第二十二話「デビレンたちのボス」
「さてと、何が出るかな。う、ん」
「ニシさん、すごい汗。あたしが開けよっか?」
「い、いや、大丈夫」
ヴァリザ戦後、近くの街へ入ったボク、マンジイ、スズは手に入れた謎の紙切れを開いていた。
中には「山奥にある洋館の晩餐会に招待する」と赤い文字で書かれていた。
普通に考えれば、罠か何かだろうが、うまく利用すれば敵の戦力を大きく削ぐチャンスでもある。
不安がないと言えばうそになるが、最終的には乗り込むことで話がまとまった。
「とりあえず、罠対策だけはしっかりしていくべきじゃ。何が待っているか分からないからの」
「まぁ、手の内を知らないのは向こうも同じですけどね」
「ところで、手紙の最後に書かれたチィトというのは何じゃろうの。差出人の名前にしても聞いたことない名前じゃが」
「あたしは少しだけ聞いたことがあるわ。すべてのデビレンの頂点に立つ魔王のような存在だってね」
「魔王か。ふむ、デビレンは卑劣の素を飲む以外では、必ずレベルワンの姿で生まれてくる。それを作り出している主とでもいうべきかの」
「大学の中では都市伝説のように扱われていたわ。その姿を見て生きていられた奴はいないとか噂されていたし」
「うう。あ、いや、噂だけに流されるのはよくないよ」
ボクたちは十分な準備を整え、指定された山奥の洋館へと向かった。
爆発物センサー、電磁センサー、毒物センサーなどこれでもかというくらいの用意周到ぶりだったが、反応は一切なく、あったのは強い殺気のみ。
しかもそれは驚くことに洋館の中にたった一つだけだった。
「罠は特になし。で、感じられる殺気は一つだけ。てっきり大勢で待ち伏せてると思ってたのに」
「ニシくん、気を付けた方がいい。逆に不気味じゃからの。いったい何を企んでいるのか」
まずはマンジイが先行して洋館のドアを開いた。
その後は持っていた電灯と殺気をたよりに全員で洋館内を進み、奥にある大部屋へとたどりついた。
そのさらに奥のイスの前に殺気の主と思われる者は立っていた。
黒くて毒々しいボディに不気味な笑み、血のような不気味な模様、そしてただならぬ殺気がボクを戦慄させた。
マンジイとスズも同じのようで、動かずにただ武器を構えていた。
「仲間たちといるこの状況でさえ、死の恐怖を感じるとはの。こりゃ只者ではないの」
「あたしが甘かったようね。一人で待ち構えているだけはあるわ」
「ようこそ、お客人。立ち話もなんだし、まぁ座れよ。ん? 罠なんて仕掛けてねぇよ。そんなものに頼るのはボスとしてのブライトが許さねぇからよ」
「う、あなたがデビレンたちのボス......チィト?」
「そのとおり。そして、現存する唯一のレベルファイブでもある」
チィトはここでボクたちを呼んだ理由を話し始めた。
それは、ここでもう無謀な戦いはやめ、自分の仲間にならないかと勧誘するためだった。
さかのぼっていうと、それはあのスバゲスタン大学のイベントでジェリラと戦った時。
ボクたちが、仕掛けてあった爆弾から生き延びたならば、仲間に加えるつもりだったという。
「あの人間をデビレン化させていくという計画書もお前らを恐怖させるためにわざと残したもの。ヴァリザと戦わせたのも、デビレンの力を思い知らせて戦意喪失させるためさ」
「じゃあ、あのときの声はやはりあなただったのね?」
「ああ。で、導いた結果、勝ちはしたものの、仲間がいなければ、負けていたかもということを自覚したはずだ。だから来るんだ。デビレンにしてさらに力をくれてやるぞ」
「それはあたしたちだけをってことでしょ?」
「もちろんだ。ボスである以上、選民意識を持つのは当然。俺が勧誘しているのは、俺に使ってもらうだけの価値がある強い人間だけだ」
「人間と共存するという道はないのかの?」
「ない。計画書にあったとおり、人間を残しておく気はいっさいない。それははるか昔に決めたことなんだ」
チィトは手をかざし、まばゆい光を発生させた。
すると、ボクの頭の中に鮮明な映像のようなものが流れ込んできた。
おそらく、それはチィトが過去に体験したと思われる記憶。
まずは、デビレンたちがこの世界に誕生していく瞬間からはじまった。
元々、デビレンという生き物は、猿が人間に進化していった中で、邪心を持っていた一部の猿が分岐する形で誕生したものといわれ、チィトもその中の一人だった。
彼らの特徴といえば、人間より賢く、そして進化前同様に強い邪心を持っているという事。
当然、人間とは相容れるはずもなく、遭遇すれば殺し合う毎日だ。
当時のデビレンたちは今でいうレベルスリー程度の力を持っていて、黒火、複眼、再生力といった能力を使う個体も存在した。
なので、個人の力でいえば人間に負けるはずはなかったが、戦いを重ねるにつれ、先行きは暗くなってきた。
というのも、デビレンたちは元々の数が少ないうえ、人間のような繁殖能力もないため、減る事はあっても、増える事は決してなかった。
人間との戦いの日々が続いた結果、生き残りは百人以下にまで減少した。
この時点でデビレンたちは大きな選択を迫られることとなった。
ゲリラ戦などを駆使しながら人間と戦い続けるか、一度撤退して力を蓄えるか。
議論した結果、意見は二つに割れ、生き残ったデビレンのうち三十人人が戦い続ける道を、五十人が各地に散らばって力を蓄える道を選んだ。
このとき、チィトは力を蓄える道を選び、仲間十人とともに辺境での潜伏生活がはじまった。
どうすれば自分たちがもっと強くなれるか、どうすれば仲間を増やせるか、答えを探しながら人間から逃げ隠れする毎日だった。
しかし、人間たちもまた時間の流れとともに進歩していく。
結局は大きな進展もないまま、争いが始まってから百年後には戦いに明け暮れていたデビレンたちが滅び、さらに百年後には各地に潜伏していたデビレンたちも迫害の末に滅ぼされてしまった。
チィトもまた人間たちの罠にかかり、弓矢で射抜かれて崖下に投げ捨てられたが、強靭な精神力でなんとか這い上がった。
その後は人気のない山に入り、再生不可能なくらいボロボロになった体を癒しながら仲間たちの無念をはらすことだけを考えた。
そのために、チィトはもはや手段は選ばなかった。
苦しみに耐えながらも、自分の体を使い、ありとあらゆる自己実験をはじめるのだった。
あるときは傷口から黒火をねじ込み、強制的にデビレンとしての力を上げようとしたり、またあるときは自分の血を大量に抜き取って、それを元にクローンを作ろうとしたりもした。
これらはいずれも失敗し、結局は無駄に体を傷つけただけという結果に終わる場合が多かった。
だが、そんな事を重ねていくうちにチィトの野望は少しずつ現実に近づいていくのだった。
実験開始より百年後、黒火の強化技・魔性の火を習得することに成功。
三百年後、複眼の強化技・千里眼を習得することに成功し、その後まもなく自分の細胞からレベルワンのデビレンを作り出すことに成功。
五百年後 人間をさらってきてデビレン化させるための実験をはじめる。
七百年後、レベルワンのデビレンをレベルツーへ進化させることに成功。
八百年後、レベルツーのデビレンをレベルスリー進化させることに成功。
九百年後、再生力をさらに強化させた完全不死の肉体を手に入れることに成功し、それによりさらに過激な自己実験をはじめる。
千年後 特別な力を秘めた武器・魔性具を作り出すことに成功。
二千年後、邪心を持った人間にレベルスリーの体を乗っ取らせることで、レベルフォーのデビレンを生み出せることを発見すると同時に人間の持つ強い邪心がデビレン化のために必要な事を発見し、新しいクスリを作ることに力を入れ始める。
そこからさらに百年が経過した現在、新しいデビレン化のクスリ卑劣の素をついに完成させ、以降は強い邪心を持つ人間にこれを配ってデビレン化させ、本格的な勢力拡大をはじめる。
ここでボクの頭の中に流れていた映像は途切れた。
「はっ! ああ」
「分かってもらえたか? これが俺が今までに歩んできた道のりだ。長かった、実に長かった。気が遠くなるほどにな。そして、やっと、デビレンとして最高の力と仲間を増やす術を手に入れたんだ。はっはっは!」
「あたしたちは昔話を聞きに来たんじゃないの。で、これからどうしろと?」
「さっき言ったとおりだ。お前たち三人を仲間に迎えたいと。さぁ」
チィトがテーブルにかけてあった布をひくと、中から卑劣の素三つと半殺しにされた人間たちが出てきた。
まずは仲間になる証として、目の前にいる人間たちを殺したうえで卑劣の素を飲み、デビレン化しろという意味なのだろう。
「なぁに、無抵抗な人間を殺せば邪心なんてすぐに出来上がる。さぁ、好きなようにやってくれ」
「うぉぉぉぉ!」
チィトの背後から槍を持ったマンジイが襲い掛かった。
しかし、その後に振り向いたチィトの凄まじい眼光に震えあがり、硬直してしまった。
「ぐ、ぐ」
「話している間に回りこんだか。弱者のやりそうなことだな」
「はぁはぁ、誰がお前さんなんかの仲間になるか」
「そうか。まぁ、お前はそっちの二人の付録みたいなもんだ。だからここで死んでくれてもいいぜ」
「ボクも仲間になる気なんかない!」
ボクは突進し、硬直していたマンジイを下げ、チィトを殴りつけた。
しかし、吹き飛ばすどころか、まともなダメージすら与えることができなかった。
「う、何で?」
「ただのパンチにしては上等だ。だが、惜しいな。デビレンになればもっとすごい力が出せるのに」
「その手にのるか!」
いつもとは違い、ボクはマンジイをかかえて後退した。
最初は連打を浴びせてやるつもりだったが、本能的にそれができなかった。
「て、手の震えが止まらない」
「やれやれ、戦う気なんてなかったのに、ねぇ?」
次の瞬間、チィトの放つ凄まじい殺気がさらに強力になって周りを威嚇した。
ボクは無意識に腰が抜け、スズは唇を噛みしめながら後ずさりし、マンジイに至っては泡を吹いて倒れていた。
「ぶ、ぶぶぶ」
「ああ、やっちまったか。いきなりこの殺気は刺激が強すぎたようだな。次に会うときはいい返事を期待しているよ。まぁ、断った時はどうなるか、わかるな?」
チィトはそう言い残すと、飛び上がり、洋館から去って行った。
すると、重かった空気はようやく元に戻っていき、ボクは魂を抜かれたように地面に倒れこんだ。
自信の喪失、恐怖、不覚にも逃げ出したいと思ってしまった恥じらい。
それらが頭の中をぐるぐると回転し、しばらく拭い去れない時間が続いた。




