第12羽 ロク、お弁当を食べる
学校付近まで来ると、同じく登校中の学生たちが群れをなしていた。小鳥と歩いていると目立つかもしれない。そう危惧していたロクだったが、どうやら杞憂だったらしく、すぐに集団の中に溶け込む。
「ではここで」
「ああ、また放課後な」
「はい」
校舎に入り、二階に上がってすぐ二人は別れた。二年生の教室は二階で、一年生の教室は三階にある。自分の教室に着いたロクは、いつも授業を受けている席に座った。
「よっ!」
すると、早速声をかけてくる人物が一人。ロクの親友の木藤大樹。髪の毛が逆立っていて、そのとんがり具合はどこぞの戦闘民族を想起させた。
「よっ」
「晴れたなー、今日」
「だな」
窓の外を見る大樹に、釣られてロクも外を見る。
「そして俺の心も朝から快晴だ!」
「何かあったのか?」
親友が何を言いたいのか察しながらも一応尋ねた。
「ああ。この学校で一番可愛い子を見つけてしまってな……」
「つまりいつものか」
「いつものって言うな! 今回の子は正真正銘一番可愛いんだよ!」
「はいはい」
聞き飽きたセリフに呆れたようにロクは頷く。形だけの返事をしながら半分聞き流していた。
「で、誰なんだ」
「小鳥遊小鳥っていう子なんだけど……」
ピキッ。表情筋が固まる。
「……どうしたんだロク? そんな間抜けな顔して」
「な、何でもない」
大樹の訝しむような目で、フリーズしていたロクは我を取り戻した。そして平静を装うも内心はまるで穏やかじゃない。
「もしかして知ってるのか?」
「いや、全く知らないぞ」
「ふーん」
勘の良い親友の追及をのらりくらり躱そうとする。
(一緒に住んでるなんて、バレたらかなり厄介だ)
「じゃあ今度教室まで見に行こうぜ! 見たら俺の言ってることが分かるから!」
「遠慮しとく」
「えー、何でだよー」
「何でもだ」
素っ気なく答えたロク。一緒に暮らす後輩に、可愛い女の子を覗きに他教室まで出向くような先輩の姿をどうして見せられようか。
「行こうぜー、行こうぜー」と頑なに誘ってくる大樹に、「一人で行け」と冷たく接していると、マナーモードになっていたスマホがブーっと震える。
「部長からだ」
「え、高坂先輩!?」
メッセージの送り主は文芸部の部長だった。それを知った大樹が途端に顔を紅潮させる。
「…………」
こんなに他人への恋心が分かりやすい奴はそういない。ロクはそう思いながら、届いたメッセージの内容を確認した。
――OK
簡潔なその英語は、小鳥の部活動見学が可能かどうか、その質問に対する返答だった。
・
・
・
昼休みがやって来る。午前の授業から解放されて全校生徒が活気づくこの時間帯、ロクはいつも以上に高揚していた。
今机に置かれているものが、ロクを気分良くさせているのである。
「ロクが弁当!?」
「悪いか」
「悪くはないけど誰が作ったんだよ!」
風呂敷が解かれ、黒色の弁当箱が露わになっていた。パカリと蓋を開けながら、ロクは平然とした顔で嘘をつく。
「俺だ」
「ダウト。ロクが料理できる訳ないだろ」
しかしこの親友を前に誤魔化すことなどできない。
「……頼む、詮索しないでくれ」
すぐに諦めて、大樹の良心を信じることにした。大樹は、気まずそうに視線を逸らすロクをきょとんと見つめたあと、
「おう、分かった」
と、素直に頷く。
「さ、食おうぜ。腹減った!」
そして意気揚々と自分の弁当箱を開け始めた。そんな大樹の快活さに、こいつが友達で良かったと心底実感するロク。安心し、弁当箱の中身に目を落とした。
まず目についたのは唐揚げだ。それも比較的ヘルシーな、揚げずにオーブンで作る唐揚げである。おそらく朝の少ない時間を考えて、後片付けが簡単になるよう油を使うことを避けたのだろう。冷凍食品を使うのが最も楽なのだろうが、そうせずに手間をかけてくれる心遣いが嬉しい。
プラスチック製の箸で唐揚げの両脇を固定し、口へと落とさないよう持って行った。硬い衣の下には柔らかい鶏肉が待ち受けていて、絶妙な歯ごたえを演出している。更に醤油ベースの味付けがロクの舌を喜ばせた。
(うめえ)
次に卵焼き。昨日すき焼きのために購入した卵がまだまだ余っていたので、それを有効活用したらしい。焦げない程度に焼かれていて、砂糖の甘さがじんわりと口内に広がった。
(しょっぱいタイプじゃなくて、甘いタイプか)
ロクはどちらの卵焼きも好みだ。しかし母はしょっぱい卵焼きばかり作っていたので、弁当の中の卵焼きが甘いと微かな違和感を感じる。味が美味しいのですぐどうでもよくなったが。
「……お前、うまそうに食べるな」
「そうか?」
「おう。ロクがそんなニコニコで飯食ってんの初めて見たぞ」
「そ、そんなに?」
「うん」
どうやら知らず知らずのうちに、ロクは満面の笑みを浮かべてしまっていたようだ。その事実が気恥ずかしくて少しだけ俯く。すると視界に弁当が飛び込んできて、またついつい箸を伸ばしてしまった。止められないし止まらない。口の中のものがなくなれば、すぐに次の美味しい獲物を求めてしまう。
「食べる速度も早えし」
「まあ、美味しいからな」
「へー、唐揚げ一つもらってもいいか?」
「それは……」
「もちろん」と答えようとして、言葉に詰まってしまう自分にロクは気づいた。もやもやした気持ちを胸に抱える。
「えっと……嫌だ」
「えー、ケチだぞ!」
「うるさい、嫌なものは嫌なんだ」
「ちぇっ」
ふてくされる大樹を見ながら、その気持ちを心の中で確かめる。
(俺、小鳥遊の手料理を)
カッと羞恥が湧いてきて、たちまち頬が紅潮した。
(他人に食べられるのが嫌だったんだ)
赤く染まった顔を見られないよう、椅子を引いて前かがみになり、机の角に額を当てる。
「ん、どうかしたのか?」
「俺って、器が小さかったんだなって」
「は?」
急によく分からないことを言われて、大樹は素っ頓狂な声をあげた。
「…………唐揚げ、食うか?」
「食う」
そして目覚ましい速度で唐揚げを取り、ばくりと一口で食べてしまう。
「うめえええええええ」
「うるさい」
よほど美味しかったのか、目を見開いて叫んでいた。