第一章 女帝、宣誓す4
懐かしい過去に思いを馳せていると、注文していた品が運ばれてきた。
先にワイン、次に焼き立てピザ。
どちらも食欲をそそる香りを漂わせている。
「ウチの売れ筋一位のピザさ!冷めないうちに食べとくれよ」
「ありがとう、女将」
別の客の所へ行く女将に礼を言い、さっそく食べようとする。
「ありがとう、か。明日は槍が降って来るのか」
だが、間が悪く非情に失礼な言葉が聞こえてきた。
いつの間にか同じテーブルの空いた席に腰を降ろしている男がいた。
しかも、顔には覚えがある。
「……何でお前がここに居るんだ、ライナル」
「道を歩いていたら座っているのが見えた。そっちこそ何故居る?」
そこには昔からの友が座っていた。
服装は軽装備と言えるほどにシンプルで、背はアレルより少し低く整った体付きと綺麗な顔立ちをしている。薄く緑がかった淡い黄色の目は表情よりも雄弁に彼の感情を表す。肌はそこそこ白く、紺青色をしている髪は腰まである程長い。
久しぶりに会ったライナルは、まるで変わっていなかった。
しかし、いくら古い知己とはいえ、楽しみにしていた食事を邪魔されたくはない。
気分を害したアレルは返答をせずにピザを食べ始める。
丁度いい焼き加減のもちもち生地の上に、共に焼かれたトマトとチーズが鎮座する。程よい酸味と濃厚な味わいが口の中で混ざり合い、絶妙な調和を創り上げる。
この美味しさを味わったまま現実逃避をしたいところだが、ライナルは許さないだろう。
アレルが黙々と食べている間に注文を済ませた彼は、足を組んでこちらを観察している。
「見るな、美味いピザが不味くなる」
「ご機嫌斜めか。で、何故居る?」
抗議を無視され、先程と同じ質問をされた。
(積もる話があると思うのは俺だけか?)
若干がっかりしながらも、困ることでもなかったので素直に答えることにした。
「仕方ないだろ。オーリンから来いって言われたんだ」
「ということは、アレルがそうなのか」
いきなり訳の判らないことを言うライナルに、アレルは眉間に皺を寄せる。
「何の話だ。どうせ政治に関する事だろうし、いつも通りだ」
「知らないのか?」
「俺は何も教えてもらってないからな」
ワインを飲みながら事実を隠す事なく告げる。
ーーだが、アレルは不満だった。
(何で呼ばれた俺が知らなくて、こいつが先に知ってるんだ?)
可笑しいだろ、そんな風に思っていると。
「見て見て!陛下が御出でになられたわ!!」
アレルの気を他所に、城のバルコニーに皇帝が現れた。
*
『皆の者、祭はどうだろうか!今年も力を入れた催し物をたくさん企画している、存分に楽しんでくれ!!あ、でも飲み過ぎは注意だ』
広場がドッと笑い声に包まれる。
『さて。今年で国が建ってから千年、祭も来年で千回目。私もこの喜ばしい歴史の節目に皇帝をしていることを、初代に感謝している。また、皆と騒げる日は私にとってはとても大切だ!今か今かと待ち望んでいる。……ということだから、後で出店に顔を出すぞ!!』
またもや観衆から笑いが起こる。
仕事はいいのかなんて、誰も聞かない。
和やかに進み続ける宣下。
しかし、唐突に終わりを迎えた。
『ーーでだ。節目と言えばもう一つ、私が即位してから今年で二百年が経つのだ』
観客達が一斉に静かになった。
同時に、アレルは一気に出た冷や汗の所為で身体が急速に冷えていく。
(嫌な予感がする)
胃の辺りを押さえる彼を前に、ライナルも耳を傾けている。
『そろそろ私も、新しい道を進むべきかと考えている。皆と歩む未来も悪くはない。だが、今のままでは私が更なる成長を遂げることは難しい。それに、国には私とは違う新しい風を吹かせる必要があると感じたのだ』
一旦言葉を切り、オーリンヴェルデは一拍置いて息を吸い込む。
次に、民に捧げる誓いを喉から発した。
『サントラル帝国、第六代皇帝オーリンヴェルデの名において宣下する。次代の皇帝となる《条件》を有する者を、竜族の中から選定することを今ここに宣誓する!期限はひと月、その間に全てを決め、皆に朗報を届けることを約束しよう!!』
彼女の口から告げられたのは『《赤竜祭》が終わるまでに次期皇帝が決まる』という、とんでもないことだった。
*
辺りが騒然となり、波紋が広がる。
アレルの心の中も波紋どころではなく嵐が吹き荒れている真っ最中だ。
胃痛もだが、激しい苛立ちが頂点に達し、動けそうにない。
「一緒に頑張ろう」
机に突っ伏して震える彼を気の毒そうに眺めるライナルの一言は、全く励ましになっていない。
アレルは当然、言葉を返すことが出来なかった。