第三十三話「悪夢の果て」
「はぁ、うう」
「ニシくん、具合でも悪いのかの?」
「いえ、そんなんじゃないです」
ブガイとの再会から一週間後、ボクは新しく拠点とした河原でマンジイと共に訓練に励んでいた。
しかし、うまく集中する事が出来ない。
というのも、ついさっきまでブガイと手を組むかどうかの議論が行われていたのだが、明確な答えは出なかったからだ。
それに加え、チィトと直接対決するための覚悟が完全に固まっていなかったように思う。
そして、追い打ちをかけるように舞い込んできたのが、チィトに打ち負かされた腕のある者たちが少人数だがデビレン側に寝返り始めているという情報だった。
とても許される行為じゃないが、ボクは不覚にも共感を抱いてしまい、恐怖と理性の間で激しく苦悩し続ける事になった。
「ボクはこれからどうすればいいんだ」
「ニシくん、さっき聞いたことが気になるのは分かる。じゃが、あ、んんん?」
マンジイは急にふらふらしだし、倒れて眠り始めてしまった。
その後、魔性の火がボクの周りを覆い尽くし、さらに巨大化した。
奥の方で手をかざしていたのは、以前に会ったレベルフォーのジェリラだった。
「ひさしぶりね」
「ジェリラ、マンジイに何をしたんだ!」
「ちょっと眠ってもらっただけよ。あなたたち、ボスのありがたい勧誘をいまだにケリ続けてるそうじゃない。そろそろ、ヤキを入れとかなきゃと思ってね」
「うう、で、デビレンの部下になれるわけないだろう。ボクはそんな外道じゃない」
「あら、ちょっと声に動揺が見えるわよ。ホントはもう降伏する気だったりしてね」
「う、うるさい」
ボクはジェリラに飛びかかろうとするも、魔性の火に阻まれた。
そして、続けざまに魔性具で追撃され、武器を装備するヒマすらなかった。
ジェリラはすでにボクが複数のレベルフォーを撃破してきたことは知っているはず。
故に多少の遊び心まじりではあっても、油断する気はないようだ。
「さぁ、どうしたの! さっさと私を倒しなさいよ」
「言われなくても、そうするよ!」
ボクはジェリラに殴られながらも、その勢いを利用して後ろに後退し、小刀ザクメルを装備して再びむかっていった。
そして、今度は一転して攻めに回り、反撃を開始した。
「マンジイを元に戻せ」
「いい太刀筋ね。さすがはボスが勧誘するだけはあるわ」
「うおおおおお!」
ボクはジェリラがわずかに目を閉じたスキを狙い、腹部を攻撃した。
しかし、彼女は余裕な表情をくずさない。
「はぁ、あなたついてないわ。なまじ強いばかりにこれから苦しまなくちゃいけない」
そう言うと、ジェリラは魔性具を前方にかざした。
別に何かが飛んでくるわけでもなかったが、そのわずか数秒後、ボクは急に激しい眠気に襲われた。
「何だ、これは。うぐ」
「これからあなたは地獄に行くの。フフ、しーっかり楽しんできてね」
「ぐ、ダメだ。も、う」
ボクはなすすべなく、眠りに落ちていった。
しかし、意外にもすぐに目は覚め、どこかの建物の中にいるのが分かった。
奥ではスズがエプロン姿で料理をしており、横ではショウさんとマジェリーがテレビゲームで遊んでいた。
これはあきらかに不自然だ。
スズ、ショウさん、マジェリーはほんの五分前に食糧調達にでかけたばかりだし、それ以前に短時間で河原から建物の中に移動したのもおかしい。
ボクはほっぺたを思いっきりつねってみるも、特に何も起こらない。
今度は頭を柱に何度もぶつけてみるが、やはり同じだった。
「どうなってるんだ。これ、夢なんじゃないの?」
「おはよう、ニシさん。おなかすいたでしょ? もうすぐごはんできるから、待っててね」
「スズ、ここはどこ? あ、そうだ、マンジイが大変なんだ。ジェリラにやられて」
「え? マンジイなら、お風呂に入ってるわよ」
「え? え? え? うそ。何がどうなってるの?」
ボクは状況がまったく分からず、困惑した。
その状態のまま、マンジイとも合流して五人で食事する事になった。
そして、雑談したり、テレビを見てはしゃいだりと賑やかな時間が続いた。
それは、まさに家族に愛されなかったボクにとってあまりに幸せすぎる時間だった。
何だか状況のおかしさも気にならなくなり、ずっとこのままの時間が続けばいいとさえ考え始めてしまった。
しかし、まさに天国から地獄に突き落とすかの如く、辺りを深い闇が覆い始めた。
その後、黒く赤い目をした謎の生物が大勢で室内に侵入し、スズ、ショウさん、マジェリーを機関銃で射殺していった。
ボクはおびえて動くことができず、目の前でマンジイを殺され、深い絶望の淵に落ちていった。
「ああああああああ! はっ! あ!」
気がついたとき、ボクは河原でスズ、ショウさん、マジェリーと一緒にいた。
さっきまでのはやはり夢で、みんなで必死に呼びかけてボクを連れ戻してくれたという。
しかし、マンジイの方はすでに深い眠りに入っていたようで、眠ったままだった。
どんな音や衝撃を与えても効果はなく、時間と共に顔色はだんだん悪くなっていき、死へと近づいているのがわかった。
ボクは声がかれるくらいに必死に呼びかけた。
「マンジイ、マンジイ!」
「よし、こうなったら、全身の骨を粉々にへし折って起こしてやろう」
「ヤケをおこしちゃだめよ、ショウさん! そんな事したら」
「ああ、ボクはどうしたら!」
混乱する中、ジェリラから無線連絡が届いた。
それは脅迫も兼ねた悪質な挑発だった。
まず伝えられたのは、マンジイに起こっている異変についてだった。
彼はさっきの戦いでジェリラの魔性具へルーガに複数ついている目のうちの一つに眼球をにらまれてしまったことにより、深い眠りにおちてしまったのだそうだ。
そして、今頃はへルーガの能力により、さっきのボクと同様に自分自身がもっともこわいと思う夢を見ながら苦しみ続けているという。
もしも、彼がそのまま夢の中で完全に絶望して心を折られてしまえば、二度と目を覚ますことはなく、永遠の眠りについてしまうそうだ。
「醍醐味はまず幸せな夢を見せておいて、そこから一気に地獄に突き落とす。並みの絶望じゃないはずよ。フフ、残された時間は少ないわね」
「流暢に能力の説明をして。余裕のつもりかい?」
「この方があなたたちのバカみたいに驚く顔が見れて楽しいでしょ。大丈夫よ、私を倒せば能力は解けるから。倒せればね。あーっはっはっは」
そうやって笑い飛ばすと、ジェリラは一方的に居場所だけを告げて切ってしまった。
じっくり作戦を立てなければいけないのに、立てる時間はなく、場はさらに大混乱となった。
「すぐに奴のところに向おう。全員でかかればどうにかなんだろ」
「待って、あたしにいい考えがあるわ。ただ、あたしだけじゃなく、サポートしてくれる相方がいるの。少し危険な役だけど」
「よし、それならボクがやるよ。急ごう、移動しながら聞くよ」
ボクはスズと共にジェリラの指定した工場地帯に向かった。
到着後、ボクは後方にある重機の物陰にて待機し、スズは目隠しをした状態でヘルジャムを持ってジェリラの前へと飛び出した。
まずは音と気配だけをたよりに動いて戦うつもりなのだ。
「さてと、また戦う事になったわね、ジェリラ」
「そう、戦う気なのね。私ともポスとも」
「ええ。さっさとはじめましょう」
「いや、さっさと終わらせる気はないわ。前に煮え湯を飲まされた借りがあるもの。あなたは時間をかけてなぶり殺さないと気が済まないわ」
「おしゃべりはいいから、かかってきなさいよ」
スズは、現状なんとか音と気配だけで周りの状況を把握できてはいるようだ。
だが、はっきりいって、レベルフォーであるジェリラ相手にこの戦法は危険極まりないものだった。
そもそも完璧にものにできているわけではない上に実戦で使うのはこれがはじめてらしく、不安はぬぐいきれないだろう。
「落ち着け、あたし。よく聞いて感じるのよ」
「フフフ、バカな女。音と気配だけでどこまで耐えきれるか試してやるわ」
ジェリラは変則的な移動をしつつ、攻撃してきた。
やはり、最大限に音と気配を消しつつ動いているようだ。
スズの方もジェリラの音と気配だけをたよりになんとか急所を守っているようだが、やはり攻撃すべてを避ける事はできない。
そして、ダメージを受ければ受けるほど、焦りが生じているのか、動きが乱れ始めた。
「はぁ、はぁ」
「あはは、いいツラになってきたわね。さぁ、もっと苦しんでみせてよ」
「うう」
「急所を避けるならそれもよし。なぶり殺す時間が増えて好都合ってもんよ」
戦闘がはじまって五分とたたないのに、はやくも勝敗が見えてきた。
スズは傷を押さえつつ、重機の近くにあるコンテナ置き場に移動した。
ここからがボクの仕事だ。
今いる場所からジェリラの動きを気づかれないようによく見て、スズに伝えなくてはならない。
とにかく、針に糸を通すような気持ちで目を凝らして声に出した。
だが、やはりこれだけ離れた距離からの声をうまく伝えることはできず、戦局は変わらなかった。
スズはヘルジャムを叩き落とされた上、完全に防戦一方となってしまった。
「う、うう」
「このバカ女! 目を閉じた状態で私に勝てるわけないでしょ! このままなぶり殺して素っ裸にして街中にさらしてやるわ」
「ぐ、うう」
「あ、ああ。スズ」
このままではスズは殺され、マンジイも助からない。
さっき見たあの悪夢が現実のものになってしまう。
ボクは意を決して、ジェリラの前に飛び出した。
「ジェリラ!」
「デブ男、せっかく悪夢から逃れたのに懲りてないとはね。いいわ、今度こそぶっ殺してやるわ!」
「させ......ないわ!」
スズはジェリラに背後から飛びつき、激しくもみ合った後、へルーガを力ずくで奪い取った。
「はぁ、はぁ。ありがと、ニシさん」
「くっ、まだ目隠しをしてるのにどうして?」
「あなたね、あんな大声でぶっ殺してやるなんて叫べば居場所がばれるのは当然でしょ」
「はっ!」
「まさか、ニシさんがあんな大胆な行動をとってくれるとは思わなかったけどね」
「そうよ、なぜあんなマネができたの? また悪夢におちるか、目を閉じたとしても一方的になぶり殺される危険だってあったのに」
「キミの見せた悪夢のおかげさ。あれが教えてくれた。仲間を失う以上の絶望なんてないって事を。躊躇していたら何も救えないって事を!」
「ニシさん、あなたのその覚悟は絶対に無駄にはしないわ」
スズは目隠しをはずした後、へルーガを地面に深々と突き刺した。
ジェリラはそれを引き抜こうとする様子もなく、魔性の火を両手両足にまとって突進した。
そこからは素手同士による小細工なしの戦いとなり、周りの建物に亀裂が入るほどに発展した。
単純な火力だけならジェリラが上のようだが、スピードや技量はスズが上のようだ。
しばらくは互角の戦いだったが、ジェリラの方にわずかな動きの乱れが表れ始めた。
「くっ、私は上級のデビレンよ。人間如きに追い詰められるはずなんて」
「しっかり味わいなさい。あたしの仲間を苦しめた代償を」
スズは正拳突きの連打でジェリラを完膚なきまでに叩きのめした。
続けて、頭突きと手刀とネリチャギのコンボで圧倒。
最後は壁に押し付けて蹴りを浴びせまった後、踏みつけるようにして地面にめり込ませた。
「は、反動であばらがイッちゃったわ。ニシさん、お願い!」
「あ、うん」
ボクはミミッギュをジェリラに注射して人間の姿に戻してから拘束した。
その後は一気に腰が抜けてしまい、スズに手を貸してもらいながら何とか立ち上がった。
「はぁ、はぁ。ごめん、き、緊張の糸が切れたようだ」
「まぁ、無理もないわ。あんな予想外のびっくりアシストの後だものね」
「びっくりしたのはボクの方さ。キミ、刀なしでもすごい強かったんだね」
「あんなイケメンな台詞を言われたら燃えずにはいられないでしょ。さ、帰りましょう。みんなが待ってる」
「そ、そうだった。早く戻らないと」
ボクは大急ぎで河原へと戻り、ちょうどショウさんとマジェリーに支えられながら起きかけていたマンジイの姿を確認し、心から安堵した。
恐怖に打ち勝ったおかげで守れた命と今がある。
ただ本当にうれしくて仕方なかった。
もしも、これがずっと続いたならどんなにいいだろうか。
そう願うと共に、ボクはある決意を固めた。




