第二十九話「魔獣の森」
イジャユ戦の翌日、ボクたち一行は拠点を海沿いの廃墟に移し、行動を開始していた。
マンジイとスズは食糧捜しに出かけ、ボクはショウさん、マジェリーと三つ巴の手合せをはじめた。
だが、開始早々に泥まみれの子犬が乱入し、尻尾をふりながらマジェリーとショウさんに順番に飛びつき、周辺を力一杯に走り回った。
その後は人懐っこくぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃいでいたが、何か嫌なものも感じられた。
この時点ではまだそれが何なのかはっきりしなかったが、この後、ボクが子犬の体を洗い始めた時にその理由が分かった。
どういうわけか、子犬の腹についていた赤い落書きのようなものがいくら洗っても落ちない。
水でダメなら油でとこすってみたが、それでもダメだった。
「もしかして元々こんな模様、なわけないよね。うーん」
「おっさん、もしかしてそれデビレンの魔化粧じゃねぇか?」
「でも、ただのワンちゃんだよ。殺気のようなものも感じないし」
しかし、本当にレベルフォーのデビレンの顔にあるのと同じ魔化粧なら、何をしても消えないのと嫌な感じがするのも納得がいく。
この事が知れると、子犬の処遇をめぐって議論がはじまった。
殺気が出ていないのも、油断させといて闇討ちを狙っているためともとれる。
でも、犬がデビレンになるなんて聞いたことないし、すぐには答えは出せない。
そこでまずは子犬ががどこから来たのかを調べてみる事にした
ボクたちは子犬に付着していたわずかな泥や花粉などを調べ、ここから十キロほど離れた場所にあるナナシの森があやしいのではとにらんだ。
ナナシの森はそれほど大きいところではないのに、近年では入った人がそのまま帰ってこなかったとのうわさもあるという。
話し合った結果、ボクはショウさん、マジェリーと共に子犬を連れてその森に調査に向かった。
到着すると、予想とは違い、子犬から感じていた嫌な感じもなければ、殺気らしいものも感じない。
それどころか、視界もよい上に迷うような感じはまったくなく、とても危険な森とは思えなかった。
かえって不気味に感じながらも中に入って進んでいくと、子犬はなぜかマジェリーにしがみつきブルブルと震え始めた。
そして、それとほぼ同時に強い殺気が辺りを覆い始めた後、巨大な地割れが発生。
ボクたちはかなり深い地点まで落とされ、気づいたときには湖の中にいた。
「う、うう。みんな無事かな。あ? なんだこれは!」
あたりを見ると、そこにはさっきの森とは比べものにならないほどの緑が広がっているのが分かった。
何が何だか分からずに陸へ上がろうとしていると、ショウさんが巨大なワニと戦闘している場面に遭遇した。
水の中ではさすがに不利と判断したのか、逃げるショウさんだったが、ワニは湖から出てもなお追撃をやめずに戦闘は続いた。
見かけによらないすばやさで襲ってくるワニだったが、しだいにショウさんの動きに翻弄されてき、脳天をおもいっきり殴られた。
しかし、それでも、数秒間動きが止まっただけで倒すには至らなかった。
その後もショウさんはワニの頭や腹部を狙い攻撃するが、なかなか決定打にならず、とうとうあせりからか尻尾による反撃をくらってしまう。
「ぐ、い、いいかげんに倒れやがれ!」
「ぐるる」
圧倒しながらも尻尾をつかまれたワニはそのまま投げ飛ばされ、木に強く叩き付けられ、ようやく倒れた。
それでもまだピクピクと動いており、ショウさんの方をギロリとにらみつけていた。
「ぐ、る」
「はぁ、はぁ、なんて奴だ。あきれた生命力だな」
「おーい、ショウさん」」
「ああ、おっさんか。これで全員の無事確認だな」
「マジェリーと子犬は?」
「あっちの草むらに身を隠している。少し深刻な状況だがな」
ちょうどこの森へ落ちてきた直後、マジェリー達も遭遇した野生の巨大な犬に襲われたらしい。
その犬もさっきのワニと同じようにマジェリーがいくら攻撃しても倒れずに向かってきたという。
最終的になんとか沼地に誘い込んで動きを封じたものの、そのときに放ったツメの風圧で子犬が木に叩き付けられて負傷。
そして、気に留める間もなく、巨大なサイ、さらには巨大なワニが現れて襲ってきたのだそうだ。
おそらく、うかつに動けばさらなる襲撃はさけられない。
ボクとショウさんは身を隠しながらはマジェリーたちと合流し、これからどうするのかを話し合うことにした。
「さて、どうするかな。撤退するか戦うか」
「戦うべきだ。元いた森に簡単に戻れはしないだろうし、この森を放置するわけにもいかねぇだろうから」
「私もショウに賛成。デビレン絡みならなおさら」
「たしかにデビレンが絡んでるんなら、ん? そういえば、さっきのワニの腹部に魔化粧に似た赤い模様があったような。ちょうどその犬と同じ」
「そういえば、動きながらで分かりづらかったが、あの巨大犬の腹にもそんな模様あった。あと、なんか嫌な感じもした」
「まぁ、あの巨大生物たちの事といい、地割れの事といい、この森が自然にできたものでない事はたしかだろうな」
「援軍も呼べないし、どこから落ちてきたのかも分からない。これからどうすればいいのかな。もしかしてもう上へは戻れ、が!」
いきなり地ならしのような衝撃がした後、新たな敵がボクたちを襲った。
今度は怒りで目を血走らせたアザラシとゾウで、やはりさっきのワニや犬と同様にかなりの巨体で腹部にはあの魔化粧に似た模様もあった。
「新手かよ」
「ぐ、ぎぎぎ」
「しかし、なんでアザラシやゾウがこんな森の中にいるんだ。しかも、メチャクチャ怒ってるし。ワニはともかく、アザラシやゾウって人間を襲うもんなのか?」
「ショウさんさん、今は議論してる場合じゃないよ。一旦逃げよう」
ボクたちは負傷した子犬をかばいつつ、全力で逃走した。
アザラシの方は動きが遅く途中で引き離すことができたが、ゾウの方は勢いを増しながら距離を縮めてきた。
ショウさんとマジェリーは足止めをかってでようとするが、直後に逆方向からこれまた巨大なネコが現れて行く手を阻んだ。
ゾウとショウさん、マジェリーが対峙している傍らでボク達はネコに追い込まれていき、絶体絶命の状態となった。
「く! まずい」
「にゃぎぎ」
ネコは逃げようとしていたボクをツメで軽く弾き飛ばし、ケガでまともに動けない子犬に狙いを定めた。
今にも食らいつきそうな勢いだったが、駆け付けたマジェリーが身を挺して前に立ちふさがると、なぜか動きが止まった。
そのスキを突くようにショウさんはゾウを投げ飛ばし、子犬とマジェリーを抱えながらボクの手を引いた。
「さぁ、行くぞ。この状態でまた襲撃を受けたらまずい。どこか休めるところを探すぞ」
「うん。ええっと、どこかないかな」
ボクたち一行はなんとか敵との接触をかわしつつ、川の近くにある横穴へとたどり着いた。
中に入って進んでみると、たき火をした痕跡があり、周辺には水を沸かしたと思われる器具も散乱しているのが確認できた。
野生の動物たちじゃこんな器具は使えないし、それ以前に横穴に入る事が出来ない。
となると人間か、もしくはデビレンがいるという事になる。
前者である事を祈りつつ、ボクたちはあえて奥までは進まず、入り口付近で子犬の手当をはじめた。
それが一通り終わった後はしばらく体を休めることにしたが、やはり奥の方が気になってしまう。
ボクとショウさんはマジェリーに子犬の護衛をまかせ、奥へと入っていった。
「少なくとも大人数がいる気配はないが、気は抜けない。戦闘態勢だけはとっておかないとね」
小刀ザクメルを装備してそのまま奥まで進むと、何やらコバエのようなものが大量に飛び回っていた。
それをたよりに周りを見ていると、ボロボロの服を着た老人が仰向けで倒れているのを発見した。
「これはひどい。こんなに痩せこけて」
「なんでこんなところにいるか知らないが、かわいそうにな。とりあえず、埋めてやるか」
「コラ、ワシはまだ死んどらんぞ!」
「うわ、まだ成仏してなかったのか!」
「ワシはな、う、ぐ」
一応、命はつないでいた老人だったが、大声で叫んだせいかまたバタリと倒れてしまった。
彼もまた森であの巨大動物たちに襲われこの横穴に追い込まれた挙句、しばらく何も口にしていないのだろう。
ボクは老人に手当てを施し、回復を待って話を聞いてみることにした。
老人はスズと同じスバゲスタン大学に所属するデビレン狩りを専門とするチームの教授で、ある調査をしていたのだという。
教授達が拠点にしていた街の片隅には野良猫たちが集まって生活している集落があったのだが、それがある夜突然、一匹残らずと消えてしまうという事件が発生。
続けて、レベルフォーのデビレンと思われる鬼のように凶悪な外見の大男が集落周辺をうろついていたとの情報が入った後、全国の野良犬や野良ネコが急に姿を消し、神隠しにあったと騒ぎになっていることも判明。
とにかく、デビレンたちが野良となった動物たちを集めて何かに利用しようとしているのは間違いないと考えた教授達は地元住民たちに情報提供を呼びかけたうえで調査を開始。
そして、二週間におよぶ調査の末、近くの森に犬を抱いた大男が入っていったという情報を入手し、すぐに現場に急行。
はじめは少し偵察するだけのつもりだったので、森に入ったのは教授のほかは部下三人と医療スタッフが一人だけ。
だが、中を進んでいる内にボクたちと同様にこの森に落とされ、その後はあの巨大動物たちと戦いながら進行するも、その圧倒的な力の前に体力がもたなくなり、ついには餓死者まで出す事態に陥ったのだという。
「今のこの状況では前に進むことはできないと考えたワシたちは、何とか落ちてきた穴から出られないかと上へとのぼり始めたが、上空には巨大鳥が何匹も飛び回っていて無理だった」
「そしてこの横穴に身をひそめることにしたと、そういうわけなんだな?」
「ああ。まぁ、どのみち餓死する事に変わりはないがな」
そして、おおよその察知はついていたものの、教授以外の隊員は全員死亡したという事実もこの後告げられた。
かわいそうに、空腹に耐えきれずに近くに生えていた毒キノコを食べてしまい、死んでしまったのだという。
ボクは動揺を隠しきれなかった。
すでに自分たちもそうなりえる状況に追い込まれていたのだから。




