外伝一「狂気の復讐者」
この外伝はブガイの視点で進行しますが、彼が若いころの記録のため、本編のもの
に比べて一人称、口調が若者風になってます。
俺の名はブガイ。
世の中に野放しになっている犯罪者やデビレンをターゲットに殺しをしている私刑屋だ。
現在、次々と舞い込んでくる依頼をこなして忙しい毎日を送っている。
この日も朝早くから新しい依頼が届き、すぐに部下たちと共に依頼主の元へ向かった。
依頼主はゴトウという初老の男性で、両親を暴漢に殺されたのだという。
実際に会って話を聞いてみると、本当に吐き気がした。
犯人はゴトウ氏の両親に借金をしていた木工所を経営する男で、返済が難しくなったために事件を起こしたそうだ。
本来なら死刑になって当然だったが、下されたのは何と半年の禁固刑のみ。
かつて犯人がデビレン狩りによって非常に優秀な功績を残したため、減刑が認められたという。
この手のパターンは依頼の中でかなり多く、本当に悪質極まりないといえる。
いくら社会に貢献するような功績を残したとしても、罪を犯していいという理由にはならない。
被害者の無念を思うと、胸が非常に絞め付けられた。
「ゴトウさん、ご安心ください。必ずご両親の無念を晴らしてみせます」
「ブガイさん、お願いします。この状況ではもうあなたしか味方になってくれる人がいなくて。うう、うう」
「すぐに戻ります」
俺はもしもの時のためにほとんどの部下をゴトウ氏の護衛として残し、ベテランの部下デニスだけを連れて出撃した。
デニスはパンチパーマにサングラスが特徴の陽気な男だが、殺しの際には容赦のない冷酷さを発揮する頼れる男だ。
この日ものん気に口笛を吹きつつ、右手には手入れの行き届いたナイフをしっかりと握っていた。
「へへへ。ねぇ、ブガイさん」
「何だ、先発を譲れとかというのは聞かんぞ」
「いや、気になってましてね。依頼主のところを出てから少し様子がおかしいって」
「まったく、お前はそういうところにはすぐ気がつくな」
「何か、依頼主に感情移入でもしてたとか?」
「まぁな、まるで昔の自分を見ているようでな」
俺は眠っていた過去の記憶を呼び覚まし、語り始めた。
今から四十年以上前の雪が降る日の夜、俺は小さな村で生を受けた。
すでにその時から過酷な状況がはじまっていた。
父はすでに病死し、とにかく絵に描いたような貧乏暮らしだった。
いつも腹ペコで、服はボロボロで穴あきは当り前。
ただ、肉親である母と兄の存在だけを希望に毎日を生きた。
しかし、ほどなくして近くの城下で戦争がはじまり、敗残兵たちが押し込み強盗のように村に乱入。
俺たち一家は逃げるように家を捨て、あてのない放浪の旅をはじめる羽目になった。
そして、たどり着いたのは戦火の届かない小さな町。
そこで家族三人での新しい生活がはじまった。
母は町長の家の家政婦、兄は食堂の見習いとして働きだしたが、俺は幼かったため単なるお荷物。
何とか家族の助けになりたい。
そんな一心で始めたのは戦争の雑務係だった。
危険だというのは分かっていたが、幼い俺を雇ってくれるところは他にない。
覚悟を決め、戦火の飛び交う土地へと戻っていった。
そこからは本当に命がけの毎日だった。
いくら雑務が主だといっても、敵軍に遭遇してしまう事も決して珍しくない。
そして、味方であるはずの兵士からは奴隷のように扱われ、うさはらしに殴られたりもした。
まさに周りは敵だらけの状態。
あまりの辛さに耐え切れずに何度も逃げ出したいと考えたが、家族のためにと戦争終結まで耐え続けた。
それにより得た物は、数カ月程度なら家族三人で暮らしていけるだけの食糧と馬一頭。
これで少しは家族を楽にしてあげられる。
明るい未来を思い描きながら家へと戻るが、待っていたのは残酷すぎる現実だった。
母と兄は半年前に殺害されていた。
犯人は町長の家のバカ息子で、普段から素行の悪さの目立つ不良だった。
捕まっているものと思われたが、何とすでに何事もなかったかのように自宅に戻っていた。
父親が多額の罰金を収めたため、禁固一週間という刑で済まされていたのだ。
罰金を多く収めた罪人が減刑されるという話は前から前々からちらほら聞いていたが、もちろん納得できるはずもない。
俺はすぐに町長宅に行き、バカ息子に面会を求めた。
しかし、ドア越しに返ってきたのは「ああ、女にふられてイライラしてたからやったあの親子か。それが何だ?」というものだった。
あまりにも短絡的な動機、そして故人に対する侮辱なんてものじゃおさまらないほどの発言。
気がついたとき、俺は奇声を発しながらドアを蹴破ろうとしていた。
だが、まもなくやってきた守衛たちにひどく殴られ、追い返されてしまった。
その帰り道に放心状態で歩いていると、母と親しかった近所の女性に呼び止められた。
女性は事件の第一発見者で、母と兄の最期を看取ってくれていたのだ。
二人とも、俺を残して逝かなければならないくやしさと詫びを涙ながらに口にしていたという。
逝った者の無念と残された者の悲しみと怒り。
二つが重なり、俺はバカ息子への復讐を決めた。
仕事で得た物すべてを売却して武器を買い、警備の薄い時間を見計らい、町長宅に向かった。
怒りが頂点にありながらも、何とか理性だけは保ちつつ、ただバカ息子を殺す事だけを考えた。
だが、バカ息子は既に俺が再びやってくると予想していたようで、周辺は屈強な男たちが固めていた。
そこへ飛び込んでしまった俺は入り口であっさり捕まってしまった。
そして、長時間かけて集団リンチを受け、バカ息子からは顔面を踏みつけられて蔑まれた。
その後は意識が朦朧とするまでいたぶられ、町の外にあるゴミ捨て場に投げ捨てられた。
このまま死ねば、母と兄の無念は永久に晴らせなくなる。
そう思うと、肉体が自然と動いていった。
何とか機能している右手を使って必死に地を這い、助けを求めて進んだ。
三日三晩かけて荒野をさまよい続け、たどりついたのは戦争で荒廃した極寒の街。
ここで傷を癒し、必ず復讐をとげるつもりだった。
しかし、街の中にあった唯一の療養所は治療よりも看取りを目的とした場所だった。
おまけに周りはおびただしい数の墓と骨の破片だらけ。
まさに死を待つ人々が暮らす場所といえた。
それでも俺はわずかな希望を胸にここで生き抜く道を選んだ。
古傷がうずき、小虫にしつこくたかられ、あまりにも長く感じる一日を重ねる毎日。
ドクターからは何度も安楽死するよう勧められた。
だが、死ぬという選択肢は絶対にありえなかった。
すべては復讐をとげるため。
ただひたすらに生に執着した。
そんな状態が十年以上続き、他の患者たちはとうとう一人もいなくなり、ドクターたちは療養所を去っていった。
それにより、わずかに与えられていた毎日の水と粉団子すら手に入らなくなった。
まともな治療を受けられなかったせいで、すでに両足と左手はまともに動かせる状態ではない。
残された道は、ここにある設備で自分を動けるように作り直す事だけ。
無茶は承知の上で施設内に残された医学書を読み漁り、何度も右手で全身にメスを入れた。
その間、施設内をうろついている小虫とねずみだけで何とか食いつなぎ、死にかけては戻り、死にかけては戻りを繰り返した。
そして、十年にわたる苦行の末、ようやく自力で動ける肉体を取り戻した。
だが、それに何の代償もないはずがなかった。
ほぼ限界を超えるような方法で施術したため、肉体は常に不安定な状態。
一ミリでも肉体を動かせば雷に打たれたような苦痛が走り、しばらく立ち続けるだけで強烈な吐き気が襲った。
こんな状態では復讐に行ったところでまた返り討ちにされるのがオチ。
何とか焦る気持ちを押さえ、以前のように動けるようになれるだけの肉体強化に打ち込み始めた。
加えて、戦闘技術の訓練も積極的に行った。
もちろん、激しく肉体を酷使するたびに苦痛と吐き気に襲われた。
しだいにじっとしているときでさえ体調をくずすようになり、うまく寝付く事もできなくなったが、それは逆に好都合。
睡眠時間がいやおうなしに削られる結果となり、より多くの時間を訓練に使えるようになった。
力はメキメキとついていき、十年もする頃には手練れが複数相手でも割れり合えるほどの強さを手に入れた。
これでようやく復讐を再開できる。
俺は殺気を押さえつつ、バカ息子のいる町長宅に向かった。
まずは下見のため、あやしまれないように周りを探るところからはじめた。
そこで出会ったのは、高そうな服を着た幼い男児と母親と思われる女性。
話してみると、バカ息子の妻子だった事が判明した。
妻は難しい臓器移植を終えたばかりで、夫が治療のために懸命になって奔走してくれたとうれしそうに話していた。
さすがにそんな話を聞いては、気持ちが揺らいでしまう。
時がたち、あのバカ息子も改心していっているのかもしれない。
妻子の気持ちを考えれば、復讐を思いとどまるべきかもしれない。
そう思いながら、一度は町長宅から立ち去った。
しかし、その後にふと立ち寄った酒場で衝撃の事実を聞いてしまう。
バカ息子は妻のために部下たちを使い、無関係の人を誘拐して臓器を強奪していたのだ。
やはり、クズはクズだった。
奴をこのままにしておけば、また不幸になる者が現れるに決まっている。
俺の揺らいでいた気持ちは完全に固まった。
その日にうちに町長宅の前に身をひそめ、待ち構えた。
そして、バカ息子が帰宅したところを襲い掛かり、すぐ近くにいた護衛に気づかれないように連れ去った。
殺害場所として選んだのは、今は更地になっている母と兄が殺された古小屋の跡地。
移動したのち、バカ息子は強気で偉そうな態度をとり、俺が素性を明かした後もそれは変わらなかった。
出てくるのは俺への罵倒に飽き足らず、母と兄への侮辱の数々。
おそらくは、もう助かるまいと思って言っていたのだろうが、このまま殺しても俺の気はおさまらない。
考え抜いた末の残虐刑で息の根を止めることにした。
まずは目を布で覆い、致命傷にならない箇所から順に刺していった後、肺に穴をあけながらじわじわといたぶった。
さらに「お前の妻と子供も後で殺してやる」と脅しをかけた。
もちろんそんな事をするつもりはなかったが、母と兄が受けたのと同じくらいの絶望を与えてやりたかったのだ。
予想通り、傲慢なバカ息子はとうとう涙を流し始め、しだいに衰弱していった後に苦しみながら絶命した。
三十年以上に及ぶ俺の復讐劇はようやく幕を閉じたのだった。
これで思い残すことは何もない。
憑き物がとれたかのように、母と兄の待つ場所へと足を進めた。
ここまでが俺の人生の第一部分といったところ。
話し終えた後、デニスは汗まみれで絶句していた。
その後は、しばらく無言で進行を続けた後、静かに口を開いてきた。
「あの、すいませんでした。何ていうか、面白半分で聞いてしまって」
「何だ、お前らしくない。調子狂うじゃないか」
「俺が同じ境遇だったとしたら、そこまでやれない。おそらく、療養所の時点で死を選んだと思います」
「それが普通だ。ただ、俺が執念深すぎたってだけの話だ」
「あ、あの、今でも体の不調は続いてるんですよね?」
「ああ、その代わりにこうしてしぶとく生きてるんだからな。おっと、見えてきたぞ」
俺は数メートル先を歩いていたターゲットに狙いを定めた。
そして、背後から忍び寄り、周りに気づかれないようにすばやく連れ去った。
その後、ターゲットは子供のように泣き叫び、遅すぎる後悔と命乞いを口にした。
さらには、残される家族の存在を必死に訴え、俺の足に力強くしがみついた。
「うう、お願いです。どんな償いでも、どんな償いでもしますから」
「そうか、どんな償いでもするか。なら、受けてもらおう」
俺は懐から取り出した拳銃でターゲットの額を素早く打ち抜き、即死させた。
苦しませずに葬り、死後は善人と同じように弔ってやる。
命乞いするターゲットに俺がしてやれるのは、それだけだ。
他人の幸せを奪っておきながら、自分だけ幸せでのうのうと生き続けようなど許されるはずがない。
そう自分に言い聞かせながら、俺はターゲットを丁重に埋葬した。




