではよかったが、これでは次元切断カプセルを埋め込むのは無理だ。
「もっと弱い部分を、急所を攻撃するしかないようですね」
「ああ」
「さて、今度はこっちからいこうかな」
チィトは三又型の魔性具を召還し、攻撃してきた。
それは速くて強く、他のデビレンたちのものとは段違い。
ミミナイフとミミ弓が効いてわずかに持ち始めたこちらの希望を掻き消すかのようだった。
途中まではボクもブガイも何とか応戦できていたが、不意に上空から飛んできた魔性の火に気をとられ、魔性具で斬られた。
おまけに直撃こそしなかったが、魔性の火の火の粉でボクは全身、ブガイは両足に火傷を負ってしまった。
「まさか、ボクたちと戦いながら魔性の火を飛ばすとは。しかも、この威力」
「弱体化させてもこの強さとはな。ぐぐ」
「ははははは! まだこんなものじゃないぞ」
魔性の火はその後も降り注ぎ、チィトの追撃もやまない。
火傷薬を使う暇もなく、ボクたちはひたすら耐えながらチャンスを待った。
「やはりボクらと戦いながらじゃ単純なコントロールしかできないようだ。だんだん見切れてきた」
「そろそろ通用しなくなってきたようだな。だったら」
チィトは一旦攻撃をやめると、魔性具を天に向けてかざした。
そしてしばらくすると、上空を雲が覆いはじめ、ひどい嵐となった。
「な、何じゃ、急に」
「うっぷ、これじゃあ俺まで戦いづらいな。少し弱めとくか」
チィトが手を元に戻すとやがて嵐は少しづつ弱まり、かわりに固い雹がボクたちめがけてふりはじめた。
散弾銃のような強力な威力に加え、数もスピードも十分で、完全にガードしきることはできなかった。
「ぐ、うう」
「天候をコントロールする。それが奴の魔性具の力というわけじゃな」
「さぁ、どんどん行くぞ」
「くっ、どうすればいいんだ」
さすがに雹に気を取られながらチィトと戦うのは厳しく、ボクたちは動きを制限されはじめた。
それに追い打ちをかけるように魔性具の先端からゲル状の物体が次々と飛び出し、雹に手こずっていたボクの右腕にくっついた。
「な、何だ、こ、ぎゃあああ!」
「フフ、それは人体にとりつき皮膚から体内に入って細胞を食い荒らすのさ」
「どういう事じゃ。まさか、奴の魔性具は」
驚愕するブガイにもさらに巨大な雹が襲い掛かる。
後退しようとするも、広範囲におよぶ雹から逃げ切れはしなかった。
「く、くそ」
「さ、追いかけっこは終わりだ。とどめはこれだ」
防戦一方のブガイめがけて魔性具の先端から巨大な大木が飛び出し、圧迫した。
これは無機物を魔性具の中にしまい、自由に出し入れする能力のようだ。
「直撃はしなかったか。はぁ、やっぱり一つずつしか出し入れできないし、はずれ能力だったかな、これ」
「ぐう、天候を操る能力の他に二つも。何なんだ、どうなってるんだ!」
「フフ、困惑しているようだな。俺の魔性具デスビルの力にな」
チィトは高らかと魔性具の事を話し始めた。
何と、魔性具デスビルには他のデビレンの魔性具を取り込み、奪ってしまう力があった。
そうすることによってデスビルには奪った魔性具の能力が宿り、以降は自分のものとしていつでも使う事ができるのだという。
そして、魔性具はデビレンにとって分身のようなものであるため、魔性具を奪われたデビレンはそれと同時にデビレンとしての力も失う。
つまり、デビレンとしての死刑宣告のようなものと考えて差し支えない。
チィトはこれまでに反逆心を持っていたデビレンや失態が多いデビレンの魔性具を奪い、自分のものとしていたそうだ。
ただ正直なところ、チィトにとっては別にどちらでもよかったようだ。
自分に尽くしてくれるならそれでよし、そうでないなら力を奪ってしまえばどちらにせよ自分の利益になるのだから。
「俺が今まで奪った能力は五つ。辛かったよ、仲間殺しなんてね」
「まさか、デビレンを増やしていたのはそのためか。最終的に力を奪うつもりだったんじゃな」
「さぁてねぇ。ただ、俺の思い通りにならないバカ者はそうなるってだけの話さ」
「大した外道ぶりじゃ。さすがはデビレンたちのボス」
「く、これはうずくまっている場合......じゃないね」
ボクは右腕ごとゲルを攻撃して殺し、両手にミミナイフとミミ弓、口に小刀ザクメルを装備した。
そして、すばやくチィトの背後から接近し、ミミナイフで右肩を攻撃した。
「はっ!」
「おおっと、危ない」
「ちっ」
「うう。これはまずいな」
かすっただけだったが、チィトはあきらかに右肩を庇っていた。
さっきの戦いでもそんな仕草が何度かあったし、右肩が比較的脆い急所だと見てとれた。
「じゃったら、そこを集中的にたたけば」
「かすっただけであの程度だし、おそらくクリーンヒットさせたところでたかが知れてるかもしれません。でも、やる価値はあると思います」
「フフフ、おもしろい、おもしろいぞ。こんなワクワクする戦いは久方ぶりだ。もっと楽しませろ、もっと興奮させろ」
チィトは魔性の火を全身に纏い巨大化させながら、前進してきた。
空は禍々しく曇って雷が鳴り、地面は力を吸われるように干からびていった。
まるでこの世の終わりを告げるかのような絶望的な光景。
だが、ボクは絶対に飲まれはしない。
仲間たちとの約束を胸に力を込めて立ち向かっていった。




