第三話「試される勇気」
「う、うわ、また新手のデビレンだ」
「まったく、しつこいのう」
河原で目覚めてから三日後の朝、ボクはおじいさんと共に行き着いた森でデビレンたちと戦っていた。
ボクは逃げるので精いっぱいだったが、おじいさんは見事な槍さばきで攻撃を続けている。
途中で少し息が荒くなることはあるものの、それでも反撃は食らわずに無傷の状態。
このまま彼に前衛をまかせていれば、夜までには森を抜けられそうだ。
しかし、安心したのも束の間、新手のデビレンたちがボクの後ろから現れ、押し倒してきた。
「う、あ、た、助けて!」
「はっ!」
おじいさんは槍を振り回してデビレンたちを倒した後、ボクを連れて走り始めた。
そして、先にあった木の下まで行くと、急に真剣な表情をして言った。
「お前さん、もしかして、自分で戦う気はないのか?」
「ボクなんかが戦っても足手まといになるだけでしょ。ここは強い人にまかせるのが一番だと思って」
「そうか。そんな風に考えとるんじゃな」
おじいさんは急に押し黙ってしまった。
何かをじっくりと考えているように見える。
しかし、そのスキをつくようにさっきのデビレンたちが追いついてきた。
その後ろからはさっきいなかった長髪の個体も現れ、囲むようにしてボクたちに迫ってきた。
「がるるるる」
「もう、勘弁してよ」
「あの長髪の個体はレベルスリーじゃな。ちと手強いじゃろうな」
おじいさんは槍を装備し、身構えた。
しかし、デビレンたちが先に狙ったのはあたふたしているボクの方で、ハンマーをブーメランのようにして投げつけてきた。
「うわぁぁぁぁ!」
「危ない!」
間一髪のところでおじいさんの強烈なドロップキックがボクを蹴り飛ばし、ハンマーの直撃は免れた。
しかし、ハンマーは陽動に過ぎなかったようで、直後に大きな黒火の連弾が飛んできて、おじいさんの腕をかすめた。
「ちっ、やるの」
「う、うう。なにも蹴り飛ばす事ないでしょう」
「お前さんは重いからそれくらいした方が確実に飛ぶじゃろ。それともハンマーの直撃の方がよかったか?」
「うおおお、死ね!」
長髪デビレンがハンマーを手に取り、おじいさんに襲い掛かった。
しばらくは普通に振り回していたが、途中からは黒火をまとわせて攻撃してきた。
また、ハンマー攻撃の合間に先端がとがった鎖を懐から取り出し、連続で投げるなど器用な戦術も見せた。
しかし、その過程で周りにいた他のデビレンたちも巻き添えにして倒してしまった。
もはや、勝てさえすれば、同族がどうなろうと知った事ではないといった感じだ。
「オラオラ! さっさと楽になれ、ジジイ」
「まだ葬式なぞ、ごめんじゃ」
「ん? ちょっと、待って。キミはデビレンだろう? なぜ、喋れるんだ?」
「何言ってんだ、デブメガネ。俺はレベルスリーなんだから喋れて当たり前だろう。そんな事も知らないとは、この世界に来たばかりの輩という事だな?」
「う、いや、うう」
「図星のようだな。まぁ、いい。まずはこっちのジジイからだ」
「が、がんばって、おじいさん」
「がんばったって、時間の無駄さ。見ろ」
何と、長髪デビレンの体にあった傷がきれいに消えていた。
戦闘能力といい、さっきの黒い火といい、奴は今までの個体とは違う。
おそらくは酒場の少年が言っていたはるかに別次元の強さを持ったデビレンと見て、間違いないだろう。
「自動的に再生する力まであるなんて。は、反則だよ」
「フフ、怖気づいているな。こりゃ、早くこっちを片付けて死に顔を拝みてぇな」
長髪デビレンはさらに強い勢いでハンマーを振り回す。
おじいさんはその気迫に押されているのか、よけるばかりで反撃がない。
そして、わずかにぐらついたところを黒火つきのハンマーで攻撃され、吹き飛ばされた。
長髪デビレンは、おじいさんが再び向かってこない事を確認すると、ボクの方へせまった。
「フフ」
「あ、ど、どうすればいい。あんな巨大なハンマーを軽々と振り回す奴を。う、うう、でも、やるしかないんだ」
ボクは震える足を叩きつつ、戦闘態勢をとった。
しかし、前進し始めた直後に長髪デビレンの蹴りをくらってダウン。
すぐに立ち上がるも、流れるような体当たりを連続でくらい、地面に叩きつけられた。
そして、とうとう手足を押さえられた上にマウントをとられ、完全なサンドバッグ状態になってしまった。
「あ、ふ、ぐぐ」
「よえぇなぁ、ブタ野郎」
「ボクはやられるわけにはいかない。ボクには、ぶぶ、ぐ、げふ」
口上すら許されず、ボクはやられ続けた。
続けてハンマーでトドメをさされそうになるが、割って入ってきたおじいさんに助けられた。
「あ、はぁ、はぁ」
「なかなかガッツのある戦いじゃったぞ」
「おじいさん、ハンマーの直撃をくらったのに、どうして?」
「ハンマーが直撃する寸前に風圧を利用して自分から後ろに飛んだ。少し確かめたいことがあっての」
「確かめたい事?」
「その話は後じゃ。まずはあいつを倒さんとの」
「ジジイ! てめぇ、俺を相手に手を抜いて戦ってたっていうのか!」
「なーに言うとる。お前さん程度の奴に本気を出すほどワシは鬼畜ではない」
「ふざけんな、ジジイ!」
長髪デビレンは怒り狂い、再びハンマーで襲い掛かる。
しかし、さっきと違い、その攻撃はもうおじいさんに見切られているようで、まったく当たらない。
しまいには攻撃そのものが雑になり、ただ暴れているだけのような状態になってしまった。
「うぉぉぉぉ、このジジイ、死ね死ね死ね!」
「スキだらけじゃな。これじゃあ、さっきの方がまだマシじゃったの」
おじいさんはハンマーを叩き落とした後、長髪デビレンの右足にローキックをあびせた。
長髪デビレンはなんとか持ちこたえようとするも、直後に左足にもローキックをあび、ついに倒れてしまう。
「ぐ、ぐぐ」
「お前さんのレベルじゃ骨折などの重大なケガまでは治せない。そうじゃったな?」
「くそ、まだだ。まだ俺は」
「そうか。じゃあ、次は首の骨を折るぞ」
「う、うう」
長髪デビレンは実力差をさとったのか、抵抗せずにお縄となった。
再開からここまでわずか一分足らずというスピード決着だった。
「ま、こんなところじゃな」
「おじいさん、か、かっこいい」
「さてと、話をするとしようかの。まずは試したりしたことを詫びねばならんな」
おじいさんは、さっきの戦いでボクに戦う意思があるかどうかを判断していたと言った。
もし、戦わずに命乞いでもしようものなら、この先の村で別れるつもりだったという。
これは、単なる厳しい発言ではなく、周りに頼りっきりではどの道生きてはけないと教える意味も込められていたそうだ。
たしかに分かる気がする。
さっきの戦いでおじいさんが本当に深手を負って動けなくなった場合、ボクが敵を倒すしか全滅を免れる方法はない。
戦闘経験やケガがどうとか、甘えは通用しないのだ。
「ここは常識の通用しない異世界だ。でも、ボクはここで終わるわけにはいかないんだ」
もはや、戦い続けなければ、日本に帰ることはできない。
迷っていたボクの心は完全に固まった。
絶対に強くなってみせると心に誓うのだった。