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第一章 女帝、宣誓す2

 女帝オーリンヴェルデ。

 代々竜族から皇帝が選ばれるサントラルの歴史の中で、二番目の女性の竜である。

 豪毅でありながら繊細さも併せ持ち、常に国と民を想う姿勢は国民から圧倒的な支持を得ている。しかし、これはあくまで客観的な評価であり、彼女をよく知る者なら間違いなくこう言うだろう。


 『じゃじゃ馬姫』とーー。


 彼女の行動力には目を見張るものがあり、内政にも外政にも力を入れ、視察も十二分に行っている。力を入れ過ぎて休むことも忘れ、よく家臣から苦言を言われる程だという。

 間違ってもサボってはいない。

 だが、散歩と称して城下へ行ったり騎士団の仕事を搔っ攫って悪党退治をやったりと、する必要のない事にまで手を伸ばしている所為で、「仕事を取らないで下さい!」と嘆願されると専らの噂である。

 このように、良くも悪くも臣下を困らせている彼女に、アレルも当然のように振り回されている。文句を言おうが聞き流されてしまい、白旗を上げざるおえない。妹のように可愛がり、まぁいいかと甘やかしている自身の所為でもあるので自業自得なのだが。


 そんな自由奔放な女帝が何故、旅をしているアレルを呼んだのか。

 残念ながら、彼もよく判っていない。

 彼女はいきなり伝書鳩ならぬ伝書竜を寄越し、内容には一切触れず『急いで戻ってくること!』と書かれただけの、普段と違い走り書きされた文字が綴られた紙切れにしか見えない手紙をアレルに送りつけてきたのだ。

 オーリンヴェルデの突発的な行動には慣れていたが彼女らしくないように思え不安になり、安否を確認するつもりで帝都への道を急ぐことに決めたのだった。


    *


 わぁっ、と歓声が上がる。

 足を止め声の方へと視線を向けると、大道芸が佳境に差し掛かっていた。

 アレルはなんとなく高揚している人集りを眺める。

 セルベルクがここまで大きな都市になれたのは、ひとえに民の尽力があったからなのをアレルは知っている。だからこそ、今の繁栄した姿は人々の理想が形となったものなのだと思う。

(でも、これほど栄えるとは思わなかったな)

 大戦が終わり定住先を探していた赤竜帝は、無人の城が放置されているのを聞きつけそこに首都を作ることを決めた。しかし、近隣諸国との勢力調整が上手くいかず緊張が続いていた最中のことで、なかなか城下の建設に着手する事が出来なかった。

 そんな時、自発的に行動を起こしたのが民だった。

 彼らは『都市の構想をまとめた書類』を城まで持参し、「これから暮らす場所ぐらいは自分達で造る」と言ってきたのだ。話を聞いた赤竜帝は申し出を受け、指揮をする責任者を付ることを条件に都市建設を任せた。

 アレルも後から知ったが、外交に苦心している赤竜帝の噂を聞きつけ、少しでも苦労を減らせないかと考えた末の行動だったらしい。

(最初は衝突してばかりだった)

 より良い街にしようとするからこそ打つかるのだが、殴り合いにまで発展した時は肝が冷えた。大人数の大人達を叱り飛ばしたのは、人生であの時だけだ。

 まさか、サントラルで語り種にまでなるとは思わなかったが。

(平和、か)

 人々の笑顔、笑い声。

 あのどれもが光り輝いている。

(俺には眩しいな)

 アレルは目を細め、繰り広げられる平穏に背を向けた。


    *


 移動するのも一苦労な道をようやく抜けて、アレルは広場に到着した。

 しかし、ほっとするにはまだ早い。

 宣下を見る為に、広場沿いにある店を探さなければならない。

「条件付けると見つけるのが難しくなるんだが……ま、仕方ないな」

 何故、広場沿いなのか。

 理由は簡単。単に声が聞こえて顔も見える場所だから。

 皇帝宣下は祭りの中でも一際の人気を誇る。国の権力者を拝める機会など滅多に無いので、一目みようと足を運ぶ人も数多い。

 だが、竜帝を簡単に見ることは出来ない。

 その為には猛者達に負けない様に策を練らなければならないからだ。

 ーー猛者達とは、大半が都民。

 彼らは夜の宣下に備え、様々な用意をしておく。近所の繋がりから業者の情報網まで、何でも使って多くの住民が皇帝の顔を見れる様に動くのだ。なので、席取りは困難を極めるのが定番となっており、ただ物見遊山に来ただけの者ではまず勝てない。

 この皇帝に対する恐るべき好意はどこから来るものなのかーー。

 観光客の間では『サントラルの七不思議』の一つとして囁かれるぐらい、特異な行動として受け止められている。

 アレルですら思うのだから、他国の人なら尚のことだろう。

 ……だからといって、アレルが店を探さない言い訳にはならない。

 気合いを入れてきょろきょろと探し始める。

 のだが。

(んー、無理?)

 早くも挫折しそうである。

 どの店の入り口にも『満席』の札が掛けられている。人の数がやけに少ないと思っていたが、早々に満席になったことで人が寄り付かなくなっただけのようだ。

 早々に諦めたくなったアレルだが、黒い竜を描いた看板がぶら下がっている店に目が止まる。全体的に落ち着いた大きな建物は、背の高いアレルが通っても頭を打つけないぐらい高さがある入り口を備えていた。

「掛け札もないし、ここにするか」

 ようやくゆっくり出来ると思いながら、店の中へと入る。

 すると、客が一斉に此方を向いた。

(またか……)

 気持ちが浮上していただけに、それ以上にげんなりしてしまう。

己の容姿が目立つのは理解している。しかし、よくあることでもじろじろ見られて嬉しいわけがない。魔法を使って姿を変えることも出来るが、自分を偽っているようで嫌だ。

「いらっしゃい!お客さん一人かい?」

 踵を返しかけたが、丁度料理を持って来た女性に声を掛けられ思い止まる。

「席は空いてるか?出来れば宣下が見える場所がいい」

「ちょいと待ってな」

 女性は答えると料理を二階へと運びに行った。

 アレルは接客の邪魔にならないよう壁側に移動する。祭の影響で既に混んでいる店内はほぼ満席のようで、空いていない可能性もあるだろう。

 だが、もう他の店を探す気力は残っていない。

 駄目なら野宿しようと決め、未だ続く不躾な視線を受け流す。

(そんなに珍しいのか……?)

 眉を寄せながら耐えていると、ようやく女性が階段から降りて来た。

「さっきのお客さん!二階席に空きが出来たから此方へどうぞ!!」

 階段下から大きな声で呼ばれたので、足早にそちらへ近づく。

「悪いねぇ、待たせたみたいで」

 苦笑まじりに謝られた。

「いや、慣れてるから大丈夫だ」

「どれだけ慣れていようが、嫌なものは嫌だろう?」

「まぁ、確かにそうだな」

 話しながら歩いて行くと、二階のテラス席に案内された。

「ここからなら陛下も綺麗に見えるさ。客の事はこれで勘弁してくれないかい?」

 席に着きながら、アレルは内心首を捻る。

 今の言い方だと、客の失態の為にわざわざ特等席を用意してくれたということになる。

「客のやらかした事でも、店の評判に関わるからねぇ」

(成る程、そういう事か)

「接客は大変だな」

「そうでもないよ。色んなお客さんと出会えるから、旅しなくても世界が広がるんだ。なかなか楽しいもんさ」

「ふーん。じゃあ、俺と出会って世界が広がった?」

 揶揄いを含ませて聞いてみた。

 女性は吃驚したように目を見開いたが、直に可笑しくなったのか笑い出した。

「あはははは!いい歳したおばさんを揶揄うもんじゃないよ!!これでも女将なんて呼ばれるぐらいには歳取ってるからね」

「残念、振られたかな。マルゲリータとおすすめのワインがあればそれで」

「誘ってすらいないくせに、振るも何もないね。東国の珍しいワインを持ってくるよ」

 冗談を言い合いながら注文する。

 ピザとワインは一緒に持って行くと言い、女将は一階に戻って行った。



 彼女の背中を見送ってから、未だ主役が現れない城のバルコニーを眺める。

 何か問題でも起きたのかと街を見て回ったが、特に異常は無かった。

 ならば何故、連絡を寄越したのかーー?

 椅子に凭れ掛かりながら、食べ物が運ばれて来るまでの間、目を閉じて記憶の棚を探る。


『小さな緑竜』


 数多の引出しから目当てのものを見つけたアレルは、彼女との出会いを思い出すーー。



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