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第三十二話「レベルファイブの壁」

「よかった。順調みたいだ」


 ギルゴム戦が終結して一ヶ月後、ボクはスズと一緒に魔獣たちの森を訪れていた。


 進んでみると、以前のような殺伐とした雰囲気は薄れているのが伝わってきた。


 管理人となった教授の話によると、動物たちの襲撃や威嚇行為は徐々に少なくなっており、今では与えた食事も警戒することなくちゃんととっているという。


 これなら、新しい場所へ旅立たせるのはそんなに先の話ではないだろう。


 ボクもスズも安堵の表情を浮かべながら、帰路に着いた。


「動物たちは今まで本当に辛い思いをしてきた。今度こそ幸せになってくれるといいね」


「そうね。ギルゴムにそれを見せてあげられないのは残念だけど」


「ギルゴムか。結局、彼は自分や動物たちの復讐心をチィトに利用されただけなんだよね」


「殺しはね、残された仲間や家族の悲しみを含めれば、たくさんの人を不幸にする行為よ。ギルゴムの一件はその典型的な例といえるかもしれないわね」


「うん。ん? あれは?」


「う、ぐぐ」


 前方から若い男がふらつきながら歩いてきた。


 まもなく体を震わせながら倒れていき、駆け寄ったボクの手を握りながら必死に何かを訴えていた。


「あ、あいつ、は、は」


「キミ、しっかり! 誰にやられたんだ!」


「み、んなを、た、たた」


 どうやら、近くにまだ誰かいるようだ。


 ボクは先に進もうとするも、奥の道から発せられる殺気に阻まれてしまった。


 そして、戦闘態勢をとろうとした瞬間、いきなり目の前に現れたチィトに腕を掴まれてしまった。


「う、ぐ」


「何だ、お前らだったのか。てっきり、あの雑魚共の生き残りかと思ったんだがな」


 そう笑いながら言うチィトが指さした先には、武器を持った人間たちが大勢倒れていた。


 しかし、血の匂いや戦闘の形跡らしきものは特にない。


 ボクの頭におぞましい光景が浮かび上がった。


「まさか、殺気だけで彼らを?」


「うそ......でしょ?」


「フン、奴らもお前の後ろで倒れてる若造もちょっと威嚇しただけでぽっくり逝っちまったよ。はははは」


「この! 手を放しなさい!」


 スズはヘルジャムを解放してチィトに斬りかかるも、一瞬のうちに背後をとられて髪の毛とシュシュを鷲掴みにされてしまった。


「う!」


「んー、いい匂いだ。フフ、朝シャンでもしてきたのか?」


 そう言うと、チィトはフッと姿を消した。


 すると、直後に禍々しいオーラとともに上空から巨大な魔性の火が大量に降り注いだ。


 それにより辺り一面は黒く焼き尽くされ、コンクリートも深々とへこんでいた。


 そのはるか上には、チィトが手をかざしながら浮いていた。


 さらに攻撃をしてくるかと思われたが、ゆっくりと地上に降りたち、ボクたちに近づいてきた。


「さっきの斬撃は見事だったぞ。レベルスリー程度なら風圧でも軽く斬り殺せるだろうが、俺に勝てると思うのは大きな間違いだ」


「うそでしょ。何て速さなの」


「これ以上の抵抗は無駄だし、ここらでさっさと降伏すべきだと思うがな。ニシ、松永スズネ」


 ふざけるなと一蹴したいところだったが、それはチィトとここで戦うことを意味しており、言うに言えなかった。


 このままの状態が続けば、いっそチィトの下についてしまいたいというくらいの恐怖がボクにのしかかっていたのだ。


 それでも何とか自我を保ち、棍棒ガドッグを装備して攻撃を開始した。


「うおおおお!」


「わお、すごい汗だくだな。戦うならそれはそれでいいけど、どうせなら楽しく戦おうぜ」


 チィトは最初こそテンポよくボクの攻撃を避け続けていたが、しばらくするとそれも飽きたのか、完全に無防備な状態となって身構えるのすらやめてしまった。


 そして、小指で手招きし、まるで「好きなだけ攻撃していい」と言わんばかりの態度をとりはじめた。


「カモーン」


「ふざけるなぁ!」


 ボクは声を荒げながら、チィトの頭めがけて棍棒ガドッグをふりおろした。


 だが、小傷一つつけることができなかった。


 その後も攻撃を繰り返すが、やはり結果は同じ。


 しまいには攻撃しているボクの方がばててしまった。


「くそ、なんで」


「ああ? なんでお前の方がへろへろになってんだよ。これ以上のサービスはできないぞ、汗だくのニシくん」


「はぁ、はぁ。どういう事だ。これがこいつの能力なのか。いや、でも魔性具らしきものは持ってないし。という事は本当にボクの攻撃が効いてないだけ」


「ふぅ、つまらんデジャブはごめんだぞ」


 チィトはもうこれ以上の戦いは無駄だと判断したのか、至近距離からボクに殺気をあびせて威圧した。


 何とか恐怖をおさえこんでいたボクもこれには耐え切れず、膝をついてしまった。


 そのまま気を失いそうだったが、駆け付けたスズに叱咤されて何とか持ちこたえた。

挿絵(By みてみん)

「あ、うう」


「ニシさん、しっかりして。力に飲まれたら終わりよ」


「松永スズネ、そいつを置いて逃げたんじゃなかったのか。いい具合に外道になってくれたと思ったのに」


「力を蓄えていただけよ。あなたを完全に消し去るためにね」


 スズはヘルジャムをかざすと、辺りを覆い尽くすような巨大な爆炎を放出し、チィトに飛ばした。


 これなら、まず耐えられるはずがない。


 だが、ボクの目に飛び込んできたのはそこには悪夢のような光景だった。


 周りのコンクリートはすでに跡形もなかったが、チィトの方は普通に立ち尽くしていた。


 全身には爆風による汚れがついており、爆発に巻き込まれたのはたしかだったが、傷らしきものは一つもついていなかった。


 そして、さっき同様に魔性具らしきものは持っておらず、チィトにはただ単にヘルジャムの爆炎が効いていなかったということになる。


 もはや、絶望という他なかった。


「なんでだよ。いくらなんでも今の攻撃で無傷だなんて」


「大した威力だったよ。ま、俺には意味をなさないが」


「そ、そんなバカな。こんなことがあるはずがないわ。あの爆発で消し飛ばないなんて」


「あーあー、そんなバカな、そんなバカな」


「だから言ったろ、無駄だってよ」


 チィトは余裕たっぷりにこちらへと迫ってきた。


 あれだけの爆炎を超えるような攻撃なんてボクにはできない。


 絶体絶命かと思われたその時、大量の黒煙がチィトの周りを覆い始めた。


 そのスキをつくようにボクとスズは乱入してきた黒服の男たちに手を引かれ、この場を逃れた。


 その後、行き着いたのは薄暗い廃墟のようなところだった。


 中では縛られたデビレンや人間たちが拷問されていて、血の匂いが充満していた。


 そして、その奥の部屋で待ち受けていたのはかつて戦った私刑王ブガイだった。


「ひさしぶりじゃな、ニシ。そっちの色白のお嬢さんははじめましてになるかな?」


「ニシさん、知り合いなの?」


「この人は私刑王ブガイ。ほら、悪人やデビレンを残虐な方法で処刑している組織のボスだよ。前にキミが離れてた時に一度会ってるんだ」


「あの時はすまんかったな。じゃが、これも平和のため。許してくれよ」


「なぜ、ボクたちをここに? ここはあなたのアジトでしょう?」


「仮のアジトじゃ。どうせこいつらを始末したあとは捨てるつもりでいる。しかし、驚いたな。チィトの殺気に耐え抜く奴が他にもいたとは」


 ブガイはかつて自分がチィトと戦った時の事を話してくれた。


 その際に判明したのは、まず普通に戦っても無駄だという事。


 レベルファイブであるチィトの全身はチートスケイルという古代にのみ存在していた特殊な物質で覆われており、ほとんどの攻撃は難なく防いでしまうという。


 さっきの狂った防御力から考えると、世界中の兵器を集めていっせいに攻撃しても傷はつかないのかもしれない。


 しかし、チィトのかつての仲間である古代のデビレンたちの骨を加工して武器を作れば、大なり小なりダメージを与えられるのではないかという事が後に入手した資料により分かったそうだ。


 古代のデビレンたちも今のチィトほどではないが、強固な体を持っており、人間たちの持つ通常の武器ではなかなか決定打を与えられずに一時期は無敵を誇っていたらしい。


 そのまま人間の完全敗北となるかと思われていた時、デビレン間で内輪もめが起こり、戦闘に発展した上に一人のデビレンが死亡する事態に発生。


 その一部始終を偶然見ていた村の男がそれを周りの人々に知らせたところ、デビレンの力にはこちらもデビレンの力で対抗するしかないのではという考えに至ったという。


 事実、その死亡したデビレンの遺骨をうまく回収して加工して武器を作って使ってみたところ、その威力は絶大であり、その後のデビレンたちとの戦いに大きく貢献するものになったそうだ。


「そのデビレンたちの遺骨の一部はすでに世に出回っていた。それがお前らのよく知るミミッギュなんじゃ」


「ミミッギュ? あれは邪気を吸収する物質よ。それが古代デビレンたちの骨からできていたって言うの?」


「正確には他者の持つ邪気を欲して吸い取る物質じゃ。しかし、一つで吸える量には限界がある上に強度も大したものではないし、加工は決して容易ではない」


「だから、大量のミミッギュが必要になるというわけね?」


「だったら、前みたいに強奪する事もできたはず。なぜそうしなかったんです?」


「チィトを倒すのにお前らの力が必要だからじゃ。ワシも奴との実力差は痛感している。一人で勝てるとも思っていない」


 ブガイはボクたちにチィトを倒すための同盟を申し入れてきた。


 実をいうと、そうそう時間をかけてもいられないそうだ。


 理由は、チィトがいる限りデビレンが無限に増え続ける事に加え、抵抗する人間が減っていくことが懸念されていたから。


 圧倒的な戦闘能力、何をしても傷つかない上に不死身。


 これだけの条件がそろっていれば、並の人間なら抵抗しようという心を失いはじめても何ら不思議はなかったのだ。


「そうやって希望を失った人々は奴の下につくために卑劣の素を飲んでデビレン化する道を選ぶというわけじゃ。人間として殺されるよりはマシだと言ってな」


「もしかして、チィトがああやって自ら頻繁に行動しているのは力を見せつけて戦意喪失させるためとか?」


「なるほど、単なる暇つぶしじゃなかったわけね」


「レベルフォーが次々とやられて人々が抱き始めた希望を一気に削ぐつもりなのじゃろう。下手をすると、一年か二年で」


 ブガイの事を完全に信用したわけではないが、事の重大さは分かった。


 ボクは一旦テントに戻り、仲間たちと相談したうえで行動することにした。

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