第十話「海の怪物たち」
「あ、海だ」
「フー、やっとかの」
砂丘の町を出た約半日後、ボクとマンジイは広い海岸へとたどり着いていた。
長かった砂丘の旅はようやく幕を下ろしたのだった。
しかし、大変なのはここからも同じようだ。
海の中では、見慣れない生物が群れでぴょんぴょんと飛び跳ねながら泳いでいる。
手前には割れたオールのようなものが浮いているし、悪い予感しかしなかった。
「マンジイ、もちろん今からここを渡るんですよね?」
「そうじゃ。ここを進めばウドブという港町に着く。まぁ、三日はかかるじゃろうの」
「み、三日! そんなに船の上に、うう」
ボクはがっくりと腰を落とし、よろめきながら倒れた。
というのも、昔から乗り物全般に弱く、すぐに酔ってしまう体質だからだ。
数分程度ならまだしも、三日も船の上にいるなど考えただけでゾッとする。
青ざめた表情でぐったりしている自分の姿が簡単に想像できた。
「あの、酔い止めとかないですよね?」
「何じゃ、お前さん酔いやすい体質かの? 残念じゃが、この世界での丸薬は一錠万単位が普通じゃ。まぁ、どの道こんな海岸で手に入れるのは不可能じゃがの」
「ですよね。ははは」
「心配せんでも、酔ったくらいで死にはせんじゃろ。ほれ、立つんじゃ。忙しくなるぞ」
マンジイは槍で近くの木を倒し、サクサクと削って形を整えていった。
それを組み立てて船が完成とか、そういう簡単な話ではないらしい。
組み立てた後は、底面に特殊な板を張り付けて補強。
さらに、水につからない部分をひどいにおいのする液でコーティングし、海生物が近づきにくいようにする。
そこまでやって、やっと海を無事にわたり切る確率がゼロから数十パーセントにまで上昇するらしい。
たしかに海の上で戦闘にでもなれば、陸上のようにはいかない。
バランスをくずして海へ落ちたりすれば、問答無用でエサにされてしまう事だってあり得るだろう。
「う、ここでエサにされるわけにはいかない。よし、やるぞ」
「やる気になってきたようじゃの。それでいい」
ボクたちは順調に作業を進めていき、夕方になってようやく船を完成させた。
見た目はしっかりしていたが、いざ乗ってみると何だか安定した感じがしない。
結局、そのまま出航する事にはなったが、船底が気になってどうも周りに集中できなかった。
「何か、ギシギシいってますけど、大丈夫なんですか?」
「それはお前さんが重いからじゃろ。何トンあるんじゃ?」
「トンって! たったの百三十キロですよ。あ、いや、たったって事もないですけど」
「百三十の。まぁ、思っていたほどでは、ん?」
何やら、木の塊のようなものがこちらへと流れてきた。
すれ違う直前で拾って中身を見ると、空のペットボトルや錆びた小道具、大量の万札が入っているのが確認できた。
「な、何てついてるんだ。マンジイ、見てください。ざっと百万、いや、二百万ザディンはありますよ」
「ニシくん、それニセ札じゃぞ。ほれ、描かれている肖像画が怪しいおっさんになっとるじゃろ?」
「え? あ! ほ、ホントだ」
「この世界にきたばかりの者をカモにニセ札による取引を繰り返しながら旅する集団がいると聞いた事がある。ま、自業自得といえるが」
「自業自得? じゃあ、この荷物の持ち主は?」
「おそらく、凶暴な海生物に襲撃されたんじゃろうの。海をなめていた結果じゃ」
マンジイは、この海に住む生物について話し始めた。
一番強く言われたのが、ほとんどの危険生物は人間を恐れていないという事。
小舟どころか、大型船ですら平気で襲う事もあるというから驚きだ。
攻撃的である理由としては、人間による乱獲や住処の破壊に怒っての報復ではないかという伝承があるそうだ。
要するに、やられる前にやれという考えに至ったのだろう。
しかし、人間側も黙ってはいなかった。
最近では、危険生物駆除部隊なるものが結成され、激しい戦いがしょっちゅう海の上で起こっているという。
おそらく、これはデビレンとの戦いと同じで、どちらかが完全に滅びるまで終わる事はないだろう。
「うう。謝って許してもらう......とかは無理ですよね?」
「双方ともに多くの仲間を殺されとるんじゃ。年月と共に積み重なった恨みを言葉一つで片づけられるはずもないじゃろ」
「はぁ、複雑だな。躊躇なく武器をふるえるだろうか」
「これ、戦意喪失しとる場合ではないぞ」
マンジイはオールをボクにまかせ、槍を手にした。
ウツボのような大型生物が、すぐそばまで迫っていたのだ。
船のコーティングのおかげか、なかなか攻撃はしてこなかったが、こちらとしては常に気が抜けない。
もし、マンジイが前で守ってくれてなかったら、今以上の恐怖で手が止まっていただろう。
幸いといっていいのかは分からないが、もう酔いを気にするような状況ではなくなった。
「う、あうう」
「しっかりと漕ぎ続けるんじゃ。ワシがついとるじゃろ」
「ぐううう、シャー」
ウツボもどきは大きく口を開け、火を吹いてきた。
マンジイは槍を回転させながら弾くも、さらに二発目、三発目の攻撃が続く。
そして、その攻防が十分ほど続いた後、ウツボもどきは下へと潜っていった。
諦めたのかと思われたが、今度はボクの後方から姿を現し、火を吹いてきた。
しかし、間一髪のところでマンジイが間に入り、槍でガードした直後に突きを繰り出した。
顔面に深手を負ったウツボもどきはゆっくりと動きを止めながら、沈んでいった。
「しゃ、あああああ」
「た、すかったのか。ふぅ。まさか海生物が火を吹くなんて」
「あれは体内の毒素を燃やして放出していると聞いたことがある。直撃せんでよかったの」
「それにしてもおそろしい目つきでしたね。とても直視できなかったです」
「仕方あるまい。ワシもお前さんも奴にとっては仲間を殺した者の同類に変わりないのじゃから」
気丈に話すマンジイの顔には、ほんの少し曇りのようなものがあった。
やはり、心の奥底に複雑な思いがあるようだ。
しかし、その後は追い打ちをかけるように海生物たちとの遭遇が続いた。
コーティングのおかげで接近はされなかったが、しつこく追いかけられたり、針や液のようなもので攻撃されたりと散々だった。
体力はもちろん削られていくし、船にも少しずつだがダメージが蓄積しているようだ。
しかし、最悪の事態になる前に海生物たちの追跡が急にピタリと止まった。
その後は手の平を返すようにボクたちから遠ざかっていき、かわりに大きな影が近づいてきた。
「この影は? え? ちょっと待って。こ、この大きさは!」
「ニシくん、全力でオールを動かすんじゃ!」
「あ、はい。う、うわぁぁぁ。あ、これは」
「ぎちちちちち」
海を割るように巨大な蟹が姿を現した。
その大きさはまさに怪獣と呼ぶにふさわしく、凄まじい迫力だ。
ボクは硬直しそうな体を支えつつ、必死にオールを動かした。
「はぁ、はぁ。うう」
「その調子じゃ。きついじゃろうが捕まれば終わりじゃからの」
「い、いつまで続ければいいんですか」
「もう少し、もう少しだけ離れてくれ。んー、ん、よし!」
マンジイは持っていた爆薬に火をつけ、後方へと投げた。
しかし、巨大蟹は少し動きを止めただけでそれほど深いダメージはないようだった。
そして、予想通り怒りを増大させてしまったようで、それはもう激しい追撃がはじまった。
「ぎちち」
「ま、マンジイ」
「すまん、失敗じゃった」
「う、うわぁぁぁぁ!」
ボクはがむしゃらにオールを動かすが、怒れる巨大蟹の猛攻にはかなわず、あっという間に追いつかれてしまった。
そして、ハサミの一撃で船は半壊し、同時にオールも破壊された。
もはや打つ手なしかと思われたその時、後方から巨大魚が現れ、割り込んできた。
「こ、これは、ナマズ? サメ?」
「ゴクドスクジラ。この海域でもっともおそろしいといわれる水陸両生の凶獣じゃ」
「く、クジラ。え? クジラってこんなんでしたっけ?」
ゴクドスクジラの外見はクジラといえばクジラだが、ナマズのようなひげとサメのようなするどい牙、両手を持っている特徴的なもの。
左目には生々しい傷跡があり、鋭い眼光と合わさって威圧感が半端じゃない。
すぐに襲い掛かってきそうな感じだったが、なぜか手前にいたボクたちをスルーし、巨大蟹と戦い始めてしまった。
「ど、どうなってるんでしょうか?」
「分からん。しかし、こんなものを生で見れる日がくるとはの」
「ま、まるで怪獣映画ですね」
驚くボクたちをよそに巨大蟹はハサミ、ゴクドスクジラは拳で打ち合い、序盤は互角の戦いが続いた。
しかし、わずかにゴクドスクジラがよろめいた後、巨大蟹は泡を連射。
続けて、ハサミを高速で動かして振り回し、攻撃した。
ゴクドスクジラは腹から流血しながらも倒れず、飛び上がってジャンプして急降下。
その後、見事に下敷きになった巨大蟹は上半身が大きくへこんだ状態でぴくぴくしながら浮かんできた。
「ぎ、ちちちち」
「ま、まさしく怪物じゃの」
「か、勝ったのか。ああ、よかった。おかげで、え? あ?」
「じゅるる」
ゴクドスクジラは口を大きくあけながらこちらへと向かってきた。
どうやら、ボクたちを助けたわけではなく、巨大蟹から横取りしたかっただけのようだ。
「じゅるるるる」
「ニシくん、漕ぐんじゃ!」
「あ、はい。あ、しまった。オールはさっき、あ!」
「くっ! 飛び込むんじゃ!」
「じゅるるるるる!」
ゴクドスクジラの無慈悲なのしかかり攻撃が炸裂し、船は完全に破壊された。
広い海の中での生命線といえる存在の消失。
大きな絶望と共にボクの意識は薄らいでいった。




