第一章 女帝、宣誓す3
出会いは、まだ彼女が即位して間もない頃だった。
アレルは旅をしながら集めた情報を定期的に帝国へ報告するようにしている。なので、皇帝が代替わりしたと小耳に挟んだ時、情報提供を兼ねた挨拶に顔を出そうと思ったのだ。
だが、会いに行ってみると竜は不在。
しかも、重鎮達が総出で捜し回っていた。
かくれんぼにしては鬼の数が可笑しい様子を見て、アレルは改めて出直そうと思ったのだが。
「……」
「……」
探してもないのに見つけてしまった。
眼前には座り込んでいる少女がいる。
確かに、ここなら人に知られずサボることが出来る。
「でも、意地が悪くないか?」
場所は城の屋根の上。
人が登って来ることは無い。いや、出来ても修理の業者でなければ難しいだろう。
アレルが呆れている間も、少女はこちらをじっと見つめている。何者か計り兼ねているようだ。しかし、このまま睨めっこをする気はない。
本来の目的を果たす為、アレルは屋根に座り込んだ。そして、手に持っていた袋からパンを取り出し食べ始める。
今食べているものは城下にある有名なパン屋で買ったものである。運良く売り切れ御免の人気商品が手に入ったので、見晴らしの良い所で食べようと思い登って来たのだ。
空を眺めながら美味しい美味しいと食べ続ける。
すると。
ぎゅるるぅぅぅぅ。
「……」
「……」
断じて己の腹の虫が鳴った訳ではないことだけは言っておく。
「美味しいか?」
「うん、美味しい」
あの後、顔を真っ赤にして俯いてしまった少女にパンをお裾分けした。
ついでに逃亡理由を聞いてみると、どうやら重圧に耐えられず息抜きをしていたようだ。
どんな基準で少女が選ばれたのかは不明だが、隣に居るだけで強い魔力の持ち主であることは判る。
だが、如何せん若すぎる。
人間でいうと十代後半の見た目をしている少女は、四百歳前後しか生きていないのでははないだろうか。知識も経験も、まだまだ足りない年頃に思える。
こんなひよっこと言える若い竜を玉座に据えたのだから、先代の思惑があるのだろう。
「なぁ、君」
「君じゃない」
「じゃあ、お前」
「お前じゃない」
「名前は?」
「名前を聞くならまず自分から名乗りなさいよ」
ああ言えばこう言う。
「アレルだ」
なんとか喉まで出掛かった嫌味を飲み込み、名前を名乗る。
「アレル」
少女は何度か呟き、やがて口を開いた。
「私はオーリン。つい最近、皇位を継いだ《緑》よ」
「お前、長なのか?」
思わず横に座る少女を凝視してしまう。
竜族には六つの種類がいる。赤竜、青竜、黄竜、緑竜、白竜、黒竜と言い、色を表す言葉を冠している。なので、各竜の長には名前に《色》の称号が贈られるのだ。
「一応。でも、その肩書きは嫌い。だって皆、私を名前で呼ばなくなったんだもん」
子どもの様に少女は拗ねていた。
称号を継承すると、基本的に《色》でしか呼ばれなくなる。しかし、周りの態度が急に変わるというのは如何なものか。
だが、はっきりしたことがある。
異例の早さで称号を継いだということは、彼女の実力は一族の一角を担うに値するもので、皇帝になる最低限の《資格》を持っているということになる。そして、幸か不幸か、少女は皇帝になる《条件》も全て備えていた。
だからこそ、選ばれた。
「……オーリン」
久しぶりに呼ばれたのか、少女ーーオーリンはハッとしてこちらを向く。
「竜族が呼ばないのなら、俺が呼ぶ」
「えっ?」
「名前があるのに呼ばれないのは、寂しいからな」
最初は固まっていた彼女も、意味を理解すると表情を明るく輝かせた。
(やっぱり女の子は笑顔が一番だな)
これが、アレルが『小さな緑竜』と呼び可愛がるオーリンヴェルデとの出会いだった。