[3]成長性の完成
成長性の完成とは、遺伝によって親から受け継いだ素質としての個性を100%啓発し発現することをいいます。
この個性の啓発には教育が重要な役割をもちます。
大脳生理学によると、知情意の座である大脳の新皮質は、3才頃までにその基礎がかたちづくられ、15~16才でその発達を完了するといわれています。従って、家庭における親の教育が最も子供の個性育成には大切なものといえます。
親の教育の中心となるものは、親の愛です。父親から男性的な愛を、母親から女性的な愛を子供は受け、それに反応しながら自らの個性をのばすのです。
脳細胞の数は、約140億個といわれますが(ちなみに人体の細胞数は約60兆個です) これは誕生時すでにでき上っており、その数は大人になっても増加しません。
従って、人間は子供も大人も脳細胞の数は同じで、それが成長とともに突起が伸びて、脳細胞間のからみ合いができ、脳の機能が発育していくのです。
現代分子生物学では、脳のニューロン(神経の構成単位で、神経細胞と神経線維とをいう)のネットワークは、遺伝情報によってすでに潜在的に決定されており、それが生後のある時期にある適当な刺激を受けて顕在化してくると考えられています。
すなわち、今日まではある個体が生まれてから、ある行為ができるようになるかいなかは、彼の学習いかんによって決まると考えられていましたが、最近では、学習する内容もすでにその個体内に遺伝的に組み込まれていて、逆にいえば、自分の遺伝子の中にないようなことは学習できないといわれるようになってきています。
というのは、例えば、小鳥がさえずるようになるのは、今日までは仲間の声を聞いて学習するからだと考えられていましたが、生まれたひなに他の種類の鳥の声をいくら聞かせても全然反応せず、仲間の声のみに反応してさえずるようになることが最近わかって来たため、自分の遺伝子の中にないような内容のことは、いくら教えても学習できないと考えられるようになってきたのです。
遺伝的に組み込まれた潜在的な脳のニューロンのネットワークを顕在化させる刺激とは、外界から受ける体験、学習、環境などです。
その中で最も基本的なものは、親の愛なのです。
乳児は、欲求を周囲に伝えることばをもちません。従って、泣き声や身ぶり一つで、反射的にその要求を感じとって反応する母親の存在は絶対的なものであり、この母親の愛があってこそ、その児の心の安定と健康が保証されるのです。
それが正しくなされなかったりすると、不安で欲求不満をおこしやすくなり、体質にもゆがみを生ずるようになるのです。
ニューヨーク州立大学の精神科医であるグリーン博士(A.H.Green) は、「子供を虐待する親は、自らの幼年期に親から虐待された欲求不満の恨みを、子供に対して晴らそうとしている」と述べています。
すなわち、幼少時に親の愛を受けなかったものは、自ら親になった時にも、自分の子供を愛することができないというのです。
また、精神科医であるアッカーマン(S.H.Ackerman)は、ネズミの実験から、「乳児期に母親から授乳を受けることが、子供のストレスに耐える忍耐力を大きくする」と述べています。
すなわち、早期に母親から子供を離別させてしまうと、子供の胃にストレス潰瘍ができやすくなるというのです。
愛とは、二者間の心情の流れであると前にも述べました。
親の心情が子供に流れた時、子供はその心情を感じて自らの心を躍動させます。その心情の貯金、しかもどんどん利子をうんで倍増するような貯金が、どれほど幼小児期になされたかで、成人したときの子供のもつ心情量が決まるのです。
愛されれば、誰でも心が喜びます。しかし、愛されなくとも自ら他者を愛することのできる自発的な愛が、親には要求されるのであり、そのためにはよほどその人の心の中に心情が溢れていなければできないことです。
それは、ちょうどダムが満水になっていれば、いつでも充分な水が流れ出るのに、枯渇していれば雨を待つしかないのに似ています。
愛の対象には、さまざまなものがあります。
まず自分自身、そして家族、社会、世界、自然などです。自分自身に流す心情しかない人は、他人に対する愛は生じえず、エゴイズムに陥るのは当然の帰結といえます。
人間は、社会的存在であって、決して一人のみで存在しているものではありません。従って、そこには全体と個という調和が必要となります。
全体を無視して個人を優先した場合、秩序が乱れてしまいます。そのためには、全体を愛する心情がなければ、いくら法律で個人を規制しても秩序は保ちえません。
倫理は、このような心情の流れる正しい経路を教えるものであるともいえます。従って、倫理は人間に自由を与えるのです。自由と放任との違いは、前者には正しい秩序性、責任性、創造性が伴うところにあるのです。
また、良心とは、この倫理を中心として発動する心的作用で、その基準から逸脱した行動を個体がとった時、良心の呵責としてフィードバックし、その個体の軌道を修正しようとします。
このように幼小児期には、家庭、学校などにおける諸々の刺激に対して心身を反応させながら個性は育まれ、成人の後は結婚して家庭を築き、職場、社会などに参加することによって、自己を啓発していくのです。